11 王宮へと至る道
「もう始まってしまったかしら」
アイシャはヘサーム達と共に王宮への抜け道を進んでいた。その道は地下を進んでいるので太陽の光は届かず、暗闇を照らすのは手に持った松明の明りのみ。日の光から時間を知ることは出来ず、手に持った砂時計だけが唯一の目安だった。
ジンが獣魔を呼ぶのは太陽が昇り切った時。それもジンの動向次第では早まるかもしれない。それ故にアイシャ達は可能な限り早くこの抜け道を進む必要があった。
だがその静かな5人だけの行軍は、抜け道の窮屈さも相まって思うように捗らず一歩進むごとにアイシャの胸には焦燥が広がっていくように思えた。
「今はただ王宮を目指しましょう。それ以外の事は考えるべきではありません」
「……そうね。
今はただ王宮へ」
ヘサームのいつもと変わらないその声にアイシャも少し落ち着きを取り戻しその歩みを早める。どれだけ思い悩んでもアイシャにはもう後戻りをすることは出来ない。ならば今は前へと進むだけだ。
そして一行が行きついたのは少し広い部屋のような空間だった。そしてその先にあったのは見た事もない紋様が描かれた壁であった。
「行き止まり?」
アイシャはそうつぶやくがカディアルはその問いに答える。
「いえ、ここが王宮への入り口です。
ではアイシャ様こちらに」
カディアルに案内されアイシャはその壁の前へと歩き始める。壁には人一人が入れる程の門が描かれてはいるが固い石材で塞がれた壁のその先に進めるようには思えない。壁の手前の足元には壁と同じ紋様が描かれており、その中心には人が一人立てるぐらいの円があった。
そしてその中心にアイシャがたどり着くと松明の薄明りだけであったはずのその場所は眩しいばかりの明かりで照らされる。
その部屋には一面に幾何学的な紋様が描かれその天井には太陽の様に眩しい光を放つ筒が四隅に設置されていた。
「少し眩しいかもしれませんが気を休めてその身を任せてください。
そうすれば神龍のご加護が得られるかと」
カディアルの言葉にうなずくとアイシャは深呼吸をする。そして父から伝えられた文言をゆっくりと語り始める。
「我が名はアイシャ。
この国の柱となりし一族なり。
この声が届くならばその道を示せ」
はっきりと言葉を噛みしめるようにアイシャが告げると、地面に描かれた紋様に光が宿り最後には目の前の壁にまで広がる。
そして壁の中ほどにあった二つの丸い光がアイシャの両目を照らした。だがその光は決して眩しくはなくアイシャはその場でただ立ち続ける。
やがてガチっと何かの機械がかみ合う音が聞こえると、アイシャ達の前を塞いでいた壁に描かれていた門はひとりでに動き始めついにその入り口を出現させた。
「……行きましょう。
これからが正念場です」
その見た事もない技術に戸惑いながらもアイシャは皆にそう告げ王宮へと進むのだった。
抜け道が通じていたのは王宮最奥にある神獣の祭壇であった。常ならばこの場所は人が入る事を禁じられているゆえに警備の兵も存在しない。
そしてここからはそれぞれが別行動をとる事となる。
「それじゃ俺はここでお別れだ」
壁に描かれていた門は祭壇へと全員が通り抜けると再び閉じた。祭壇の中にはうっすらと太陽の光が注いでいるだけであり薄暗い。
祭壇に隠されていた未知の技術に圧倒されていた一同の沈黙を破るようにターヘルは皆に対してそう告げる。
「気をつけてください。
はっきり言って貴方が最も危険な任務となります」
カディアルは門へと向かおうとするターヘルにそう声をかける。ターヘルはこれから城門へと向かい時間稼ぎに向かう。だがその相手は全て適合者で構成された国の精鋭部隊。それに対してターヘルに内応しているのは城門の一般兵だけであった。
それだけの人数で城門を制圧し、その後獣魔征伐から帰って来た精鋭部隊とも対峙しなければならない。いくら混乱状態の城門を狙うという条件があるとはいえかなり厳しい戦いになるはずである。
