15 消えない思い
銀色の棍棒が振るわれるたびに地面は抉れ、土煙が舞う。ヘサームがタジード達と対峙している場所へと続く部屋でのカウィーと棍棒使いの戦いは互いに決め手となる一撃を繰り出せぬまま拮抗していた。
固い金属でできているはずの棍棒は、鞭のようにしなり変幻自在の攻撃を可能にする。ましてやその棍棒を振るう力はカウィーの知るサヘルの数倍も上回っておりカウィーとて迂闊に近づくことが出来ない。
元々カウィーの持つ結晶機、貫杭手甲は対人用としてはあまり効果のない武器だ。
黄金蠍のような強固な防御手段を持つ獣魔に対しては絶大な破壊力を持つがその攻撃範囲は短く、第一人を倒すだけならばカウィーの拳が直撃すればそれだけで事は足りる。
それでも今まではカウィーがサヘルに後れをとる事はなかった。レベル2の適合者である三人の中でも特に身体強化の面で優れていたカウィーは多少の攻撃ならば強引に突っ込み相手の懐に入ることが出来たのだから。
しかし今の目カウィーの前にいるこの崑術使いの攻撃は直撃すればカウィーであっても無事では済まない事が一目瞭然であった。
それ故にカウィーは左腕を前にして相手との間合いをはかり、軽やかなステップを踏み一定の距離を取り確実に攻撃を躱しながらその軌道を確かめる。勝負を決める一撃を叩き込むために。
だが崑術使いの攻撃は止むことはなく、むしろ時間がたつごとにその切れ味は増していく。
その姿にカウィーは違和感を覚える。いくらなんでもおかしい。ここまで激しく攻撃をし続ければ疲労から攻撃は鈍っていくはず。だが攻撃は止まることなくその姿はまるで命を犠牲に攻撃を繰り出しているようにすら見えた。
「……試してみるか」
そうつぶやくとカウィーはバックステップをして一旦距離をとる。普通ならば距離をとればで拳士がとる攻撃はない。
だがたった一つだけ、サヘルも知らない攻撃手段をカウィーは持っていた。追ってくる女戦士へと左腕を前にして構え、貫杭手甲の杭の部分に何かをはめ込む。
その形は杭にしっかりとはまるような三角錐の形をしていてその先端には小さな穴が開いていた。
「出力は最小に。
当たってくれよ」
そう念じながら左手に魔力を込める。そして小さな共鳴音をたて貫杭手甲は空へと杭を打つ。
その瞬間杭にはめ込まれた物は小さな破裂音を響かせその先端から小さな弾丸を打ち出した。その小さな弾丸は女戦士の仮面を捉え、仮面は粉々に砕け散る。
それは隠れ家で治療していた間にカディアルから手渡されていた武器であった。理論は簡単で貫杭手甲の衝撃で弾丸の前に作られた板を破壊して弾丸をはじき出す。
それは奇襲用の武器であり、真っ向勝負を好むカウィーが今まで用いることのない戦い方であった。
だが黄金蠍の戦いの後、カウィーは自らカディアルに頼み込みこの武器の習得に治療以外の全ての時間を費やした。自らの戦い方に固執しその結果負傷し足手まといとなったことをカウィーは自覚していたのである。
だがこの武器を習得したことを伝えるとタへ―ルの勝ち誇った顔をするだろうと思い、そんな顔を想像するだけで腹が立ったのでこの武器の事は他の誰にも教えることはなかったのだがそれは思ってもいなかった形で役に立ったのだった。
「さて、これでどうなるか」
そうつぶやきながらカウィーは女戦士を見つめる。弾丸の衝撃で女戦士の動きは止まり、仮面の下の素顔を晒していた。それはやはり長年共に時を過ごしてきた僚友の姿ではあった。
だがその瞳は真っ赤に充血し息も荒く明らかに尋常ではない様子だった。
「がぁ!!」
サヘルはまるで獣ように吠えると再度、棍棒による連撃を繰り出し始める。その棍棒を握る手は血で染まっていくがその連撃は緩むことはない。その姿にカウィーの疑念は確信へと変わる。
「やはり、薬か!!
