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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第四章 龍姫と黒騎士
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9 『マイム・マイム』

 虫の音ひとつしない砂漠の静寂の中でジンはその横で穏やかに眠るアイシャを眺めていた。


「不用心な姫様だな。


 一応お前も男だってのに」


 カーズはアイシャの眠りを妨げないよう小さな声でジンにそうささやく。


「全くだ。


 こうも安心されると相変わらず男として見られてないのかと悲しくなるね。


 ……ただお客さんはそうは思ってくれないらしい」


 ジンはアイシャから目を離し、日の出前の薄明りが照らす砂漠を見つめる。その遥か先にあったのは一つの騎影。その姿はこちらをじっと見つめたまま動くことはなかった。


「そのようだ。


 それじゃあとりあえずお迎えに上がるとしようか」


「あぁ。そうしよう。


 姫様のお休みを邪魔することもない」


 そうしてジンは静かにアイシャの側を離れると、カーズの背に跨る。そのまま蹄の音をたてることもなくオアシスを後にしようとした瞬間。


「おいていかないで……」


 そう小さな声でつぶやかれた声にジンは、手綱を引きカーズを止めアイシャを振り返る。だがそこにあったのは布をかけられ深い眠りの中にあったアイシャの姿だった。


 ジンには夢の中にいたアイシャがその寝言を誰に対していったのかはわからない。きっとその記憶の中にある暖かい誰かの姿を見つめていたのだろう。だがその瞳には一筋の涙が流れていた。


 その涙をジンはカーズからそっと降りて持っていた布巾で拭う。


「全く、勘のいいというかなんというか」


 困ったように話すカーズにジンも苦笑いを浮かべる。


「心配しなくても戻ってきますよ。


 貴方の為ならば」


 そう小さな声で告げるとジン達は改めてカーズに乗りオアシスから砂漠へと走り出すのだった。


 カーズはオアシスを離れるとその速度を上げ一瞬でジン達を見ていた影の下へとたどり着く。だがその影の主はその異常なまでのカーズの速度に驚くこともなくその場所で一人と一頭を待ち構えていた。


 それも当然の事であろう。なぜならば彼はつい先日までカーズの背に乗っていた人物なのだから。


「盗み見とは感心しないな。


 救国の黒騎士様ともあろうお方がさ」


 ジンは未だに栗毛の愛馬に乗ったまま動かないヘサームを見ながらそう尋ねた。


「本来ならば俺もすぐに合流したかったさ。


 お前みたいな得体のしれない旅人とアイシャ様を二人きりにするなど危険極まりないからな。


 それでもアイシャ様がそれを望まれているのが分かったのだから仕方あるまい」


 ヘサームは不本意である事を隠すこともなくそう告げた。


「しかしこの距離では様子も何もなにもわからないだろうに。


 それともあんたには何か特別な方法でもあるのかい?」


 無愛想な表情を変えないヘサームに対してジンもまた常の飄々とした態度で尋ねる。だが両者の間には重苦しい空気が広がっていた。


「眼に頼らなければわかる事もある。


 そうだな。わかりやすく言うとその人の気が色の様に見える。それは人によって違っていて特にアイシャ様の気を見間違う事はない」


 ヘサームのその言葉にジンは驚く。


「そりゃあ凄いな。


 それであんたは目が見えなくても戦えるって訳か」


 ほとんどこの事を知っている人はいないけどな。ヘサームはそう小さな声でつぶやき、そして大剣をジンへと向ける。


「ここ最近にないほどアイシャ様の気が穏やかだったからオアシスに合流せず、ずっとここから様子を見ていた。その事に関しては感謝を言っておく。


 だが俺はお前を信じない。


 なんなのだ、お前のその気は。お前は一体何者だ?」


 ヘサームの目に映るジンの気は今まで一度として変化することがなかった。黄金蠍タハブ・スコルピオの襲われたときも、裏道の襲撃の時だってそうだ。ジンの気は無色透明のまま揺らぐことがない。


