12 砦の攻防
「こっちに矢を持って来い!! 早く!!」
「倒そうとするな!!
奴らに矢傷なんてなんの意味もない!!
目を狙って時間を稼げ!!」
「門が破られそうだ。
こっちに応援よこせ!!」
「こっちも手一杯だ。
ザカールの男なら根性見せろ!!」
メロッサ南門の砦は常時にはない喧騒に包まれていた。すでに最初にラキームが獣魔を発見してから1時間が経とうとしている。だが暴走した獣魔達は当初の予定よりも砦にたどり着くのは遅かった。
それも子供を乗せた馬が獣魔の群れに追い回されていたからなのだがその行方を気にする余裕は砦の兵たちにはない。
最初は馬を追い回していたアズラル・グールだったが時間が経つと群れの一部が離脱しはじめ砦へと向かいだした。
アズラル・グールは本来群れを成す獣魔ではない。それ故に指揮を執る個体もなくバラバラに行動しだしたのだ。そして人の気配がするこの砦へと襲い掛かって来たのである。
「畜生共め、あの大きさでなんて馬鹿力だ」
「泣き言いってねえで支えろ。
俺達に出来るのはこれぐらいなんだからよ」
砦にいた適合者は指揮官一人で矢に心得のある兵数人と先ほどから監視塔から矢で応戦しているが芳しい成果は得られていない。
そしてそれ以外の兵士たちは砦の脆い箇所を支えておりラキームとワキ―ルの二人も正門を支えていた。
「だ、だめだぁもうもたな……」
なんとか獣魔の侵入を防いでいた兵士たちだったが遂にその均衡は破られる。木製の正門は獣魔の度重なる体当たりにより勢いよくこじ開けられた。
正門が破られた衝撃で支えていた兵士数人は吹き飛ばされる。
「痛ぇ……
おい、ラキーム大丈夫か」
吹き飛ばされた正門の残骸の中からワキ―ルは何とか立ち上がる。辺りは破壊による土煙で何も見えない。
「あぁなんとか……」
少し離れていた所から聞こえた友の声の方を見るとラキームもまた瓦礫の中から立ち上がっていた。だがその顔は真っ青になったまま動かない。
「ど、どうしたんだよ」
「う、後ろ……」
ワキ―ルは友が指さす自らの後ろを恐る恐る振り返る。その先にあったのは先ほどまで共に正門を防いでいた兵士を貪る獣魔の姿だった。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
骨を噛み切るおぞましい音をたて続ける青毛の化け物を目にしてワキ―ルはその場で腰を抜かしてしまう。
そして多くの瓦礫が散乱するその場においてそれはアズラル・グールの注意を引くには十分な音量があった
戦利品を貪っていたアズラル・グールはその血で染まった顔をワキ―ルへと向ける。すると目の前の兵士であった亡骸を放置しワキ―ルへとゆっくりと歩き出した。
散らばった瓦礫の中音もなく近づいてくるアズラル・グールを前にしてワキ―ルは恐怖のあまり動くことが出来ない。その代わりに全身がどうしようもなく震えていた。
ゆっくりこちらへ向かってくるアズラル・グールは死を宣告しに来た悪魔のようであった。それはたった数秒ほどの時間であったがワキ―ルには永遠に思えるほど長く思えた。
「うわぁああああ!!! 」
だがその止まった時間は震える声で張り上げられた叫び声により再び進みだす。その声の方角から投げられた瓦礫の塊はアズラル・グールの顔面へと飛んでいき、ワキ―ルは後ろから強い力で引っ張り上げられる。
「立て!!
逃げるぞ!!」
今まで見た事もないような必死の形相で叫ぶラキームにワキ―ルも何とか正気に戻り立ち上がる。
「あ、あぁ。
ありがとう」
「いいから早く!!
