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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第三章 銀狼の若姫
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18 『アメイジング・グレイス』

 数日後、カゾーラ村にはいつもの平穏が戻って来ていた。

 いくつもの建物が破壊され、少なくない人の命が失われた。それでも村の人々は日常を取り戻していく。常に厳しい自然に晒されるゴート山脈で生きていくということはそういうことであった。

 決して悲しみが消えることはない。それでも目の前にある出来る事を立ち止まらずこなしていく。それが去ってしまった人への唯一の慰めとなると信じて。

 そして村の中心で一組の男女がその日夫婦の誓いをたてようとしていた。祝福する人影はまばらで村人の多くは近づこうともしない。

 それでも集まった人々は暖かい歓声と拍手を二人へ向ける。そこにははにかみながらも笑顔で互いを見つめあうデレクとリコの姿があった。


「恥ずかしいな。


 今までこんな格好したことなかったから」


 両手をあげて袖を持ち上げながらリコはそうつぶやく。リコが着ていたのは鮮やかな青色が映える衣装だった。胸元には幾何学模様が編み込まれた真っ赤なケープを包み、スカートの様に足元で広がった青い服をリコは楽しそうに回りながら振り回す。

 新緑が映える広場の中でリコは、無邪気な少女の様に喜んでいた。その顔はケープと同じく赤い帽子でよく見えなかったが短い春の日差しの中でその姿はとても可憐で見る者の心を和ませた。


「本当に似合っているよリコ。


 母さんにも見せたかった」


 リコと同じようにこの村に伝わる民族衣装に身を包んだデレクは笑顔で微笑む。共に生きると誓った愛おしい彼女を見つめながら。


「……この服はカリーナが?」


「ああ。


 俺にも内緒で作っていたみたいだ。


 でもきっと今のリコの姿を見て喜んでくれていると思う」


 それはカリーナが少しずつ編み込みながら作ってくれた花嫁衣裳だった。寸分など図ったこともないのにサイズはぴったりリコにあっていて、その温かさは未だにカリーナのぬくもりを感じられるようだった。


「お似合いだなお二人さん。


 ばっちりきまっているじゃないか。


 さぁ始めようか」


 そう声をかけたのはいつもと変わらない大きな帽子と旅衣装を身にまとったジンだった。


 その左手には使い込まれた楽器が握られ、右手では簡易的につくられた舞台を指し示す。リコとデレクはその手に導かれながら舞台へと共に歩き出す。

 その姿を見届けるとジンはゆっくりと音楽を奏で始める。その音楽はどこか厳かで音色は透き通った水の様に清らかだった。



『アメイジング・グレイス


 なんと美しい響きだろうか


 私のようなものすらも救ってくださる


 わたしは道を見失い、光を失った


 それでも今はその恵みを見つけることが出来る』



 デレクとリコが舞台まで花で整えられた道に足を踏み入れると同時にジンの伸びやかなまるで女性とも思える澄み切った歌声が響き渡る。二人が歩くのは決して綺麗とは言えない花道であったがそこには確かに二人を祝福する人々の想いが伝わった。



『その恵みこそが私の恐れる心を諭し


 その心を解き放つ


 信じることを始めた時


 その恵みのなんと尊い事か』



 二人は暖かい拍手に見送られながら道を進んでいく。そしてその清らかな歌声に誘われるように小さな子供たちが家から抜け出し集まりだしていた。

 慌てて子供達を呼び止めた大人たちもその歌声に足を止める。その歌声はわけ隔てなくその場にいた者達を包んでいく。



『これまでの道のりの中で


 数多くの危険や苦しみ、誘惑があったが


 私を導いてくれたのは


 他ではないその導きであった』



 そして二人は舞台を登る。その舞台の先にあったのはフェンリスの祠であった。二人は一礼を祠に向けると、舞台の下で待つ友人達へと顔を向ける


 春の木漏れ日の中で色鮮やかに浮かび上がる衣装を身にまといリコは深くかぶった帽子をとった。


「わぁーきれ―」


 何人かの子供達から純粋な感想がこぼれる。リコの雪の様に美しい薄く化粧の施された白い肌と端正な顔立ちが見る者すべてを魅了した。


 そしてその美しさを際立てるようにジンの歌は一段と力強さを増していく。



『例え万年の時が経とうと


 太陽のように光輝き


 最初に歌い始めた時以上に


 その恵みを歌い讃え続けるだろう』

                 


 そして二人は互いを見つめあう。少しだけ恥ずかしそうにしながら。


「この曲はフェンリスがジンに頼んだ曲なんだって。


 私がデレクと結ばれたら演奏してほしいって」


「きっと銀狼様にも届いているよ。


 ……本当に綺麗だ、リコ」


 デレクはそういうとリコの手を取る。不思議そうな顔をするリコにデレクはその指に小さな楓の指輪をはめ込む。そこには綺麗な模様が丁寧に彫り込まれていた。


 リコは指にはめて貰った、磨き抜かれた白く輝くその指輪を空にかざす。リコはジンの奏でる曲に包まれながらふわふわな何かに包まれるような幸福感を感じた。それはまるでフェンリスと出会った時と同じように。だがそれと同時にある事に気付き焦りだす。


「ありがとう。とっても嬉しい。


 でも私なにもデレクに用意していない」


 デレクは少し困ったようにしながらリコに話しかける。


「俺はもう色々な物を貰ったよ。


 それにお前とこうして一緒にいられることが一番の贈り物だ」


「バカ、恥ずかしいこと言うなよ」


「本当のことなんだから仕方ないじゃないか」


 そう恥ずかしげもなく言うデレクにリコは顔を真っ赤にしながら俯いた。この男は飾り気はない癖に真っすぐに言葉を向けてくるのでこっちまで恥ずかしくなってくる。それでもこんなデレクだからこそ私は惚れてしまったのだが。リコはそう思いながら顔をあげ、共に生きると誓ったデレクを見つめる。


 森で生きていた時はこんな光景を思い浮かべもしなかった。だが今は色々な人の助けがあって今ここにいる。リコは二人の母の顔を思い浮かべながら心の中で小さく感謝の言葉を口にした。


『アメイジング・グレイス


 なんと美しい響きだろうか


 私のようなものすらも救ってくださる


 わたしは道を見失い、光を失った


 それでも今はその恵みを見つけることが出来る』



 そしてジンの曲は終わりを告げ、場は一瞬の静寂となる。


「これからずっといっしょに生きて行こう」


「……うん、ずっと一緒に」


 そう一言だけ言葉を交わすと二人は幾度目かのキスをした。周りからは先程まで以上の歓声が聞こえる気がするけどもどうでもいい。


 この時間がずっと続けばいいのに。そう思いながらリコは目をつぶった。


久しぶりの楽曲紹介コーナーです!


今回の曲は結婚式でも多く使われる名曲『アメイジング・グレイス』です。


讃美歌としてもっとも有名な曲の一つなのではないでしょうか?


是非ともこの曲を聞きながら二人の晴れ舞台を読んで見てくださいね。



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