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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第三章 銀狼の若姫
42/69

19 予兆

「もう行くのか?」


 村で交換した様々な物を荷台に詰め込んでいくジンにリコは尋ねた。


「あぁ旅をすることが俺たちの仕事だからな」


 荷物を運ぶ手を止めずにジンはそう答える。その横では子供たちがカーズの背に乗ったり首にぶら下がったりと笑い声を上げながら戯れていた。カーズも慣れた事の様に微動だにせずたまに子供を咥えて持ち上げたりして子供たちに付き合っている。


 それを咎める大人もおらず何人かの若い女性達はジンの手伝いを買って出ていた。いまだリコと話すときには互いにぎこちないところがあるもののリコと村人たちとの関係は結婚式以降少しずつ変わってきていた。


 結局デレクとの結婚式には村中の人々が集まった。村を救ってくれたリコに対し村人たちも感謝はしていたがそれ以上にゴードンを倒して見せた彼女を彼らは未だ恐れていた。


 それ故に距離をとっていたのだが、ジンの歌声に誘われ広場へと集まった村人たちが見たのは自分達と同じ衣装を身に纏い幸せそうな笑顔を浮かべる少女の姿だった。


 そしてジンの演奏が終わり、二人が舞台から降りると一斉に子供たちはリコへと群がった。子供たちは口々にリコにいろんな質問をしていく。


 リコは子供達の勢いに慌てながらも一人一人の質問に答えた。


 その様子は先日の戦いの時とはまるで別人のようで子供達に翻弄される彼女の姿はどこか微笑ましかった。


 その後ジンは集まった人々に声をかけ様々な曲を歌いあげていった。その曲は全て陽気な春を祝う曲ばかり。そしていつの間にか広場には酒や料理が運ばれ宴の様になっていった。


 酒が回れば人々の緊張は解けていき、リコ達と年の近い若者たちは二人を囲み祝福と謝罪をしていった。


 今までこれほどの人に囲まれたことなどなかったリコは半ば挙動不審となっていたがその度にデレクが手を握りそしてフォローをしてくれた為心を落ち着かせることが出来た。


 未だ村の年配の人々と話は出来ていない。それでも確かにあの日からリコはこの場所に新しい場所を見つけていた。


「ありがとな」


「珍しい。こりゃ明日は槍でも降るかもな」


 作業を止め大げさに驚いた表情を見せながらジンが応えるとリコは不思議そうな表情を見せる。


「そんな国があるのか?」


「あるわけないだろう。いやあるかもしれんが。さっきのは冗談さ」


 悪びれる様子もなくそうのたまうジンにリコは一瞬呆然とするがからかわれたことに気付くと拳に力を籠める。その力を止める事無く奴の頭に拳骨を食らわそうとするが難なく片手でいなされる。こいつには後ろに目ん玉がついてんのか?


「お前の行動はわかりやすすぎる。


 本当によくあいつに勝てたな?」


 空振りに終わった右手を見つめながらリコはため息をつく。


「真面目に言っているんだ。


 あの時の演奏は本当に綺麗だった。


 それに村の人ともこうやって少しずつ話せるようになったし」


「それはお前が感謝されるに値する事をしたからだろう?


 それにあれは神獣からの依頼だったし。


 まぁ感謝してくれるってならもう少しまともな料理をデレクに食わしてやりな」


「う、うるさい!


 これでも練習してるんだぞ!」


 リコの抗議の声を背にしながらジンは軽い笑い声を上げ最後の荷物を詰め終える。


「さて、これで終わりっと。


 リコの上手くなった手料理を食べられないのはなごり惜しいが俺達はもう行かないとな。他の奴らにもよろしく言っておいてくれ」


「そんなに急いで行かなくてもいいじゃないか。


 みんなだって別れの言葉ぐらい言いたいだろうし」


「俺のせいで村の人たちの作業を止めて欲しくないのさ。


 この地域の春は短い。やることは一杯だろうからな」


 そう告げると手伝ってくれた女性たちにも別れを告げジンは馬車の御座に乗りカーズの手綱を握る。子供達と戯れていたカーズもその様子を見ると持ち上げていた子供を下ろした。