上に上がればまだ何とか防げれるはず……」
そう言って上へと続く通路を見上げたラキームは絶望の表情を浮かべる。そこには通路を塞ぐもう一匹のアズラル・グールの姿があった。
完全に挟み撃ちの形になったこの状況で逃げる場所はどこにもない。それ故に二人は互いに別々のアズラル・グールの方を見ながら背中を合わせる。
「……どうやら逃がしてくれないってよ。
ならせめて砂漠の男としての意地を見せるか」
そう言ってワキ―ルは背をラキームに預け剣を構える。その声にラキームもまた腰にある剣をとる。不思議なことに二人の震えはもう治まっていた。それは背を預ける友がいるという安心感と完全に追い詰められ開き直りとも言える心境になったからであった。
「あぁ。
そうするとしよう」
二人共兵としての訓練を受けているが適合者でもない人間が獣魔を前にして出来る抵抗などたかが知れている。だからこそ、数秒先に自分達に降り注ぐ運命は余りにも簡単に想像できた。
「まぁ、俺達にしちゃ上出来じゃないか」
「全くだ。
時間は稼げたさ。
それじゃあ次は冥界で会おう」
そして二人は雄たけびを上げ自分達をにらみ続けるアズラル・グールへ同時に走り出した。
その二人の行動に対応するように二頭の獣魔も二人へと飛びかかる。両者がそれぞれぶつかり合うその瞬間、砦に破壊音が二つ鳴り響いた。
「い、いったい何が起きたってんだ……」
突然の横からの衝撃にまたも土煙によって何も見えなくなり、ワキ―ルは立ち上がる。
が
「ガゥゥ!! ガゥゥ!! 」
頭上からの獣の声に今度は腰を抜かすことはなかったがへっぴり腰になりながら剣を向ける。
「う、うわぁ!!」
その先にあった光景にワキ―ルは再び叫び声をあげてしまう。そこにあったのは自分の目の前で口を広げ威嚇をし続けるアズラル・グールだった。
だがそのおぞましい牙を持つ口は自分の頭上から動かない。その理由は土煙が晴れることによってわかった。
アズラル・グールの腹に槍が突き刺さり、そのまま壁へと磔にされていたのだ。だがその腹を貫かれてなおアズラル・グールは動き続けていた。
「こ、これは」
「そこの二人、地面にしゃがめ!!」
その指示にワキ―ルはすぐに地面に伏せる。と同時に何本かの矢が壁に突き刺さる音が聞こえそして遂に獣魔の呻き声も聞こえなくなった。
全ての音がなくなった後、ワキ―ルは恐る恐る顔を上げる。その先には顔を弓矢で何本も射抜かれたアズラル・グールの姿があった。
「た、助かったのか?」
そうつぶやいたワキ―ルに応えたのはそのすぐ側にいたラキームだった。
「助かった、サナクト様が来てくれたぞ!!」
そしてお互いの声を頼りに寄り添いあった二人は安堵のあまりその場で抱き合うのだった。
「見えたぞ。南門砦だ」
サナクト率いる騎馬隊は街道を進み、バクー地区を越え砦へと迫っていた。その先には数十頭に及ぶ獣魔の姿。その群れは二つに分かれているように見えた。
大多数の獣魔、恐らく20頭ぐらいであろうか?その群れがいるのは砦の前に広がる荒野で砦に向かっているのは少数であり3頭ほど。幸いなことにまだ砦を越えた市街地に向かっていた獣魔はいないようだった。
だが正門が目視できる所まで来たと同時にその正門は獣魔によって破られる。
「正門が突破されたぞ。
砦が完全につぶされればその先は市街地だ。まだ獣魔共が荒野にいるうちに叩く。
一気に駆けろ!!」
その光景を見たサナクトは部下たちに激を飛ばす。そして更に速度を速めた一団が南砦の正門へとたどり着く手前でサナクトは更なる指示を出した。
「ナジブ、ハーディ、バシア。
3人は隊列を離れ砦へ向かえ!!
大弩弓を使う。射線に入らぬよう注意せよ!」
「「「は!!」」」
名を呼ばれた隊士はそのまま隊列から離脱し砦へと向かった。砦へ向かっている獣魔は少数で他の多くの獣魔は未だ荒野にいる。
「ファリス!!
