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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第四章 龍姫と黒騎士
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13 裏切り


「よし、サナクトの親父は行ったな。


 景気よく全軍率いてくれて助かる。それじゃ仕事にかかるとしよう」


 サナクト率いる騎馬部隊が城門を出撃したのを見届けてタへ―ルは合流した仲間たちに告げる。その数は十数人ほどであったがその全ては鍛え抜かれた肉体を持つ屈強な戦士達であった。


 通常ならばこの人数で城門を制圧するなど不可能である。だが仲間たちはターヘルが軍学校の頃より共に学んできた信頼できる者達であり、その動きはまるで影のように音もなくそれぞれの持ち場へと向かっていく。


「さぁ、国盗を始めようか」


 そうつぶやくとタへ―ルもまた自らの果たすべき役目を為すべく移動を開始する。そして誰にも気づかれることもなく騒乱の舞台は着々と推し進められていくのだった。


「おお!!


 南砦からのろしがあがったぞ!! 」


 サナクト率いる騎馬部隊が門を出撃してから1時間たち、見張りの兵士から発せられた声に城門から歓声が上がった。南砦から上げられたそののろしは獣魔を倒した時にあげられる印であった。


 それ故に王宮の兵士たちの多くは安堵に胸をなでおろしていた。獣魔がメロッサ近くにまで出没することは殆どなく襲撃など経験したことのない者ばかりであったのだから。


「危機は去った。城門を空けろ。


 サナクト様をお迎えするんだ」


 城門の上にある見張り台にて事の顛末を双眼鏡にて見守っていた指揮官は下の階へと続く伝令管に指示を出す。その管は城門の開閉を操作する部屋に声がそのまま伝わるようになっていたがその指示に答える声はない。


「なにやっとるんだ下の連中は。


 おいさっさと下へ伝えて……」


 だが双眼鏡を離し後ろを振り向いた指揮官に答える者はいない。その代わりにいたのは床に倒れた部下達とマントで身を包む男の姿があった。


「すまないがそれは承諾できないな」


「な、貴様何者だっ」


 振り向きざまに現れた不審な男に指揮官は剣を構えようとするが、その剣は一瞬で男の振るう短剣により跳ね飛ばされ、続けさまに腹を殴られる。


「がはっ」


 膝をつき完全に無防備となった所で口に眠り薬で湿らせた布で塞がれ指揮官はその意識を失った。力を失い倒れ込む指揮官を支えその場に寝かせたのは深くマントを羽織ったタへ―ルであった。


「すまないな。


 少しの間眠っていてくれ」


 だらんと力を無くした指揮官にそう告げるとタへ―ルは辺りを見渡す。そこにはもう立っている兵士はいなかった。その代わりに立っていたのはタへ―ルの仲間達のみ。


 タへ―ルとて隠れ家へと逃亡する前にはこの地を守っていた兵士である。


 この場所の構造は知り尽くしておりタへ―ルは誰にも気付かれることなく数人の仲間をつれ見張り台へと至る道を昇る。


 そして城門兵として紛れていたタへ―ルの仲間により内側から扉は開かれ、見張り台と城門の操作室その二つの要所は誰にも気付かれることなくタへ―ル達によって制圧されるのだった。


「さてこちらは何とかなった。後はあいつらに頑張ってもらうとしよう」


 そのままタへ―ルは南門の最上部にある鐘へと歩き出す。祭壇で待つ二人への合図とする為に。




「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 その怒声が聞こえるごとに破壊音が王宮の最奥に鳴り響く。


 カウィーの雄叫びが響くごとに壁は破壊され、二人は止まることなく一直線にマシードが避難しているであろう場所へと進んでいった。


 その場所へたどり着くには堅固な扉が何重にも立ちはだかっていたがそれもカウィーの貫杭手甲パイル・バンカーを前にしては時間稼ぎにしかならない。


 本来なら王宮の最奥にある最も安全であるはずのその場所は祭壇の抜け道によってほとんど移動することもなくたどり着くことは出来た。


 だがこの緊急の鐘が鳴らされたという事は精鋭である騎馬部隊もすぐに戻ってくるだろう。だからこそ急がなくてはならない。


 サナクトが放つ大弩級アーバレストならば、城門という有利があっても、タへ―ル達が窮地にさらされる事は目に見えているからだ。


「おらぁ!!」


 カウィーの右腕が扉を吹き飛ばし最後の扉がある広い部屋へと道が出来る。その部屋の中ほどにいたのは仮面をつけた一人の女戦士の姿であった。手には己と同じくらいの長さの棍棒を握っておりその立ち姿にカウィーには見覚えがあった。


 だがそれはここいるはずのない人物でカウィーは困惑したままその人物へと話しかけた。


「サヘルなのか?