 そんな人間をヘサームは見たことはなかった。それ故に大剣を握るその手には警戒というには過ぎた力が込められていた。


 だがジンはヘサームのその様子に動じることもなくあっけあらかんとしていた。


「言っただろう。ただの吟遊詩人さ。


 ちょっとばかり経験豊富なね。


 それに俺は逃げようと思えばいつでも逃げられたことはわかっているだろう。あんただってこいつの背に乗っていたのだから」


 そう平然と話すジンをヘサームはにらみつける。その言葉にはいつでもカーズの背に乗って逃げることも出来るのだという意味も含まれる。それ故にヘサームは手に込めた力を緩め、剣を下す。


「確かにこいつじゃカーズの足には遠く及ばない。


 脅しも脅しにならないか。


 だがもしアイシャ様に危害を加えるそぶりを見せたなら俺は容赦なくお前を斬る」


「そうならない事を祈っておくよ。


 さぁそろそろ夜も空ける。


 寝坊助の姫様を起こしに行こう」


 そうして二人はアイシャの眠るオアシスへと馬を並べてゆっくりと進み始めるのだった。





 ジンとヘサームがオアシスに着いた時には太陽はその姿を現しており、アイシャも目を覚ましていた。


「ヘサーム!!


 無事でしたか!!」


 目を覚ますとジンの姿が見えず戸惑ったアイシャであったが、ジンは周囲をカーズに乗って警戒する事を置手紙に書いて残しておりそれを見つけていたので食事の準備をして待っていた。


 その途中でジンがヘサームと共に馬を並べてこちらにやってくるのを見つけ慌てて馬に乗り迎えに来たのである。


「ヘサーム只今戻りました。


 アイシャ様がご無事で何よりです」


「貴方も無事でよかった。


 他の皆は?」


「まだ姿は見えません。


 ですがここに留まっていても危険が増します。


 目印だけつけて我々は隠れ家を目指しましょう」


 ヘサームは事前に相談していた目印をオアシスに自生する木に剣でつけるとジンとアイシャを隠れ家へと案内した。


 そして翌日には砂漠を抜け隠れ家についた。そこには灼熱の太陽が降り注ぐ中であっても隠れ家の入り口で姿勢を正しながら立つカディアルの姿があった。


「無事のお帰り心より安堵しております。


 よくぞお戻りくださいました」


 深く礼をするカディアルはジンにはいつもと変わらない様に見えたがアイシャは馬をおりその手を取る。


「皆のおかげで無事に戻ることが出来ました。


心配をかけましたね」


 その一言にカディアルは顔を上げることはなかったがその肩は震えていた。前王の時代から王家に仕えアイシャの事を子供の頃から知っているカディアルである。その前王の形見であるアイシャの事が心配で仕方なかったのだろう。


 しばらくしてカディアルは顔を上げるとその顔にはもはやいつもと変わらぬ完璧な執事のものに変わっていた。そしてそのまま三人を中へと案内する。隠れ家の中に入るとそこにはカウィーとタへ―ルが待っていた。


「アイシャ様、よかった、無事に戻られて。


今まで生きた心地がしませんでしたよ」


 心からほっとした表情を浮かべるタへ―ルにカウィーは呆れた様にどなる。


「何言ってやがる、主より早く帰る野郎がいるか」


「仕方ないだろう。馬も結局現地調達しなくちゃいけなくなったんだからよ


 二人に情報を伝える必要もあったし。ただジンを信頼したってだけさ。


 第一怪我で休んでいた野郎に言われる筋合いはないな」


 そう主人が帰ったのにもかかわらず互いの悪口を言い出す二人であったがそのいつもの二人の会話にアイシャは帰って来たのだとほっとする。


「ええ、ただいま。


 皆のおかげで無事戻る事が出来ました。心よりお礼をいいます。


 ありがとう」


 アイシャがそう告げるとその場にいた男達は喧騒をやめ皆頭を下げるのだった。


 その様子を見ていたアイシャはしかし一人姿が見えない事に気付く。


「……サヘルはまだ帰ってきていないのですか?」


 その言葉にカウィーは豪快に笑いながら答えた。


「ええ。ですがサヘルは恐らくこの不忠儀者と違ってアイシャ様の無事を確認しにオアシスに向かってからこちら帰るはずです。


 あと数日したら帰ってくるでしょう。


 それよりもまずは部屋にてお休みください」


 すぐにタへ―ルの抗議の声が聞こえた来たが、アイシャはそれを聞き流しつぶやく。


「そう。


 早く帰ってきてくれるといいのだけど」


 アイシャはその胸に一瞬嫌な予感めいた物を感じたがそれを振り払う。正直この数日の旅で疲労は限界にまで達していた。これ以上ここで考えても考えはまとも有りそうにない。それ故に皆に改めて礼を言った後自らの部屋で眠りにつくのだった。


