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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第四章 龍姫と黒騎士
54/69

10 獣魔暴走(スタンピート)

今回の話では一話の中で視点が変わります。ですので視点が変わる所では区切りをつけています。


 隠れ家で『マイム・マイム』を皆で踊った日から数日後、太陽が昇り切った時にジンとカーズはメロッサの南門の先にある砦のさらに外に広がる荒野にいた。その目線の先あったのは南門に広がる未開発の街とその中でも特に目立つ石造の建物である孤児院があった。


 その町を見つめながらジンは呟く。


「全く無茶な注文をしてくれるよな。


 俺達だってこんな役引き受けたくない」


 深いため息をつきながらジンは相棒に声をかける。


「だが、仕方ないだろう。


 これ以上あの子の涙を見たいのか?」


 カーズは自らの背に跨るジンに問いかける。


「それだけは御免被るな。


 さぁ始めようか」


 そしてジンは無音の笛を鳴き響かせる。その音を人外の者どもに響かせるために。



**************************************



 その異変に最初に気付いたのは南門の果てにある砦で警備をしていた兵士であった。


 砦と言っても獣魔がこの辺りに出ることなどほとんどなく、警備という名目はあるもののここにいる兵士はそのほとんどが実戦経験の乏しい者ばかりであった。


 それ故にいつもと同じようにこれと言って警戒心もなく荒野を見つめていた長身の兵士ラキームだったがその視線の先に見慣れぬ何かを見つけ世間話をするようにもう一人の小柄な兵士ワキ―ルに話しかける。


「おい。あれはなんだと思う?」


 彼が示した先に砂煙が立っており、それは動いているように見えた。


「うん? どうせ、突風でも吹いたんだろう。


 そんなもの珍しくないじゃないか」


「だけどよ、なんかこっちに向かって来てねえか?


 なぁお前の双眼鏡で見てみてくれよ」


 双眼鏡は貴重品でありそれぞれの砦には一つしか配備されていない。その時双眼鏡を持っていたのはワキ―ルでラキームは何度も様子を見るようせがむ。


「しつこいな。こんな所に危険なんてある訳が……」


 めんどくさそうにしながらも双眼鏡で荒野の方向を見つめたワキ―ルはその瞬間石のように動かなくなる。


「ど、どうしたよ」


 恐る恐る聞いたラキームに声を震わしながらワキ―ルは震えながら答える。


「た、たいへんだ……


 緊急警鐘をすぐにならせ!!


 それからメロッサへすぐに伝令だ!!


 魔獣暴走スタンピートだ!!」


 ワキ―ルが持つ双眼鏡に映ったのは数十頭の獣魔が群れを成しメロッサに近づいてくる恐ろしい光景だった。



**************************************



 メロッサを守る防衛隊は大混乱に陥っていた。南門から緊急警報を知らせる鐘が鳴り響いていたが未だ正確な情報は伝わってこない。だがその混乱は迫力のある一喝で静まる事になる。


「一体何事だ!!」


 防衛隊隊長である老騎士サナクトのその一言に兵の動きは止まり、同時にようやくその場に到着した伝令が情報を伝える。


「南門にて獣魔の群れが出現いたしました!!


 アズラル・グール数十頭が街に向かっているとのことです!!」


 アズラル・グールとは青い縞模様の毛並みを持った犬のような小型の獣魔で分類的には下位にあたる。だが下位とはいえ獣魔であることには変わりない。ましてや数十頭の大群となれば十分すぎるほどの脅威と言えた。


 しかし黄金蠍タハブ・スコルピオのように全く太刀打ちできない相手ではない。その瞬間サナクトは決断を下す。


「全軍城門より打って出る。アズラル・グール共なら我らならば各個撃破可能だ。準備が出来次第出るぞ!!」


「王への報告はいかがいたしますか」


 部下からの質問にサナクトは舌打ちをしそうになるがそれを寸で堪える。


「一刻すらも惜しい。


 王へは王宮の最奥にある地下室へ避難して頂くよう伝えよ。


 癪ではあるがハーキムに任せておけば危険はあるまい」


 サナクトはハーキムが子飼いの戦士を何人か連れていることは知っていた。ならば万が一にも王に危害が及ぶことは無いと判断する。


 王権をまるで自らの物とするハーキムを信用することは出来ないがそれでも身内である現国王マシードを危険にさらすことはすまい。むしろ全力で守ろうとするはずだ。

 

 かすめ取るように王権を手に入れたマシードに対して思う所はある。だがサナクトは王家に忠誠を誓い生きてきた。そしてそれは誰が王になろうと変わる事はない。


 それ故に今まで王の安全を最優先にしてきたサナクトではあったが、アズラル・グールならばどれだけ群れを成そうと壁を越えることは出来まい。ならば自分は目の前の民を守る事に全神経を向けるべきだ。


 そしてサナクトの指示の下、混乱は収まり、兵はそれぞれ武器を取る。


 5分と経たずザカールの精鋭部隊たるサナクトの指揮するレベル1の隊員で固められた騎馬隊は馬を揃え南門へと集結していた。


「ザカールの戦士達よ!!


 アズラル・グール共に民へと指一本触れさせるな。


 今こそ砂漠の戦士の誇りを見せる時ぞ!!


