1 砂漠の国
「それでまたこうなるわけか」
両腕を縄で縛られた格好でジンはそうつぶやいていた。今いる場所は薄暗い洞穴の中に作られた一室。明りはランプで照らされたわずかなもので部屋全体を見ることは出来ない。
背後には屈強な男達が三人。その全て視線がジンに向けて警戒心を解くことなく捉えていた。全く最近は一体どうなっているんだ。このところ連続して襲われている。吟遊詩人不可侵の信仰はどうしたと言いたくなる。
ここは砂漠で囲まれた国ザカール。そしてジンは再び囚われの身になっていた。その部屋の奥から出てきたのは顔をレースで包み肌の一切を覆い隠した小柄な人物であった。
「吟遊詩人殿あなたにお願いしたいことがあります」
その声は威圧感とは無縁なか細い声で、ジンは戸惑う。それはその小さな声に対して後ろに立っていた男達が敬礼の姿勢をとったからだろうか。いやそれはきっとその声に宿る決意を感じとったからだろう。
「亡き父の遺言により貴方様には無礼を承知でここまで来ていただきました。ですがどうかお願いです。我らに力をお貸しください。
我が兄を殺すために」
それが龍姫アイシャとの出会いだった。
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その部屋は目が痛くなるほどの黄金で彩られていた。目に映る壁やテーブルその全てが黄金で装飾が施されており、一つ一つをとってみてもそれが莫大な価値がある事が分かる。
だが部屋に統一感は皆無であり、まるで子供のおもちゃ箱をひっくり返したかのように雑多で気品と呼べる装いとはかけ離れた部屋だった。
この部屋でジンはザカールの国王と名乗る褐色の肌をした小太りな男に案内されていた。名をマジ―ドというらしい。
「いかがですが我らが王家が誇るこの黄金の間は。
世界を回られているジン殿でもこれほどの豪華絢爛な光景は御覧になったことがないでしょう」
「ええ。
素晴らしいと思います。これほどの黄金は見たことがありません」
(素晴らしいぐらいに悪趣味だけどな。素材が台無しだ)
ジンは内心ではそう愚痴りながらもそれを表情に出すことはない。こういう手合いには話を合わせておく方がなにかと面倒がなくていい。そう思って笑顔を絶やさず聞き流す。
ジンはいつ終わるかもわからない長話を聞きながらこの国へ着いた時のことを思い出していた。
ゴートを離れ次にたどり着いたのは広大な砂漠だった。【庇護の壁】の外の世界は大抵が荒れ果てているがこの土地は他の地域とは一線を画していた。昼には日差しだけで肌が焼けるほどの灼熱となったかと思えば夜には水すらも凍りつく極寒へと変貌する。
そのような過酷な環境の中では植物も生えず、命ある者の気配は一つとしてない。そんな過酷な土地においても国はある。
その名はザカール。古代からその名を残す歴史ある国である。【庇護の壁】らしきボロボロとなった塀を超えこんな灼熱の地で本当に人が未だ生きているのかとジンが疑問に思い始めた頃少し高い丘を越えたその先に信じられない光景が広がっていた。
「あれが王都メロッサか……」
そこにあったのは高い丘を囲む様に建つ巨大な壁。その丘の頂上にはかなり距離が離れているのにもかかわらず輪郭が分かる程の巨大な建物が見える。
その下には丘の傾斜に沿うように建物が立ち並んでいる。壁の手前には広い平地一杯に家らしきものが見えその丘の中心に向かって数々の水路が伸びておりその周りには砂漠には似合わない草木が青々と生い茂っている。
よく見るとその水路沿いには大規模な農作が行われているようで人々が動き回っているのが見て取れ今までの国々とはかなり様子が変わっているのがわかった。
「かなり開発が進んでいるな……
あれだけのものを人の手だけで作れるのか?」
ジンは計画的に作られた事の分かるその都市を見渡しながらそう相棒に尋ねた。
「この地域には古代の地下水路があったはずだ。
それを整備し直したなら一から作るよりは容易だろうな」
「つまりは可能って訳だ」