 それから数日は平安な日が続いたが隠れ家を出発する前日になってもサヘルが帰る事はなかった。


「仕方ありません。サヘルなしで作戦を決行するしかないでしょう」


 アイシャの言葉が重く部屋に響き渡る。それはサヘルの無事を確認する事をあきらめるという事であった。


「大丈夫ですって!


 あいつがそんな簡単にやられるもんですか。

 

絶対に生きています。全部終わったらひょっと出てきますよ」


 カウィーの笑い声にアイシャは胸が痛む。カウィーとサヘルは軍の同期であり付き合いも長かった。


 そして二人が互いに憎からず思いあっていることも周りの人間から見れば一目瞭然であった。二人は決して認めることはなかったが。


 だからこそカウィーの豪快に笑い飛ばす様子はアイシャにとって逆に見ていて胸が苦しくなるほどであったがもはやアイシャに出来ることはなかった。


 そしてそのまま時は過ぎ隠れ家の薄明りの中でアイシャは全員を集め作戦内容の最終確認を行っていた。だが様々な不安要素があるこの作戦を前に皆表には出さぬものの緊張感から張りつめた空気が隠れ家に広がっていた。


「やめだやめ。


 これ以上辛気臭くなっても上手くいくものも上手くいかなくなる。


 ジン何か景気が良くなる歌はないのか?」


 ターヘルが吹っ切れたかのようにそうジンに問いかける。


「そうだな……


 それじゃこんなのはどうだ?」


 ターヘルの呼びかけに応じてジンは楽器を手に取ると軽快な音楽を奏で始める。その音楽にアイシャ達は聞き覚えがあった。


「この音楽は……」


 そうアイシャがつぶやくとジンは笑ってその曲を歌いだす。


『      貴方は喜びのうちに


       救いの泉の水をくむ


       水を(マイム)、水を(マイム)、水を(マイム)


       水を汲むだろう(ミィマイムべッサンソン)


       ヘイ、ヘイ、ヘイ  


       水を(マイム)、水を(マイム)、水を(マイム)


       救いの水を汲む(マイム・マイムベッサンソン)          』


 その軽快な音楽は何度も何度も同じリズムを奏で続ける。


「懐かしいわね。こんな曲久しく聞いていなかった」


 アイシャはその曲を聞きながらつぶやく。


 それはこの土地に伝わる太古の歌。


 年に一度のお祭りでは命の恵みである水に感謝しその喜びをこの曲に合わせて踊りながら皆で分かち合う。


「せっかくだから踊りましょう」


 アイシャがそう立ち上がると他の男達も苦笑いを浮かべながら立ち上がる。


 そしてアイシャ達は洞窟のうす暗い明りの中で円を描き踊り出した。踊りになれていない者ばかりだったから不格好ではあったがそれでもなけなしの笑顔は戻った。


 途中からはジンも円に無理矢理加えられ、演奏なしの踊りは夜遅くまで繰り返された。ザカールの命運を決める作戦の決行前夜の夜はこうやって過ぎていったのだった。



今回の第九話ではずっと


『マイム マイム マイム マイム庄〇米』


という音楽が流れ続けてました。


美味しいよね、北陸の米って……


とどうでもいい話はおいておいて今回の原曲はフォークダンスでも有名なこの曲『マイム マイム』です。


実はこの原曲はイスラエルで作られたらしいんです。マイムの意味は『水』


砂漠の厳しい環境の中で水の恵みに感謝する曲なんですね。学校で習うフォークダンスは日本で教育用に作られたものであり現地の踊りとは違いがあるようです。


もし良かったら実際に『マイムマイム』を踊る姿を見ながらアイシャ達の姿を想像してみて頂けたら幸いです。

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