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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第四章 龍姫と黒騎士
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7 裏道での戦い


 その後はお互い喋る事もなくバクーの街を進んだ。獣魔を呼ぶポイントは決まり目的は果たした。だが三人の足取りは重い。


「姫様、いったん休みましょう。


 ずっと歩き通しですし、お顔の色もよろしくないかと」


 獣魔を呼ぶポイントを決めた時から三人は予定を早め、強行日程で元来た道を戻っていた。だが訓練など受けていないアイシャにはかなりの消耗が見て取れサヘルが休むことを提案する。だがそれはアイシャによってはっきりと拒否された。


「なりません。


 もうすぐ馬達を預けている場所に着きます。


 そうすれば当面の危機も脱せますし、その分の時間を作戦の立案に回せます。私は大丈夫、行きましょう」


 息を切らしながらもその声には有無を言わせぬ力がこもっておりサヘルは心配そうにしながらもその意に従う。


「……わかりました。


 ならばこちらの道を通りましょう。


 人通りも少ないですし近道になります」


 サヘルが指さしたのはうす暗い裏道であった。確かにその道は人通りも少なく距離的にも近道とはなっていた。だがサヘルがその道を選ばなかったのには理由があった。それは日の当たらぬ住人達の住処でもあったから。


「おいおい女だけでこんな暗いところを歩いていたら物騒だぜ。


 俺達が案内してやるよ」


 その道の途中で案の定ジン達は柄の悪い男達に絡まれる。 無駄に図体だけでかい男を筆頭にその後ろには4人はいるだろうか?


 その表情は明らかに親切で案内を買って出たわけではない事が分かった。


「結構だ。


 家までの道はわかっているのでな」


 ある程度こういったことが起きることも想定していたサヘルが二人の前に出て男達の前に立ちふさがる。 


「へ、女がいきり立ちやがって。


 男5人相手になにが出来るってんだ」


「はぁ、出来れば騒ぎを起こしたくなかったのだけど」


 その態度を見てサヘルはため息を一つもらすと、懐から黒い棒を取り出す。だがその大きさは掌よりも少し大きいぐらいで武器として使えるようには思えない。


 一瞬武器を取り出すのかと身構えた男達であったがその棒を見て嘲笑う。


「そんな棒切れでなにが出来るってんだ」


「そうだな。己の身の程も知らない男を倒すぐらいには役に立つさ」


 そう言いながらサヘルは手に持った棒を地面へと振り払う。するとその棒の先端部分が伸び短剣ほどの長さの棍棒へと変わる。この警棒ナイト・ステッキと呼ばれる武器はカディアルが持っていた武器の一つを拝借したものだ。


 殺傷能力こそ低いが携帯性に優れ使い勝手もよかったのでサヘルが常時隠し持っていた。


「なんだとこのアマ!!


 おとなしくしてれば調子に乗りやがって!!」


 サヘルの言葉に激高した男は展開された小型の棍棒を気にもせず右拳を振り上げサヘルへと迫る。だがその一撃は簡単に左手でいなされ返しの一撃により振り落とされた警棒ナイト・ステッキは男の右腕を打った。


「がぁ!!!」


 あまりの痛みにうずくまり呻き声を上げる男だったが、その声はサヘルの警棒ナイト・ステッキの横払いを顔に受けすぐに途絶えることになる。


「死んではいないはず……だ。


 さて次はどいつだ?」


 地面に崩れ落ちる男を見ることもなく、その特殊な棍棒を構えながらサヘルは残った男達へと問いかける。


 リーダー格であった男が軽々と倒された男達はうろたえるが意を決して声を上げながら数人が同時にサヘルへと襲い掛かる。だがその抵抗は彼女の振るう警棒ナイト・ステッキの前にあっさりと鎮圧された。


「それで、これで通してくれるかね?」


 サヘルは警棒の使いやすさに上機嫌になりながら残った二人へと問いかける。


 たった一人の女を前に男三人があっという間に叩き潰される。その光景を前に残った二人の男は、表情も変えずその場に立っていた。だがそれは驚きの表情というよりもむしろ……


「っ!! サヘルその二人を早く倒せ!!」


「え!?」


 ジンの声を叫ぶ声を聴いてサヘルは戸惑いそしてその男はにやりと……笑っていた。


「た、助けてくれー、殺される―!!」


 そしてその笑い顔を浮かべた男は大声を上げながら一目散に逃げだした。その男の行動は予想外でサヘルは男を止めることが出来なかった。


 だがその声に反応した兵たちの声が上がりサヘルもまた男の思惑に気付く。慌ててその男の後を追おうとするが一人残った男は腰から剣を取り出しサヘルの前に立ちはだかる。


 しまった。完全にはめられた。あの男達は油断させ時間を稼ぐためのブラフか。こんな簡単な罠に引っかかるなんて。


 そうサヘルは後悔するがもう遅い。それに目の前に立ちはだかるこの男は先ほどの馬鹿共とは比べ物にならない殺気を放っている。


「ジン殿、アイシャ様を連れてお逃げください」


「わかった」


 そう短く返事をするとジンはアイシャの手を握り横道へと進路をとる。


「待ってサヘルがまだ」


「俺達がいても足手まといだ。


 サヘルは一人の方が動きやすい。それより自分の事を考えろ。


 あんたか俺どちらかが死ねば全ては終わるんだ。今はとにかく走れ」


 その言葉にアイシャの表情が変わる。そして二人はそれ以上話す事もなく裏道を走った。あと少しで大通りへと出る。人込みに紛れれば相手とて特定は出来ないはず。


 だがその出口には武器を構えた男が立っていた。顔を覆面で覆い隠したその男の手にはナイフが握られている。


「……死ね」


 その言葉を吐くと男は二人へとナイフを構えながら一気に距離を詰めてきた。


 だがジンのはるか頭上から放たれた弓矢により覆面は一歩下がりその動きは止まる。同時にジン達の前にマントを羽織った男が舞い降りた。


「その道を行け!! こいつは俺が何とかする」


 通常の矢を結晶機に通さず構えていたのはタへ―ルだった。迅雷のレール・アローは真ん中に空いた空洞以外にもその穴の外側に通常の矢を構えることが出来る構造となっている。