当然の様に質問に答えて見せる相棒である黒馬カーズに驚きもせず、ジンは王都を見つめ続ける。その都市に宿る人の意思の塊のようなモノを感じながらそれでもジンはメロッサへと馬車を進めた。
塀の外側の村々を抜け巨大な門に閉ざされた都市に着くと門番に案内され王宮へと導かれた。
王宮への途中王都の中へ入るとジンの違和感はさらに増すことになる。あれほど見事に整備された都市でありながら街に活気を感じられなかったのだ。
この国の人々は日差しから守る為か肌を極力隠すような衣装をしていてジンの姿は圧倒的に目立つ。だがそのジンに対して何らかの反応を示す者はいなかった。むしろ皆よそ者に接することを避けているように思えた。
その姿に違和感を抱えながらジンは王宮へと案内され王の間で謁見を行った。それからはマジ―ドの独演会が開催され今に至る。
延々と部屋の自慢話を聞かされていたジンが流石に辟易として来た頃その男は現れた。
「陛下失礼いたします」
その男はマジ―ドに対して仰々しく一礼をして見せた。真っ白な一枚布の衣装に肩にかかる程の長いターバンのような帽子というこの国の正装をしており肌はマジ―ドよりも褐色が薄く、整えられた黒髪はその年に見合ったしわが刻まれた顔を引き立てる。
年齢は60歳ほどだろうか?その落ち着いた話し方はこの男が持つ理性を証明していた。
「なんだハーキム。いいところだったのに」
「申し訳ございません。ですがそろそろご公務に戻っていただかなくては」
「そんなことはお前がやっておけばいいだろう。
せっかくの客人なのだ。丁寧にもてなさなければ国の威信にかかわる」
そうふんぞり返って応えるマジ―ドにジンは
「陛下に私なぞの為にこれ以上お時間を頂くのは心苦しく存じます。私も陛下のご恩に報いる為捧演の準備をさせて頂ければと思いますのでどうぞご公務にお戻りください」
(いえ、けっこうです。とういよりも早く飯にありつかせろや)
内にしまった心を出来る限り意訳しながらマジ―ドに微笑みかける。
「そうか! では捧演も期待しておりますぞ」
マジ―ドは満足そうな表情を浮かべると王宮の奥へと共を引き連れ去っていった。
「ご苦労様でした。陛下はあのように子供のような純粋なお方ですので。
私はこの国の宰相ハーキムと申します。以後お見知りおきを」
マジ―ドが去るのを見届けるとハーキムはジンにそう朗らかな笑みを浮かべながら自らの役職を名乗る。思いがけない一言にではあったがうんざりしていたのも事実だったのでジンも苦笑いを浮かべながら礼を言う。
「ええ、ありがとうございます。
しかしこの国は素晴らしい技術をお持ちですね。ここに立ち並ぶ工芸品はどれも素晴らしい装飾技術であるし、王都を囲む城門も堅固そのもの。極めつけはあの水路だ。
あれほどの規模の開拓はかなり優れた技術がなければできないはずです」
趣味の悪さを置いておけばそれはジンの本心からの称賛だった。ハーキムもまた嬉しそうに微笑みながら答える
「あの水路は先代の国王アウィ様が長年の苦労の末完成されたわが国最大の宝です。あの水路のおかげで我々は安定して水源を保てるようになり民たちの生活も安定しました。
さぁあちらに我が国の誇る料理をご用意させていただいております。どうぞごゆっくりと旅の疲れを癒してくださいませ」
ハーキムに案内された部屋で用意されていたのはここが砂漠の中にある都市とは思えないほどにバラエティーに富んだ料理の数々。様々な調味料をふんだんに使った料理はこの国の農業技術の高さを表していた。
普段なら喜んで飛びつくジンであったがその多彩な料理も上手く喉を通る事はなかった。それは何者かに監視されていたような気配を感じていたからである。正体の分からない緊張感が張り詰める中で、ジンのザカールの初日は過ぎていった。
翌日、王宮の最奥にある神獣の祠を訪れ捧演を終えるとジンはすぐに国を去った。他の国であればもう少し滞在して各地で演奏をしていたのだが、それは国王たるマジ―ドに禁じられていた。
「今は農業の繁忙期でして民を集めることは皆の負担になります。申し訳ありませんが王宮外での演奏は慎んでいただきたいのですが」
