2 三人の戦士
「申し訳ないが少しの間体を拘束させてもらう」
多くの巨大な岩石が道を塞いだ渓谷でジンは男に両手を縛られていた。
「全くこれでも俺も吟遊詩人の一員なんだがね。
あんたの国では吟遊詩人ってのは襲ってもいい存在なのかい?」
ジンはうんざりした様にヘサームと名乗った剣士へと語りかけるが返事はなく目を合わせようともしない。どうしたものかと思っていると後ろから別の男の声が聞こえてきた。
「すまん、確実に馬に当てたと思ったのだが。助かった」
声をかけたのは同じようにマントを纏った細身の男でその手には迅雷の弓が握れている。辛うじてカーズにあたる事のなかった一撃ではあったがその気配をジンは感じ取ることが出来なかった。
その距離であれだけ正確に矢を射ってみせた腕前は尋常ならざるものだろう。
「全くだ。国一番の名手の名が泣くぞ。まぁ俺様がいればお前なんていなくても問題はなかったってことだな」
崖上からやって来たのはカーズの背丈に迫ろうかという巨漢の男でこの男もまたマントを纏っていた。その両手には金属性の突起のついた手甲を纏っている。
恐らくこいつがあの巨大な岩石を道へと落としたのだろう。その声は確かにあの時に聴いた雄叫びのものと一致した。どうやってあれだけの崩壊を起こしたのかいまだ分からないがそれでもそれだけの力を持っているとことには変わらない。
「カウィー、お前には言っていない。第一あと少しで土砂崩れに目標が巻き込まれそうになっていただろうが!この筋肉馬鹿が」
「なんだと、ターヘル!元はと言えばお前のミスだろうが!このもやし男が!」
合流した同時に喧嘩腰になる二人だったがジンの目の前にいた男にはいつもの事の様に止めようともせず近くで様子を伺っていたカーズの下へと向かっていた。
ジンの事を忘れているかのように振る舞う三人の男達に呆気にとられていたジンであったがすぐにその認識を改める。
先程の襲撃を行った二人は間違いなくレベル2以上の適合者であり、それに加えあれだけの砂煙の中でジンの姿を見失わず、大剣をいとも簡単に振るって見せたこの男。
大国であっても両手で数えるほどしかいないとされるレベル2以上の適合者が少なくても二人以上。それはあまりにも野盗が持つには過ぎた戦力だった。
それは同時にこれ以上の戦力が彼らにはない事も予想できた。本来なら適合者は国の軍において部隊を指揮する指揮官クラスがなることが多い。
だがこいつらに付き従う部下と言える者の気配はない。つまりこれは単独の行動だろう。
ならば吟遊詩人にも抵抗する手段はある。ここは人が寄り付かない【庇護の壁】に近い荒野。それは吟遊詩人が持つ切り札を遠慮なく切ることの出来る数少ない場所でもある。
ジンは三人からは見えない様に口の中に隠し持った小型の笛を鳴らす。その音色は人の耳には聞こえず、三人が気付く様子はない。
だがその音色は人外の獣たる存在には確かに届いていた。そしてしばらくするとその猛威は音もなく突然現れた。
「ギシャアアアアアアアアアアアアアア」
三人の間を狙ったかのように地面から這い上がり出てきたのは黄金に輝く巨大なサソリだった。
その体は優に4メートルはあるだろうか?体を支える光り輝く鋼鉄のような天然の鎧を身に纏い、鋭くとがった一組の鋏と尻尾に備わっていた毒針が太陽の日差しに照らされ輝く。
それは出会ったが最後生きては帰れないと言われる最悪の獣魔〝黄金蠍″であった。
獣魔が男達を吹き飛ばしたのを見た瞬間ジンは隠し持っていたナイフで縄を切りカーズの下へ駆け寄り離脱を図る。
吟遊詩人の持つ最大の切り札それは獣魔を呼び出す笛の音を操る事。だがこの笛は獣魔を操ることは出来ない。ただ呼び出し暴れさせることしかできないのだ。
それ故に混乱乗じてその場から逃げる事がこの切り札の使い方だった。もしそれが人里近くであったならば無為の人々にも被害が及ぶ為吟遊詩人達もよほどのことがなければ使わない。