 その為人間相手には通常の矢も用いられるのだが普通の弓よりも特殊な形をしているので扱いは難しい。それをこの狭い裏道の屋根の上を走りながらジン達を護衛しかつ正確に相手を射抜いた。


 全く持って頼りになる護衛だとつくづく思うジンだったがその想いは短い一言のみでターヘルへと伝える。


「頼んだ」


 それだけ告げるとジンはアイシャを連れ再び走り出す。ジン達が立ち去るのを確認するとターヘルはナイフを持った男から目を離さず笑いかける。


「さて、接近戦はあまり得意ではないんでね。


 お手柔らかに頼むよ」


 そしてその言葉を契機としてこの場所でも新たな戦いが始まるのだった。





 人のざわめきが大きくなるのが聞こえる。アイシャも限界は超えているだろうにそれでもその足を止めることはない。だがあと少しで広場に出る。そうすれば。


「っ!! 頭を伏せろ!!」


 だがその瞬間ジンはアイシャの手を取り、体を反転させる。


「ジン、なにを」


 アイシャを抱えるようにして転げながらも二人はその裏道を出る。勢いよく飛び出した二人に人々の視線が集まってしまう。


 その突然の行動にアイシャは戸惑うがジンの表情を見て驚愕する。その表情は苦悶に歪んでいた。よく見るとその肩には小さな矢の様な物が突き刺さっている。


「私を庇って?」


 急いで矢を抜こうとするとするアイシャだがジンは怒鳴り声をあげそれを制する。


「触るな! 毒だ」


 その鬼気迫る声にアイシャもその手を止める。それを見届けるとジンは吹き矢を掴むと遠くの地面に放り投げた。だがその二人の様子は余りに目立ち辺りは騒然として来ていた。


 そして今まで動くことのなかった気配が一斉に動き出す。どうやら想像以上に追い詰められていたようだ。殺気があちこちから飛んできている。


「これだけ目立てばもうどこに隠れても一緒か。


 それなら。


 アイシャ耳を塞げ!!」


 アイシャは指示を受けるとすぐに両手で耳を塞ぎそれを確認するとジンは懐から笛を取り出し力いっぱい吹く。


「きゃあ!!」 「なんだ!」


 その音は余りに耳障りな高音で周囲にいた人々は耳を塞ぎかがみこむ。


 そして、その音をから離れるようにして広場にはジン達の周りに円状の空地が出来上がり、その場所へ黒い影は音もなく舞い降りた。


「全くやかましいな。


 もっとスマートに呼び出せないのか」


「だが、ちゃんと着地場所も確保できただろ?


 それで今の乗り主様はどこ行った?」


「お前と違って仕事が早いんだよ」


 カーズの言葉と同時に男の悲鳴が上がる。そこには右腕の肘から下を失った男とその横で黒い大剣を振り落とす黒騎士の姿があった。


 切り落とされた右腕には吹き矢の筒がしっかりと握られている。家々を飛び回りながら高速で駆けるカーズの上からすでに暗殺者の位置を特定し飛び降りたという訳か。


 へサームは振り下ろした大剣をそのまま跳ね上げると斜め下から胴を切り上げられた男は大量の血を散らしながら倒れ込む。そしてジン達を見ないまま大声で叫んだ。


「逃げろ!!


 ここは俺が引き受ける!!」


 その大声に多くの人の視線がヘサームへと集まる。


「流石、カッコイイね騎士様は。


 それじゃ逃げますか」


 そう言いながらジンはアイシャの手を取りカーズへとまたがる。


「待って、いくらなんでも二人で乗ったら逃げ切れないんじゃ」


 どんな名馬であったとしても人間二人を乗せればその速度は落ちる。だがその言葉を意に介していない様にジンはアイシャを自らの前に乗るように手招く。


「そんな心配はいらんさ。


 それよりも舌を噛まない様に気をつけな」


 その言葉にアイシャも覚悟を決めカーズへとまたがる。その高さはいつも自分が乗っていた馬よりも高くまるで違う生き物であるようにすら感じた。


「さて後は頼むぜ、カーズさんよ!!」


「それじゃ行くぞ、覚悟はいいな!!」


 ジンの笑い声を含んだ声を聞くとカーズもまたアイシャへと声をかける。

 

 だがその周りには騒ぎを聞きつけ集まった人々で埋め尽くされ逃げる場所など無いように思えた。


「行くったってどこえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 およそ姫様らしからぬ声をアイシャが出しながら黒馬は広場から離脱する。それも仕方ない事だろう。どこの世界で助走もなくたった一歩で立ち並ぶ家々を飛び越える馬がいるというのだ。そんな覚悟が出来ている人間などいるはずもない。


 その後しばらくは今後味わう事もないであろうスピードをアイシャはその頬にもろに受けなるのだが、それでもジン達はバクー脱出を果たすのだった。


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