「大丈夫です。
出来る限り戦わず上手くやって見せますよ。
それよりもアイシャ様をよろしくお願いします」
そういってターヘルはカディアルへと頭を下げる。
「……死ぬんじゃねぇぞ。
まだお前との決着はついていないんだからな」
「当然だ。俺がミスるはずないだろう。
お前こそしくじるなよ」
いつもはいがみ合うターヘルとカウィーだったがこの時ばかりはそれ以上言いあう事はなかった。そしてカウィーの隣にいたヘサームもまた危険な戦いへと向かう友へと声をかける。
「2時間だ。
それだけ何とか耐えてくれ」
「あぁ出来る限り早めに頼むぜ。
サナクトの親父はそうそう抑えられないだろうからよ」
こんな時でも笑顔を崩さずターヘルは笑いかけ、そして最後にアイシャへと向き直る。
「それではアイシャ様。
行ってまいります。どうかご無事で」
「ええ。貴方も。
全て終わったらまたみんなで踊りましょう。
その為にも必ず戻ってきてくださいね」
「それは楽しみだ。
それでは」
もう一度礼をするとターヘルは闇に紛れ祭壇の間を去っていった。タへ―ルが城門を占拠すると同時に鐘を鳴らしそれがヘサームとカウィーの合図となる。
そして王宮内の注意が城門へと向かう間に二人で一気にマジ―ドとハーキムが控えているだろう王宮最奥の避難場所へと襲撃をかける。
だが祭壇内の静寂さはターヘルの合図を待つアイシャにとってまるで永遠のような長さに感じさせた。
その重苦しい空気はアイシャに様々な悪い想像を浮かばせた。眼を閉じ思い浮かぶのは泣き叫ぶ人々の姿。そしてその中には孤児院の子供たちの姿までも……
だがその恐ろしい光景は右手に感じた暖かなぬくもりによって消え去った。目を開けたその先にはじっとアイシャを見つめその手を両手で包むヘサームがいた。
「大丈夫です。
ターヘルなら上手くやってくれるはずです。
それにジン、あいつはただの吟遊詩人じゃない。きっと孤児院の子供達も無事です。
そして貴女の道を阻むものがいるならば俺が全て断ち切って見せる。
貴方の剣たるこの名にかけてそう誓います」
ヘサームは自らの全てを晒しだすようにそうアイシャへと語り掛けた。
誰一人自分の事など見てくれなかった。異質な外見の上に盲目。そんな人間を誰が救ってくれるというのか。
だからこそこの手を取ってくれたこの人はきっと人ではないのだろうと思っていた。人でない存在ならばその為に自分は生きようそう心の中で誓った。
だが彼女と多くの時を過ごした今は違う。この人はどうしようもなく人間だった。弱くて、脆い、小さなこととで傷つくガラスのような人だった。
それでもどんなに怖くてもこの人は前を見ていた。未来を見て立ち上がって来た。
ならば俺はその道を切り開く剣となろう。唯一両親から残されたヘサーム(鋭い剣)の名に懸けて。
そう心で念じながらへサームはアイシャの手を強く握る。
「びっくりした。
ヘサームがこんなに喋るの初めて聞いたわ」
呆気にとられたようにアイシャはそうつぶやき、やがて笑い出す。
「そうね。
きっと上手くいく。
全て終わったらもっと話しましょう。
タへ―ルやサヘルや孤児院のみんなと。
きっと驚くわ」
そう話すアイシャの震えは収まっていた。
そして遂に祭壇の間にまで聞こえる鐘の音が鳴り響く。これは王宮内部に危険が迫った時になる特殊な鐘の音。その音と共にヘサームは手を離し立ち上がる。その側には二人を見守るカウィーとカディアルの姿があった。
「時間の様です。
それではアイシャ様どうかご無事で」
「ええ。
貴方にも神龍のご加護がありますように」
戦場へと向かう二人の友に対してアイシャは祈りを捧げそしてヘサームはカウィーと共に一礼し背を向けた。
こうして始まりの鐘は鳴り続ける。様々な人の想いを乗せて。ここにザカールの命運をかけた戦いの幕が開けるのだった。