 お前無事だったのか!!」


 そうサヘルに駆け寄ろうとするカウィーであったがそれはヘサームによって阻まれる。


「待て。


 様子がおかしい」


 ヘサームにはカウィーに見えぬ物をその両目に映していた。目の前に立ちはだかる者が纏う気の色はまさにサヘルと同じ。だがそれはまるで暴発しているかのように膨れ上がり巨大な渦のようになっていた。


「何言って……」


 だがカウィーがそう尋ねる前に仮面の女戦士は一気に踏み込み、一瞬で二人に近づき高速の突きを放った。


 その一撃は前に進み出たヘサームによって防がれるが、女戦士は怯むこともなく高速の突きの連撃を繰り出す。剣と崑がぶつかるごとに火花が散り、常人では目で追う事も出来ない攻防が繰り広げられる。


 だがその連撃はヘサームの知るサヘルの実力よりも数段上の速さであり、その差異は共に何度も訓練で戦ってきたヘサームにとって逆に今までの経験が枷となり対応が遅れた。


 更に速度の上がる連撃を前に防戦一方となっていたヘサームであったが、その攻防は巨大な破壊音とそれに続く土煙によって中断された。


 視覚に頼らない戦い方が出来るヘサームはその隙を利用して後ろに下がる。その先にいたのは地面に貫杭手甲パイルバンカーを突き刺し土煙を引き起こしたカウィーであった。


「……ヘサーム。


 お前は進め。


 こいつの相手は俺がする」


「……やれるのか?」


 ヘサームは貫杭手甲パイルバンカーを地面に突き刺したままのカウィーへと声をかける。この場にサヘルがいて今こうして敵対している。


 それが意味していることは余りにも明白だった。


「見くびるな。


 それよりサヘルが裏切っていたのならより事態は深刻になる。


 急げ」


 今までも内通者がいる可能性は考えてはいた。アイシャがバクーへと侵入した時にあった襲撃の時もまるでそこに来ることが分かっていたかのように二重三重に準備がなされていたからだ。


 だが誰かがハーキムに通じている証拠もなく、第一内通者がいるならば隠れ家の場所が特定されていたはずであったので、このような襲撃を待つ必要などない。


それに何よりも隠れ家にいたのは信頼のおける仲間だけであった。それ故にあくまで可能性としてそれぞれが考えていた程度で実際に話し合う事はなかったのだ。


 だがこうしてはっきりとサヘルという敵対者がいたならば話は別だ。もしそうなら作戦は全て筒抜けとなっている。だが彼女というカードを此処で切るという事はこの先に重要な人物マジ―ドとハーキムがいる可能性もあった。


 ならば罠とわかっていても正面突破をする価値はある。


「なら任せる。


 気をつけろ。サヘルと思って戦うな。あれは別物だ」


「俺があいつに負ける訳がないだろう。


 さっさと行きやがれ」


 そうぶっきらぼうに話す友を見つめヘサームは言葉を詰まらせる。


 ヘサームとてこの二人とは共に多くの時間を過ごしてきた。二人がどういう関係なのかは人の機微に疎いヘサームでもわかっていた。


「何かがおかしい。それに聞きたいこともある。


……出来るなら殺してくれるな」


それは口下手なヘサームから出た口実に過ぎなかったが、その事を全て理解した上でカウィーは頷く。


「あぁ任せとけ。


 あのはねっかえりの相手は慣れたもんだからよ」


 そういってカウィーは立ち上がり、土煙の向こうにいるであろう敵の姿を見つめ続ける。


 それからは何も告げる事無くヘサームは一気に最後の扉へと走りだした。土煙から抜ける為にその場所を離れていた仮面の女戦士であったが、その足音を見逃すはずもなく走る音の方へと崑を構えた。


「おらぁ!!」


 だがそれは走り音とは反対側から聞こえてきた男の声と何かが飛んでくる気配に邪魔される。その先を振り向くと女戦士の目の前には巨大な瓦礫が飛んで来ていた。


 女戦士は動じることもなく瓦礫を崑で撃ち落とすが、それとほぼ同時に土煙から巨体の影が現れる


「おらぁ!!」


 カウィーの一喝の後、土煙を吹き飛ばすかのような拳が空を切る。そこに女戦士の姿はなくバックステップで距離を取り新たな相手に崑を構えていた。


 ヘサームはその間に一気に最後の扉へ走っていたがその姿に女戦士が反応を示すことはない。もはや標的はカウィーへと完全に移っていた。


「裏切者がお前だったとはな。


 正直今も信じられねぇよ」


 カウィーはそう話しかけるが仮面の女戦士は何の反応も示さずただ棍棒を構える。


 腰を落とし崑を水平に構えるその姿は今まで何度も見てきた腐れ縁の僚友の姿と全く一緒であり、カウィーの別人であってほしいというわずかな期待はこの時完全に消え失せた。


「バカたれが。


 アイシャ様を悲しませやがって。


……手加減はしない。死んだらあの世で詫び続けろ」


 そうつぶやくやくとカウィーは拳を構える。胸に広がる悲しみや怒りを抑えつけながらカウィーはそう女戦士へと告げるのだった。


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