 全軍出撃じゃ!!」


 その声に応じ南門は開かれ四十騎もの騎兵が街道を駆ける。目前に迫る脅威を民から守るために。



**************************************



 南門の孤児院では警鐘が鳴り響き続け、多くの人々がこの場所に集まって来ていた。その人々を誘導しながら修道服に身を包んだ女性たちが声を荒げていた。


「子供達を先にこちらへ。


 急いで!!」


「動ける人はまだ時間があります。南門の方へと向かってください!!


 男性の方で協力して下さる方は窓の補強をお願いします!!」


 混乱のるつぼとなった孤児院でも彼女たちの声は的確に指示を出していた。この孤児院にいるのはアイシャを慕いやってきた女性達で何かあった時の対処法も告げられていた為その行動に迷いはない。


 だがそれ以上にこの孤児院を避難場所として逃げてきた人が多く対応に回るのだけで精一杯だった。


「武器はないのか?


 獣魔と言っても犬と大きさは大して変わらないのだろう。なら俺がぶったおして……」


「バカ言わないで!!


 獣魔相手に普通の人間の攻撃なんて何の意味もないわ!!


 そんな事を言っている暇があるなら病人を運んで!!」


 その剣幕に圧倒され男達は指示に従う。鐘が鳴り始めてからその間隔はどんどん短くなってきた。つまりそれは獣魔が迫ってきているという事を意味する。


 その鐘の音色は孤児院の最奥にある避難室まで届いていた。そこには孤児院の子供たちが集められていた。子供の足では遠くには逃げられずそれ故に真っ先にこの場所へと避難したのだ。


 「これからどうなるの?」


 堅固な石造の建物の中でも最奥の部屋で子供たちはその身を怖がらせながら身を寄り添いあっていた。


「大丈夫。きっと兵隊さん達が守ってくれます。


 だから今は祈りましょう。


 龍神様のご加護が有らんことを」


 子供達を不安にさせない様に孤児院の中でも最も若い女性職員であるイビサムは子供たちに語り掛ける。


年上の職員たちは皆外に出て避難してくる人々の誘導に当たっている。それはすなわち迫りくる危険に晒されているという事だった。


最も若い自分がこの場所を任せれたのもきっと自分を守る為だろう。だからイビサムは仲間達の無事をただ祈る。


「アイシャ様……どうか我らをお救い下さい」


 暗闇の中で浮かぶのは龍姫と呼ばれた人の姿。その声は不安で消え入りそうな声であった。



**************************************

 


「なんかおかしくねぇか、あいつら。


 なんでこの砦に向かって来ない?」


 ラキームは監視塔の上で獣魔達の作り出す砂煙を見つめながら呆然としたようにそうこぼす。先ほどここから見えるだけでも数十頭かのアズラル・グールが迫って来ていた。


 だがその速度は思っていた以上に遅かった。その一団は砦の方に向かっていたかと思うとその勢いを止めまた違う方向へと走り出す。それはまるでなにかの得物をずっと追っているそんな光景に見えた。


「まさか……だれか馬かラクダに乗っているやつがいるのか?」


 ワキ―ルは双眼鏡を砂煙の先に向ける。そこには黒馬に跨る子供らしき姿があった。


「なんてこった。


 子供が獣魔に追われているぞ。


 あのままじゃいつか追いつかれる!!」


 その悲痛な叫び声は砦中に響き渡る。だが彼らには出来ること等何一つなくただその様子を見つめることしかできなかった。



**************************************



「おらおら早く走らないとやられるぞー」


 砦での悲鳴と裏腹にジンは緊張感の薄い声で話していた。本来吟遊詩人は獣魔の笛を吹いた後自らに獣魔が近づいてくると逆に獣魔を遠ざける音を奏で、身を守る。


 だがこの時ジンはその音を一切鳴らさなかった。それはつまり暴走した獣魔を呼びだす自殺行為ともいえることであった。だがジンには普通の吟遊詩人にはいない相棒がいた。


「うるさい、黙って捕まってろ。


 全力で逃げるならまだしもギリギリで逃げないといけないんだから大変なんだよ」


 それがジンとカーズのとった選択だった。本来ならば笛を吹きその場を離れ混乱を招く作戦だったがそれでは街に被害が出る。


 だからこそジン達はその場に残ったのだ。獣魔のおとりと成る為に。


 後ろに迫るアズラル・グールの群れはギリギリで追いつけない獲物に躍起になって追ってきている。


 それを分かった上で挑発を繰り返すように、わざと距離を縮めて見せたり、逆に距離を離した後立ち止まり反転して群れへと突っ込みその上を飛び越え逆方向へと逃げ出したりとジン達はアズラル・グールの群れを翻弄していた。


「さて騎士様達が来るまで鬼ごっこの時間だ。


 頼むぞ相棒」


 凄まじいスピードで荒野を走るカーズにしがみつくような体勢でジンはその背に乗って話しかける。カーズの動きは変則的でその背に乗るジンの反動も大きかったが、ジンはその動きを完全に理解しているよう乗りこなしカーズの走りを邪魔する事はなかった。


「全部終わったら有り金はたいて良質な欲し草をよこせよ。


 それでチャラにしてやる」


「そりゃ頑張って稼がないといけねぇな。


 それじゃ全部終わったらこの国でもうひと稼ぎするとしよう」


「それなら取り敢えず後ろの奴らから逃げ切らないとな」


 そしてカーズは再び近づいてきたアズラル・グールを引き離す為一段と速度を上げ荒野を駆るのだった。


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