筆頭執事であるハーキムは申し訳なさそうにしながらそうジンに伝えてきた。確かに国に入る時に見た農地では人が忙しそうに働いたのをジンも確認しており、その代わりにかなりの量の香辛料の提供を約束して貰ったのでそれならばと予定を切り上げたのである。
それはこの国に来てからずっと違和感があったジンにとってもまさに渡りに船であったのでそのまま足早に挨拶を済ませ王都を出たのである。
王都を出ると感じていた違和感は無くなりジンはカーズに語り掛ける。
「どう思う?あたりだと思うか?」
「どうだろうな。だが目立った事はなかったしまだ様子見でいいんじゃないか?」
ジンとカーズはすでに国のはずれまで来ており【庇護の壁】ももうすぐ見える。先ほどまで見えていたのは赤く染まる山々。いや実際には山ではない。ザカールの民から『偉大なる砂漠』と呼ばれるその場所にあるのは細かい砂のみだった。
だがしかしその膨大な量の砂は遥か高くまで積み重なり山にしか見えない。まるで生きているかのように形を変える砂漠を背に砂漠の中を避け馬車が何とか通れるほどには整備された崖下の道をジン達は進んでいたがカーズは急にその足を止める。
「……いるな」
カーズは確認するかのように自らの背に跨るジンへと問いかける。この国に着いてからずっとあった違和感から念の為にすぐに逃げ出せるようにカーズに直接乗っていたジンであったがその不安は悪い方向で当たってしまったようだ。
感じたのはあきらかに待ち伏せされている気配。そしてそれは観察するというよりももっと直接的な意図を感じた。
「だがこの道以外に通れる道はなさそうだ。
仕方ない。俺の合図で荷台を切り離して突っ切るぞ」
ジンはカーズに小さな声でそう伝える。荷台をまた無くすのは気が重いがあまりにも場所が悪い。もし挟み撃ちになれば逃げ場所はどこにもない。だがカーズの駆け足は他の馬とは一線を画している。意表を突けばそのまま壁の外へ逃げられるだろう。
「3と言ったら荷台を切り離す。
いくぞ、1、2、3!!!」
ジンの掛け声と共に荷台は切り離されカーズは一気に走り出そうとする。だがその瞬間そのジンのすぐ側をなにかが風を切り横切りそのまま地面へと突き刺さる。それはその身を銀色に光らせる弓矢だった。
「結晶機!?なんでそんなものが?」
「とにかく今は走るぞ。振り落とされるな」
ジンの一声でカーズは全力をもって地面を蹴ろうとするが
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」
その瞬間辺りには野太い男の雄叫びが上がり、破壊音の後なにかが崩れ落ちる音が渓谷に響き渡る。
それは巨大な岩々が遥か高い場所から降り注ぐ音だった。カーズはとっさに後ろに下がりなんとか巻き沿いになることはなかったがそれでも前方の道は塞がれ、舞い上がった砂煙で一切の視界を失う。
「くそったれ、派手にしやがって。
仕方ないこの煙に紛れて戻るぞ。迂回路があったはず……」
しかしその先をジンは言葉を続けることが出来なかった。なぜならその背中に鋭利な刃物の気配を感じ取ったから。
「動くな。その身を真っ二つにされたくなければな」
その男の声は思っていたよりも若く張りのある声だった。だが声色に迷いはなくその立ち姿には一分の隙も無かった。ジンはしばらく動くことはなかったが両手を上げ降参の意思を示す。
「降参だ。とりあえず話は聞く。だからその物騒な物を収めてくれ」
砂煙はゆっくりと晴れていき、ジンは顔だけを後ろに振り向きながらそう答えた。その先にあったのは全身を薄いマントで身に纏った男の姿。その手には黒い刀身の巨大な大剣が握られていて見るからに重そうなその剣はジンの背中を捉えたまま微動だにしない。
これはまた面倒なことになりそうだ。そう思いながらジンは青空を仰ぎながらそうひとりごちるのだった。
遅くなってしまいましたがあけましておめでとうございます。どうぞ今年も「ジンの吟遊旅行記」をよろしくお願い致します。
新しい年を迎えてジンの旅も新章に入ります。これからも彼らの旅を見守っていただけると幸いです。今後は更新は週1回のペースで上げて行く予定ですのでどうぞよろしくお願いいたします。




