14 偽りの王者
「この先に奴がいるのか」
ヘサームは最後の扉を前にしてそうつぶやく。鉄で作られたその扉は普通ならば敵の侵入を防いで見せただろう。
だが今その扉の前にいるのは決して普通の人間などではなかった。それはザカール最高の戦士の証である黒鎧で身を包む竜騎士その本人であるのだから。
「……断ち切れ炎刃大剣」
ヘサームはそう自らの持つ結晶機へと呼びかける。すると共鳴音を響かせながら黒い大剣はその身を赤く輝かせ始めた。
そして同時に刀身はまるで灼熱の太陽のように熱を纏い、やがて漆黒の大剣は剣の中央部以外の両の刃全てが赤く染まる。
そしてヘサーㇺは一度深く深呼吸をすると、炎刃大剣を扉に向かって突き刺した。炎刃大剣はその熱をもって鉄の扉を貫きその先にあった扉の杭をも破壊する。
重く頑丈な扉もその杭を無くせば侵入者を防ぐことは出来ず、侵入者にその道を開く。その部屋の先にいたのはすっかり腰を抜かしたマシードと全く動じることなく立つハーキムの姿であった。
「き、貴様。
誰に向かって剣を向けているのか分かっているのか。
我はこの国の王マジ―ドであるぞ」
腰を抜かしながら慌てふためいた様子で唾をとばすその男を見てヘサームは自らの主の姿を思い浮かべる。きっと彼女ならばこんな無様な姿をさらすことはないだろう。ただ毅然とした態度で己の敵に立ち向かうはずだ。
だからこそなんの責務を果たすことなく自らの事を王と呼ぶこの男をヘサームは認めることはない。
「その王の冠は貴方には過ぎたるものだ。
返していただくぞ」
ヘサームの静かな言葉にタジードは一瞬呆然としていたが、その言葉の意味を理解して自らの窮地を忘れたかのように怒声をあげた。
「な、なに。
そうか、貴様あの女の手下か。
父上を殺しておいてなにを言うかこの魔女め
貴様ら等には絶対に王権は渡さぬぞ」
だがその瞬間、ヘサームの持つ炎刃大剣は持ち主の怒りを表すように赤い光を増大させた。
「ひっ」
突如として増大した熱と光にタジードは声にならない悲鳴をあげて後ずさりをする。その目に映るのはまるで悪魔の化身かの如く恐ろしい形相をした騎士の姿。
「……もういい。
その口二度ときけないようにしてやる」
そう小さな声でつぶやき、ヘサームはマジ―ドとの距離を詰めていく。この男はアイシャに先王の最期を看取らせる事を妨げただけでなくあろうことか父殺しと罵った。それはヘサームの怒りを燃え上がらせるには十分な言葉であった。
だが二人の会話はなんの緊張感もない一人の男の声により中断される。
「それは困りますね。
我らの王に危害を加えるというなら黒騎士様とて見過ごすことは出来ませんな」
ヘサームの圧倒的な殺気の前に引くこともなく冷静にそう告げたのは宰相ハーキムであった。
「我らの王?
己の傀儡の間違えじゃないのか?」
ヘサームは吐き捨てるようにそう告げるがハーキムは意にも介さぬように顔を横に振り困ったような表情を見せる。
「なにをおっしゃっているのやら。
マジ―ド様は正当な王家の血を引くお方。
そのお方に対してこのような狼藉を働くなど言語道断。
その罪は死をもって償って頂きましょう」
そしてハーキムの後ろから姿を現したのは仮面をつけた5人の男達であった。ダガ―、槍、斧、弓、そして剣。それぞれが異なった武器を持つその者達の異様な気配を感じ取りヘサームは警戒心を強める。
「どこにこれだけ適合者を飼っていた?
適正がある者はすべて国が把握していたはずだが?」
ヘサームはぼやけた視界の中で常人には見えぬ景色をその眼で見ていた。そしてハーキムの後ろで武器を構える者達が纏う気、それは正に適合者と同じものだった。そしてその気はサヘルと同じようにまるで何かで強制的に暴発させられているかのように大きくうねりを上げていた。
「その国そのものが貴方の前にいるお方なのですよ。
どこにいるやもしれぬ獅子身中の虫から王を守るには当然の処置でしょう?」
そうなんでもない事であるかのようにハーキムは告げる。適合者を王家でもない者が私兵として扱う。それは許されざる行為であったが、その事を断罪すべき人物は勝ち誇ったかのように笑い声を上げていた。
「ははっは。
よいぞ!!よくやったハーキム!!