「またこの国に来てくれよ。


 そうしたらきっとうまい料理をごちそうするからさ」


「残念だがそれは出来ないだろう。


 俺達が国を回るのに世界は広く人の命は短い。


 だがリコあんたに出会えてよかった。


 おかげでいい歌が書けそうだ。


 まぁデレクとよろしくやれよ


 子供が出来るぐらいには料理も上手くならんとな」


「うっさい! もうさっさといけ!」


 リコはその言葉に昨夜のことを思い出しながら顔を真っ赤に染める。その様子を愉快そうに笑いながらジンはこの国を去っていった。



 リコは畑に戻りジンが去ったことをデレクに伝えた。


「そうか」


 とデレクは一言だけ答えると作業に戻った。ジンがどれだけ素晴らしい吟遊詩人であったとしてもそれでデレク達の生活が変わるわけでもない。


 ジンが何も言わずに去るのなら自分達も自分がするべきことを為すべきだ。出会いを祝い共に同じ時間を楽しんだ後は自らの世界へと帰っていく。それが互いの為だろう。そうデレクは考えていた。


「それにリコももう俺達の一員なんだからやることは山ほどあるぞ」


「うぇー狩だけじゃだめ?」


「そう言うな。 畑仕事だって楽しいんだぞ。


 とりあえずは食える料理ぐらいは出来るようにならんとな」


苦笑いをしながらそう話すデレクの顔は穏やかでリコも今日何度も酷評された自らからの料理についてほんの少し落ち込みながら二人は自分たちの家へと帰っていった。


 それから二人の生活は静かにそして穏やかに始まった。


 慣れない家事や農作業に四苦八苦しながらもリコは色々なことを覚え村の生活を過ごしていく。それでも料理の腕だけはあまり成長が見られず結局ほとんどはデレクが作っていたが。


 やがて夏が過ぎ秋を通り越して長い冬になった。ゆっくりとだが村の生活に溶け込んでいったリコであったが一つだけ気がかりな事があった。


 それはデレクが時々見るという悪夢であった。デレクは夜中突然起き上がり、顔を真っ青にすることが何度かあった。


 その度にリコは心配そうにしながらデレクを気遣うのだが、デレクは何でもないといってまた眠りにつく。


翌日にはなにもなかったかのように笑顔で畑へと向かうのでリコはそれ以上聞くことはなかった。


 そんなある日の事、デレクは友人達との集会に呼ばれ夜に家を空けることになった。リコも冬には雪が降り積もり出来る事も多くないので久しぶりに狩りに出かけることにした。


 通常村人が冬に狩りに出ることはないが、このゴート山脈でずっと独力で生きてきたリコにとっては今まで普通に行ってきたことである。


 大物が狩れた時には村人にも肉を配っていたのでとても歓迎された。それでもデレクはリコが狩りに行くことにあまり乗り気ではなかった。


「俺は今日遅く帰ると思うから悪いが夕飯は一人で食ってくれ。それからあまり無茶はしないでくれよ。リコのおかげで蓄えは十分あるんだ」


「大丈夫だって。


 私が何年森で生きてきたと思ってるんだ?


 心配しないでも大物とってくるからさ」


 心配そうなデレクをよそにリコはあっけらかんと笑い飛ばしながら先に家を出て狩へと向かった。


 リコは村での生活が長くなるにつれて森で駆けずり回っていた頃のような動きは出来なくなってきていたがそれでも丸々太ったラビ―ラを捕まえることが出来た。 


 意気揚々と家に帰るとすでにデレクは家を出ており、リコは手際よくラビーラをさばきそのまま色々なハーブを使いながら丸焼きにした。


 その出来は今まで作った中でもよく出来ていて、これならデレクにも美味しいと言って貰えると思った。


「どうだ。私だってやればできるじゃないか」


 自分の料理に満足したリコはそれを友人達の家に持っていこうと考えた。


 そうしたらきっと喜んでもらえると思って。


 そうしてリコは香ばしい匂いのするラビーラの丸焼きを持って足取りも軽く友人の家へと向かったのだった。

                       


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