だが今この場所に他に人はいない。ジンもこの切り札を切るのに躊躇はしなかった。ただこの避難方法にはもう一つ欠点があった。それは……
「スコルピオだ、カウィー!!」
「応よ!」
サソリの一撃によって吹き飛ばされたかに見えた三は全員がそれを予見していたかのように跳び上がり距離をとり、そして大剣を持った剣士の指示により巨体の男が黄金蠍へ立ちはだかる。
「それじゃあ、デカブツちょっとの間俺が相手だ。
一緒に楽しく踊ろうぜ」
勢いよく拳士はマントをとるとそこに現れたのは鍛え抜かれた肉体美だった。まるでクマの様な体格をしながら、濃い黒色の肌をしたその顔はまるで新しいおもちゃを貰った子供の様にあどけなく笑っていて、まだ年若いことが分かる。
「それじゃ、行くぜ!」
そう一言だけ告げると地面を蹴り上げ黄金蠍が右腕を振り上げるよりも早く懐に潜り込む。
「おらぁ!」
カウィーと呼ばれた拳士の声と同時にはね上げるようなアッパーが黄金蠍の頭部を捉え一瞬体が浮き上がる。
だが動きが止まったのは一瞬で、じろりとカウィーの姿を黄金蠍の六つの目が一斉にとらえそのまま右腕の鋏を振り落とす。
その一撃は地面にめり込み砂煙を引き起こした。そして砂煙が晴れた時には、ぐしゃぐしゃになった死体があるのを予想してジンは目を反らす。
「おお、怖え。流石にそれくらったらひとたまりもないな」
だが飄々としたその声は砂が晴れる前に黄金蠍のはるか後方で聞こえてきた。その身には傷一つなく汗をぬぐうようなしぐさをして見せている。
その姿苛立ったかのように黄金蠍の猛攻が始まる。黄金蠍はその巨体からは信じられない速さで一対の鋏を振り回し続ける。
だがカウィーの飛び跳ねるかのような独特なステップの身のこなしはその全てを紙一重で躱し時には両手の拳につけた手甲でいなしていく。
拳士の動きはまるで舞っているかのよいな優雅さでありながら無駄はなく機敏でジンはその姿に目を奪われた。
しかしその均衡はほんのわずかなきっかけにより破られる。
「うおっ」
ここは整備のされていない荒地であり地面には様々な瓦礫が散らばる。その一つによってカウィーの体はバランスを崩す。
その隙を黄金蠍は見逃すことなく右腕の鋏を振り払う。その軌道は完全に拳士を捉えていた。
「はぁ!」
その瞬間カウィーは腰を落とし構え一喝と同時に右腕を振りぬいた。黄金蠍の右腕の鋏と手甲がぶつかりまるで重厚な金属同士がぶつかり合ったかのような衝撃音が響く。
「冗談だろ……」
ジンは信じられないという眼差しで両者を見る。そこにあったのは信じがたい光景だった。黄金蠍の鋏と拳士の拳はぶつかり合ったままその場でせめぎあう様に動かない。それは両者の力が拮抗しているという事だった。
だがその代償は大きかったようだ。カウィーの表情は歪み、右腕は伸びきったまま動くことはない。しかしそれでもカウィーはにやりと笑って見せた。勝利を確信するように。
「流石に強烈だな。だけどこの勝負俺の勝ちだ。
貫け〝貫杭手甲″」
その瞬間結晶機の共鳴音が鳴り響き、そして黄金蠍の黄金の鋏は粉々に砕け散った。
拳士の手甲から突き出していたのは太い杭。結晶機を通して魔力によって杭を加速させ相手に打ち込むそれがカウィーの持つ結晶機、貫杭手甲の力だった。
その威力は絶大で鋼のような黄金蠍の鋏すらも破壊して見せたのだった。
その一撃に警戒心を強めた黄金蠍は一旦距離をとる。こいつの攻撃は自分に届く。そう判断した黄金蠍は自らの持つもう一つの武器を構える。
それは尾の先に備える毒針。黄金蠍は照準を合わせるように尾を反らす。そして自らの命を脅かすその人間に向けて透明な液体を飛ばした。
カウィーはその液体を容易に交わしたように見えた。しかし
「あっつ、痛ってぇ!!!」