なにをしているかお前ら。そこにいるは国家に背いた大罪人ぞ。
すぐに血祭りにあげてしまえ!!」
「はっ」
男達のリーダーと思しき男はそう返答し剣を構え、後ろに続く男達もまた武器を構える。
実力も未知数な5人の適合者を相手に一人で戦う事。それは無謀であると思えたが、ヘサームは一歩も退くことなく剣を握る。
「お前らが誰かは知らない。
だがこの俺の前に立ちはだかるという事がどういう事かその身をもって知れ」
その声に反応したかのように男達は一斉に散る。
「ウラァ!!」
最初に攻撃を仕掛けたのはカウィーすらも超える巨体の男であった。まるで天井に届くかと思える高さから振り落とされた斧はヘサームの頭を捉えていた。
それに対してヘサームはその場から動かず剣を右下段の構えをとる。そして男の斧が振り落とされると同時に赤く輝く大剣を切り上げた。
その瞬間剣と斧はぶつかり合う。だが互いの武器がぶつかり合い続ける事はない。なぜならヘサームの炎刃大剣はその鋼鉄の斧を焼き切ったのだから。
焼き切られた刃の部分は明後日の方向へ飛んでいき、そしてヘサームの前で完全に無防備を晒した男は次の瞬間には首と胴を分断される。
そのまま動きを止める事無くはねられた首をヘサームは右手でつかみ取り自らの左後方を守る楯とする。間髪入れずに弓矢がその大男の首へと突き刺さるがヘサームは動きを止めず体を回転させ左手に持った炎刃大剣を振るう。
その先にあったのは大男ごとヘサームを貫こうとしていた槍兵の突き。だがその一撃はまるでそこにある事が見えているかのように回転の勢いを利用したヘサームの横払いにより切っ先をはねられる。
と同時にヘサームは右手に持ったままの矢が突き刺さった大男の首を後ろへと投げとばす。
切口から鮮血をまき散らしていた大男の首はヘサームの後ろに回り込み槍兵と共に挟撃しようとしていた短剣使いの視界を阻害する。ダガ―では払いのけることも出来ず、手でそれを払いのけた時にはその身は槍によって心臓をつらぬかれていた。
それは槍兵が持っていたはずの槍の残骸。見えないところからの攻撃を防がれた槍兵は次の一撃を繰り出す前にヘサームによって切り倒された。そしてその手に持っていた槍をヘサームは右手で掴むと後ろを振り返る事もなく正確に短剣使いを突いたのである。
そしてそのままヘサームは二つの死骸を楯としながら体を回転させ心臓を貫かれた兵士の握るダガ―を奪うと手首のスナップのみで投げつける。
ダガ―が風を切る音に続いたのは人が地面に崩れ落ちる音。そのダガ―はヘサームの背後で弓を構えていた弓兵の頭に突き刺っておりその弓兵が動くことは二度となかった。
そして漆黒の鎧を身に纏った騎士はその身を返り血で染めながら立ち上がる。その周りに立っている者はもういない。残る敵はあと一人。その最後に残った剣を持った男は最初の位置から動かず背後のタジードとハーキムを守っているように見えた。
ならば最後の一人を倒せば全て終わる。そう思い最後に残った男を振り向いた瞬間ヘサームは異様な悪寒を感じた。
それはまるで獣魔やレベル2の適合者と対峙した時と同じ気配でとっさに体を反転して防御の姿勢をとる。その先にあったのは剣を持った仮面の男が何かを構える姿だった。剣を持つ右手とは逆の左手で手のひら大の大きさの何かを握っている。
それは先端が筒のようになっていてまるで吹き矢の様であったがそこから発せれれているのは間違いなく魔力だった。
「紫電放弾」
仮面の男はそうつぶやき引き金を引く。そこから放たれたのは目の眩みそうになるほどの強い光。そして次の瞬間ヘサームの身体を電流が駆け抜けた。
「がぁっ」
電流により体の自由は奪われヘサームはその場に倒れ込む。力を入れようとしても体中が麻痺して思うように動くことが出来ない。
「え、い、一体なにが起きたのだ?」
あまり一瞬の出来事にタジードは呆然と倒れ伏す騎士を見つめていた。先程までこの自らに刃を向けたこの騎士は4人を同時に相手にして一瞬でその全てを切り伏せた。
それだけでタジードの理解を越えていたのに、その後突然体の自由が利かなくなったように倒れたのである。タジードには光など一瞬も見えていなかった。その光は全ての気を感じ取れるヘサームだからこそ見えたのだから。
「タジード様ご安心ください。
これが紫電放弾という結晶機の威力です。
雷を込めた小さな針を放ち相手を行動不能にするそれがこの武器の力です」
その様を冷静に見つめながらハーキムはタジードにそう説明する。そしてその間に仮面の男は剣を握りヘサームの下へとゆっくりと歩き出す。
「わ、私はそんな結晶機知らないぞ」
「ええ。この結晶機は私達一門が古代の遺跡を研究する上で発見した結晶機にございます。その構造上の複雑さから今までは使用する事が出来なかったのですが、我らの研究の成果により扱う事が可能となりました。
この武器さえあればいかなる敵からも御身をお守りすることが出来るでしょう」
そうまるで子供をあやすかのように話すハーキムにタジードもやっと状況を理解しそして高らかに笑い声を上げる。
「そうか。そうか!!
もはや奴は動けないという事だな!!
ならばその大逆人の首即刻切り落としてしまえ!!」
「はっ」
仮面の男は短くそう答えると右手に持った剣を振りあげる。そしてそのままその刃はヘサームの首へと振り落とされるのであった。




