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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第四章 龍姫と黒騎士
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6 選択


「ジン似合っているぞ。


 どこから見ても女の子だ」


「うるせぇ。それ以上喋ったらお前の鬣全部むしり取ってやる」


 楽しそうにからかうカーズに対してジンの返す言葉に力はない。ジンが身を包んでいたのは真っ黒なマントのような服で全ての肌をすっぽり覆い隠していた。顔には完全に肌を隠せるレース状の衣装を纏っているのでその姿を見ただけでは一切の表情は伺うことは出来ない。


 それだけならば男女の区別は出来ないのだが、衣装に散りばめられた様々な紋様は女性的に彩られており体格も小柄なジンであるので隣に立つアイシャと見分けをつけることは出来ない。


「ですがこれなら不審に思われることもないかと思います」


 そのジンの姿を見て一仕事終えたかのように満足げな表情を浮かべているのはジン達と同じような衣装に着替えたサヘルだった。三人並ぶと年の離れた三姉妹にしか見えない。


「そりゃどうも。


 しかし姫様も本当に行くのか?」


 ジンは横に立つ自分とほとんど同じ格好をしたアイシャを横目で見ながらヘサーム達に尋ねる。今回の潜入ではジンと共にサヘルそしてアイシャもまた一緒に行動することになっていた。女三人の方が目立たずに街に潜入できるからだ。


「今回の潜入ではジン、あなたに獣魔を呼び出す場所を決めてもらう事が第一目標ですがそれと同時に進入経路の特定も重要となります。そして街へと侵入できる回数は限られています。回数が増えるほどハーキムの私兵と遭遇する確率も増えますから。


 そして決行の時に最も必要となるのは時間です。どれだけ迅速に兄とハーキムを討てるか。それが作戦の可否に関わります。


 ですから私もその道をこの身で覚えておく必要があるのです。少しでも作戦の成功の確率を上げるために。

 それにあなたを失えばもはや私達に道はありませんから。どちらにせよ危険ならより効果が得られる方を選びましょう」


 この作戦の危険性を把握しながらも笑顔でそういってのけるアイシャの豪胆さにジンは呆れてしまう。


「……おい、こういう時に諫めるのが忠臣じゃないのか」


 ジンはヘサームを見つめながら文句を言うが、それに対して何の表情も変える事無くヘサームは答える。


「アイシャ様が行くというならば俺達はそれを成すだけだ」


「いや、それはどうかと思うけど…


 実際問題としてもしもの時にはアイシャ様おひとりで逃げる事だってあるかもしれない。その時に道が分からないでは笑い話にもならないからな。


 どうしてもアイシャ様も一度は共に潜入すべきだ」


 異論を挟む事すらしようとしないヘサームを窘めるようにタへ―ルはアイシャが城下へと同行する理由を説明する。


 王宮に住んでいたアイシャにとって王宮以外の込み入った道は未知の世界と言える。そしてもし想定外の事態が起こった時に身を隠せるところをアイシャ自身が把握しておくことが必要だった。


「それに作戦を決行する前に街の様子を見ておくべきだと思っています。この作戦を決行するにあたり少なくない犠牲が出るでしょう。その前に今そこで生きる人々の姿をこの目に焼き付けておかなければなりません」


 それは為政者としては好ましくない判断かもしれない。自らの判断により死ぬかもしれない人々を見ればその決断が鈍ることもあり得る。それでもアイシャはその事を分かった上で共に行くと言っているのだ。


 その確固たる姿にジンは彼女の説得は無理かと諦めるのだった。


 メロッサに潜入するにあたり姿の目立ちすぎるカウィーはカディアルと共に洞窟に残り右腕の回復に努めることになった。


 そしてタへ―ルが気配を消しながらジン達の近くで護衛に着き、さらに後方でヘサームが待機するという形をとった。


「それではアイシャ様、どうかご無事で」


 カディアルはカウィーと共に洞窟の前にて出発する一行を見送っていた。


「ええ、行ってきます。


 留守は頼みます」


 アイシャがそう一言だけカディアルとカウィーに告げると一行はそれぞれ馬に乗り王都メロッサを目指すのだった。







「なんか感じが狂うなあ」


 砂漠の道を進みながらジンは呟く。その理由は彼が跨る馬にあった。馬上から見える景色はいつもより少し低い。なぜならば今ジンが跨っているのは相棒のカーズではなく栗毛の牝馬だったからである。