霧状に放たれた液体は広範囲に広がり、その強烈な酸性の毒液は少量であっても肌を焼く。つまりそれは近づけば近づくほど危険は増し、接近戦でしか戦えない拳士にとって天敵となる。
そしてその姿を嘲笑うかのように、黄金蠍はじっくりと照準を構え二射目に備える。
しかし二射目が放たれる事はなかった。なぜならば銀色の弓矢がその毒針を撃ち抜いていたのだから。
「遠距離攻撃がお前だけのものだと思うなよ」
その矢を射ったのはターヘルと呼ばれていた細身の男だった。マントはすでに外されその彫の深い褐色の顔が露わになり輝くような金髪が太陽の日に照らされている。
その手には迅雷の弓が握られ、すでに二射目を放つべく銀色の弓矢が構えられていた。
「貴方もこれ以上何もしない方がいい。その時はこの矢があなたを貫く」
ジンの方を見ずにそう言い放ったその言葉は脅し以上の殺意が込められる。
早い。ジンははかつてあった蝙蝠の国の羊守を思い出したがそれ以上にその構えは早かった。迅雷の弓は攻撃に移るまでに時間がかかる。
それは矢と同じくらいしかない穴に矢を通し魔力を込め放つという手順を踏まなければならないからでそれが戦闘中ともなればそれは致命的な隙だ。
だがこの男はあの一瞬で二射目を構えて見せた。それはその見た目にそぐわず熟練戦士である事を示していた。それ故にジンはそれ以上動くことが出来なくなる。
「ギシャアアアアアアアアアアアアアア」
しかし二人のやりとりは黄金蠍の悲鳴により中断される。
毒針を撃ち抜かれた黄金蠍は、その尾から大量の毒液をまき散らしていた。自らの体に降りかかる毒液もその鎧のような外殻で毒液から身を守って居た。だがその外殻も守れない部分はある。
それは頭部に浮かぶ六つの眼球。薄い透明なベールにより少量の毒液ならば防ぐことが出来るがこれほどの大量に降りかかればそのベールもはがれ眼球へと届いていた。
視力を奪われた黄金蠍は混乱し、闇雲に残った左腕を振り回す。その結果大小様々な礫が辺り一面にまき散らされ、1つ1つに十分に人を殺す威力があった。
「ふざけんな、俺まで危ねぇじゃねえか!」
それは即ちその場にいた全ての人間にも危害は及ぶわけで、ジンは思わず声を上げる。だがそれは視覚を失った黄金蠍に唯一の情報を与えることになる
「あ、やべ」
そうつぶやいた時にはもう遅い。黄金蠍はその音の方角へと突撃を開始する。四組の歩脚を高速で動かしながらこちらへと向かってくるジンは慌てて逃げようとするが、狭い渓谷に逃げ場など無い。
「バカ野郎が!!!」
ターヘルが悪態をつきながらも迎撃する為に矢を射るが、雷を纏った矢であってもその外殻を貫くには至らない。そしてその巨体はジンの目前にまで迫り最後に残った左手を振りかぶる。
「くそ!」
逃げられないと悟ったジンが振り向きながら懐にしまっていたナイフに手を伸ばす。それは獣魔に対抗するには余りに頼りない。だがそのナイフが振るわれることはなかった。
「下がっていろ。あんたには生きていてもらわないといけない」
そう言いながらジンの目の前に降り立ったのは巨大な剣を持つあの男だった。黄金蠍との戦闘の間ただの一度として姿を見せなかったその男は大剣を構える。
マントを外したその剣士が身に纏っていたのは漆黒の鎧、その姿は正しく物語に出てくる騎士そのものであった。
剣士の両手に握られた大剣は黒い龍を模った兜の隙間から見える持ち主の髪と同じ様にその刀身を真っ赤に染める。ただ赤く染まったわけではない。その刀身は端から見ても分かる程の高熱を放っているのだ。その熱が刀身を赤く輝かせていた。
「断ち切れ〝炎刃大剣″」
そうヘサームがつぶやくとその大剣は自らの光を増大させる。そして上段の構えから振り落とされたその一撃は黄金蠍に残された最後の鋏を文字通り焼き切ったのだった。
次回から火曜日も更新を行い週2回更新となります。