ふざけたことしやがって!!」
サヘルの攻撃を防ぎながらカウィーは怒りで我を忘れそうになるのを必死にこらえる。
人を操る薬などカウィーは聞いたこともなかったが目の前にいるサヘルの様子を見ればそうとしか思えない。そして自分達には理解不能な事柄を知り、実現して見せる男をカウィーは知っていた。
それは宰相ハーキム。奴ならばそんな薬をも開発する事は可能だと思えた。
(だが操られているだけならば気絶させれば止められる。ならいいの二つか三つ食らうの覚悟で突っ込むしかねぇ)
そう覚悟を決めると、カウィーは両腕を顔の前で揃え顔面への攻撃に備える構えをとる。そして今までの防御重視の軽やかなステップと打って変わり、その場で肩を小刻みに振り続ける。
それは顔と心臓への攻撃を防ぎ多少の攻撃を貰いながらも相手の懐へと飛び込むカウィー本来のスタイルであった。
そしてサヘルもまたカウィーの構えの変化を見て腰を落とし迎撃の構えをとる。それはカウィーが両手を前で揃える構えをとった時にその対抗手段としてサヘルがとっていた構え。
顔と心臓のガードを固める代わり腹部の防御能力が低くなるこの構えに対してサヘルはいつもこの構えからカウィーの踏み込みを止めようとしていた。
そして今のサヘルの力ならばカウィーを止めることは叶うだろう。どうやら薬で操られていても戦闘の記憶は完全に覚えていらしい。その姿にこみ上げるのは燃え盛らんばかりの怒りだった。
「本当にどこまでもコケにしてくれる!!」
カウィーには自らがサヘルに抱いている感情の名前をつけられていない。それ程にサヘルとは長い間共に時間を過ごし研鑽を重ねてきた。そして互いに認め合いながらそれでもそれ以上の関係になろうとはしてこなかった。
その理由は良く自分自身でもわからない。それは互いにいつ死んでもおかしくない武人であるという思いがあったからなのだと思う。だがそれでもサヘルは自分にとって大切な人であるという事だけははっきりと断言出来た。
だからこそ今のサヘルの姿をみてあの扉の向こうにいるあの男に対する殺意は膨れ上がった。自らの手は汚さず、人を操り陥れる。それはカウィーが最も忌み嫌う行為。そしてその手は自らの仲間にまで及んだ。もはやこの手で殴らなければ気が済まない。
だがその前に目の前にいるサヘルを救うためには冷静になる必要がある。少しでも狂いがあれば彼女を救うどころか自らの命を失う事になるのだから。
「行くぞ」
カウィーはそう小さな声でサヘルに告げる。そして揺らした肩の反動を使いながら地面を蹴り一気にサヘルへと踏み込んだ。
一瞬で両者の距離は縮まるが先に射程内に攻撃を捉えたのはサヘル。研ぎ澄まされた高速の突きをカウィーはなんとか右腕の手甲で防ぎながらなお、前に進む。
だがそれはサヘルとて想定内の事。そのまま手に力を籠め棍棒を斜め横に振り払う。その一撃を防ぐ手段はない。
(右わき腹にくる!! 耐えろ!!)
そう心で念じた次の瞬間、身体に凄まじい衝撃が襲いかかった。骨が折れる嫌な音がしてあまりの衝撃に体は吹き飛ばされそうになるがカウィーは左足で地面を踏ん張りその場にとどまる。
そしてそれはサヘルの武器をも止めていたことを意味していた。
「……貫け、貫杭手甲」
腹に走る激痛を堪えながら唱えたその声に結晶機は応え共鳴音を鳴らす。そして超高速で振動しながら放たれたその杭は破壊音を轟かせながらその標的を貫いた。
「っ!!」
その一撃を受けてサヘルは声にならない声をだす。だがサヘルの身には傷一つつくことはない。なぜならその杭が貫いたのはサヘルの持っていた銀色の棍棒だったのだから。
カウィーが発動させたのは左手の貫杭手甲であり、自らを打ち付けた棍棒の一撃を耐えさえすれば棍棒を一瞬とはいえ止めることが出来る。その一瞬の間に武器を貫くことはカウィーにとってそう難しい事ではなかった。
そして貫杭手甲は見事に棍棒を貫きその衝撃により棍棒は真っ二つに破壊された。更に棍棒を握っていた両手にまで振動が伝わりサヘルの両腕は一瞬の間麻痺状態となる。
その一瞬をカウィーが逃すはずはなかった。
「おらぁ!!」
サヘルの腹部にカウィーの右拳がめり込み、その体をクの字に曲げる。それでも地面に倒れる事無く前を向いたサヘルの先にあったのは壁のような男の背中だった。
「はぁ!!」
そして体を回転させて放たれた裏拳はサヘルの顔を直撃しその体を吹き飛ばす。その一撃はサヘルが死なないよう加減はしていたがそれでももう立つことは出来ないはずだった。
「これでもまだ立ち上がるか」
しかしカウィーの予想とは裏腹にサヘルは立ち上がる。その足は震え立っているのがやっとのように見えた。これ以上の攻撃はサヘルの命を奪う事になりかねない。それ故にカウィーは攻撃をためらうがその瞬間サヘルは胸から何かを取り出す。それは手に収まる程の何かであった。
「……て」
それはあまりに小さな声でカウィーはサヘルが喋っているのかどうかわからなかった。
「なんだ?
何を言いたい?」
カウィーは拳を構え警戒しながらもサヘルに問う。サヘルはまるで何かに抗っているように口を震わせながらそれでも叫んだ。
「……逃げて
この部屋から
早く!!」
振り絞るような声を発したサヘルは手に持った何かを親指で押しそのまま意識を失い床へと崩れ落ちる。同時に轟音が部屋の至る所で響き渡り部屋は音をたてて崩れ始めた。
そして崩壊する建物の瓦礫は意識を失い倒れたサヘルの身に降り注ぐ。
「サヘルーーー!!」
カウィーの叫び声が崩壊する部屋の中で鳴り響き渡る。だがその声はやがて崩れ落ちる瓦礫の轟音によってかき消されていくのだった。