砦に二頭入り込でいる。まずはそいつらをつぶす。
大弩弓使用後は隊を左方に見える獣魔の群れを叩くぞ」
「は!!」
サナクトの指示に副官であるファリスが答える。その両者の背には十字を模った巨大な兵器があった。
大弩弓は大型のボウガンと言える形状をしている兵器であるが、その実弾は小型の槍ほどの大きさがある。
その為普通の人間の力では矢を張ることすら出来ない。だがこの防衛部隊の中でも桁違いの力を誇る隊長と副隊長であればそれも可能であった。
だが流石に騎馬中には装填できないので弾数は予め装填していた一発のみ。その十字架の兵器を水平に構えサナクトはその照準を砦にて兵士に飛びかからんとする獣魔に向ける。
「撃て!!」
サナクトの声と同時に二本の槍が放たれ見事に獣魔へと命中する。二本の槍は獣魔を壁に貼り付けにした。
サナクトの放った槍は獣魔の頭を貫き、ファリスの槍も獣魔の腹を貫いた。他にも獣魔は数頭いるが後は砦に向かわせた兵士たちで十分対処出来る。
それよりも今は荒野に散らばる獣魔どもへと意識を向けるべきだ。荒野にいた獣魔達は最初まるで獲物を見失ったかのように動きを止めていたが今は地響きを鳴らし自分達へと向かってくる騎馬隊の方へと意識を向けていた。
そしてサナクトは手綱を引き、隊を獣魔の群れへと向ける。そして馬の勢いを落とさぬまま部下達へと命を下す。
「全軍槍を構えよ!!偃月の陣をとれ!」
サナクトの指示の下騎馬隊はサナクトを先頭に隊の中腹を厚くした一直線の陣形を一切の淀みもなくとる。それは先頭で指揮を執るサナクトの攻撃力をもって相手へと突撃をかける攻撃な陣形であり最もサナクト率いる騎馬隊の得意とする陣形だった。
「やつら化け物どもに目に物見せてやれ!!
突撃だ!!
ゥララララララ!!!」
「「「ゥララララララ!!!」」」
そして指揮官の声に応えるようにまるで一つの塊となったかのような騎馬隊は突撃の雄叫びを上げ獣魔の群れへと突き進む。それに対して新たな獲物をみつけた獣魔達も一斉に騎馬隊へと走り出し迎え撃った。
凄まじい勢いで互いに向かい合い走っていた両者の距離は一瞬で縮まり、先頭を走るアズラル・グールはその勢いのままサナクトへ飛びかかる。しかしその牙はサナクトに届くことはない。なぜならば馬上から振るわれた槍によってアズラル・グールの頭は貫かれていたのだから。
「ウラァ!!」
その一喝と共にサナクトは槍を振りアズラル・グールの亡骸を振り落とし次の襲撃に備える。次々と飛びかかるアズラル・グールは先頭を走るサナクトと副官であるファリスによって叩き落され、後続の騎兵たちにより槍で止めをさされる。
だが横合いから襲撃を受けた数名の隊士は落馬し、不利な体勢で地面に叩き落されたのちは一斉にアズラル・グールの襲撃を受け鮮血を散らす。
一度目の衝突による互いの被害は互角であり、それは数で勝る騎馬隊に有利ではあった。だがこの距離を走り通しでは馬の疲労も大きく、予断を許すことは出来ない状況だった。
「もう一度突撃を仕掛ける。
皆気合いを入れろ。
行くぞ!!」
サナクトの命の下、騎馬隊は再び獣魔の群れへと突撃を仕掛ける。衝突のごとに荒野は人と獣の血で染まっていき、両者の数は減っていった。
「これで最後だ!!」
すでにサナクトは疲弊した馬から下馬し、共に戦う隊士の数も半数以下に減っていた。それでも隊士たちの奮闘により残りのアズラル・グールも残り一頭。そしてその最後の一頭もサナクトによって頭を貫かれ荒野の戦いは終わりを告げた。
生き残った隊士たちも多くの者が血まみれになり己の怪我か獣魔の返り血なのか分からないありさまだった。
それは隊の先頭で戦い続けていたサナクトも同様で流石に疲労の色は隠せない。それでもなんとか気丈に振る舞い隊士たちに告げる。
「獣魔は倒した。
我らの勝ちだ」
その声に隊士たちも歓声をあげる。だがサナクトには事態がこれで終わりでないような気がしてならなかった。だからこそサナクトは歓声を上続ける隊士たちをまとめ、死んだ隊士達の遺品を回収するとすぐさま砦へと帰還するのだった。