 メロッサに潜入するにあたりカーズは余りにも大きく目立つのでヘサームの馬と交換したのである。その代わりにヘサームがカーズに乗り後方からついてきているはずだった。


 それにカーズの足ならば多少距離が離れていても救援に向かう事は容易い。


「カーズさんと比べればどの馬も小さく感じるかもしれませんが、その子もこの国で1、2を争う馬ですよ」


 結局カーズの呼び名はさん付けになったらしい。あいつは喋ると親父臭さいからその呼ばれ方がしっくりいったようだ。


「それで、一体どこから町に入る?」


「この砂漠を抜けた所に街があります。そこの兵士は我らに協力してくれており、そこから城下へと潜入する手はずとなっています」


 王宮の壁の外に広がるバクーと呼ばれる地域はあまりに広くそれ故にハーキム旗下の兵も少ない。協力者の手助けもあり潜入は難なく成功した。


「しかしこうやって改めてみると、本当に若いやつがいないな


 これでホントに暮らしが成り立つのか?」

 

 潜入した町から水路をたどり城下まで至る。


 だがこれだけ巨大な規模の街でありながら子供の遊ぶ姿すら見えない。


「日中は日光を避けるため必要な事以外で家の外に出ることは元々なかったのですが、今の王政になってからはその傾向が大きくなっているようですね」


 買い物に出かけるジン達と同じような格好の人はまばらにいるがその人数はこの都市の規模に見合うほど多くない。


「まったくこうも活気がないと気分が滅入ってくるな」


 ジンが何気なくつぶやいた言葉にアイシャが感情を表に出さず答える。


「これも私が至らなかったせいです。ですから私たちの手で終わらせなければ」


 アイシャの表情はレースによりみることは出来ない。それでもその顔が苦悶に歪んでいることは容易に分かった。


「……行きましょう。あちらに候補としている地点があります」


 その気まずい空気を振り切るようにサヘルはその歩みを早める。


 第一候補としてサヘルが示したのは西門にある農業地帯であった。


「ここなら確かに広い場所があり防衛隊も展開しやすい。


 夜中を狙えば人も少ないだろう。


 だがこの地域が破壊されて食料事情は持つのか?


 その時の人的な被害だけ考えると後に餓死でより多くの被害が出ることも考えられるぞ?」


 この地域の整備は農業用に特化しており確かに食料面での心配はあった。そして高台からほかの地域を眺めていたジンがある場所を見つける。


「あの場所はどうだ?


 開発も進んでいないようだし大きな建物もある。あそこに避難すれば時間は稼げそうだし、その間に防衛隊が到着すれば被害も少なくて済むかもしれない」


 ジンが指さした方向を見つめてアイシャの表情が固まる。


「ジン殿その場所は」


 サヘルが慌てた様にジンを止めようとするがアイシャはそれを手で制す。


「いえ、行きましょう。その場所が最も被害が少なくなるならば」


 そしてアイシャは南門の方角へと歩き始める。その様子を不審に思いながらもジンもまた彼女についていくのだった。


 南門に作られた水路は近年になって作られたものであり、その水路沿いに立ち並ぶ街もまだ開発途中で家もまばらであった。


 そしてジンが指さした石造の建物は町はずれに建てられておりかなりの人数が避難できそうであった。


 吟遊詩人の獣魔を呼ぶ笛はその種類を特定出来はしない。それ故に安心は出来ないがあれだけの建物なら下位の獣魔であったなら防ぐことは可能だろう。


「うん、やるならこの近くがいいだろうな」


「わかりました。それでは」


「姫様なりません!


 この場所は」


 耐えられなくなったようにサヘルが声を上げる。


「やはりこの場所には何かあるのか?


 ならその理由を教えてくれ」


 アイシャはしぼり出すようにして語りだす。


「あの建物は水路建設の為に親を失った子供たちの孤児院です。


 私の指示の下作った施設故にそこにいるのは私が知っている人物も多いのでヘサームたちは候補として外していたのでしょう。


 ですがこの地が最も被害が出ないというならば私の感情は排除すべきです」


 その悲痛な覚悟を話すアイシャにサヘルがなおも食い下がる。


「ならせめてもう少し獣魔を呼ぶ場所を遠くにすべきです。


 そうすれば子供達だけでも避難させることが出来るやもしれません


 もし中位以上獣魔が呼び出されたならあの建物であっても無事ではすみません!」


「なりません。その場合民を避難させる事を重視し、その後籠城戦をとる可能性もあります。


 それでは王宮に部隊が残る事となり潜入作戦も困難になります。ほぼ全ての部隊を城門の外へと出撃させる事、その為にはギリギリの位置で獣魔を呼ぶ必要があります」


 ジンは予想外の返答に気まずそうにしていたが、レースで隠されたアイシャの顔を見つめ真剣な口調でこう尋ねた。


「俺が提案しておいていうのも何なんだが。


……それでは悔いはないのか?」


「流れる民の血に貴賤などはありません。


 ならばここで私が私情により他の場所で獣魔を呼んでしまえばそれはこれまで民を守って来た先祖に申し訳が立ちません。


 そうでしょう?」


 その声は気丈に振る舞っていたがそれでもジンには彼女の言葉は泣いているように聞こえた。


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