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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第三章 銀狼の若姫
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「やったな、リコ……」


 デレクは体中傷だらけになっていたが、それでもリコの下へと走り寄った。だが土煙が晴れやがて眼の前に広がる光景にデレクは言葉を失う。

 それは首下から血を流し続けるゴードンの死体とその上に跨る血まみれのリコの姿であった。まるで時が止まってしまったかのように動かないリコに、デレクは声をかけようとするが声はかすれて言葉にならない


 そしてリコはその姿勢のまま上を見上げると、息を吸い込み低く長い声をあげる。


「オ――――ン」


 それはグレーウルフの遠吠え。遠吠えは森で遠く離れた仲間を呼びよせるための合図だった。だが返事は決して返ってくることはない。もはや二人の母どちらにも彼女が会う事は出来ないのだから。

 デレクはその場から動くことも出来ずただ彼女を見つめていた。月明かりに照らし出された彼女の姿は美しく、悲し気で、そして……


「さすがだねぇ。フェンリスの娘リコ。


 よくぞあの男を倒せたものだ。


 いや、もうこの名で呼ぶべきではないのかな?」


 誰しもが声を上げることも出来ない中、その男は平然とリコの前へと歩み出た。男の名は吟遊詩人ジンだった。


「貴様になんと言われようが私には関係ない」


 歩み寄るジンに対してリコは警戒心を露わにしたまま答える。この男は先ほどのゴードンの無差別攻撃を前にしても傷一つつける事無く悠然と二人の攻防を眺めていた。どうやったてあの攻撃を凌いだのかリコにはわからなかったが得体の知れなさはゴードンより上かもしれなかった。


「そうつれないこと言わないでくれ。


 一緒に森を歩いた仲だろう?あ、あんたがデレクだな?


 大した度胸じゃないか。まぁこのリコを惚れさせたってんだからそりゃそうか」


 そうあっけらかんとしているこの銀髪の少年にデレクはどう言葉を返していいのかわからず固まってしまう。


「おい、ジン何言ってやがる!


 デレクそいつの言葉に耳を貸すな!


 そいつが言ってることは全部でたらめだ!」


 思わぬことを告げ口されたリコは顔を真っ赤にしながらジンに詰め寄るが、それすらも楽しそうにジンは笑い続ける。


「そうか。すまない。俺はでたらめを言ってしまったようだ。


 じゃあリコはあんたのことなんとも思ってないらしい。


 なんていうか、そのどんまい?」


「ちが、そういう意味じゃな、っていうかもう黙れ! ってぶ」


 一気にデレク達の方へ走って来たリコは顔に投げつけられた布巾に視界を遮られ変な声を出す。


「さっさと顔を拭け。


 そんな恐ろしい顔で男の前に出るんじゃない。


 ほら、さっさと川に言って体洗ってこい。臭いったらありゃしねぇ」


「なにいってやがる。第一まだ敵はいるだろうが」


「敵ってのはあいつらの事か?」


 ジンが指さす先にいたのは蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げていく手下たちの姿だった。


「長が死んだ以上奴らに出来る事はないさ。


 それに村を出れば血の匂いに誘われた獣魔共の餌食となる。


 いいから行けっての。


 子守を頼まれたこっちの身にもなってくれ」


「子守って誰がテメエなんぞに!」


「少なくてもリコよりは人間の暮らしに詳しいと思うぞ。


 お前さんがそのままだと怖がる人間もいるってことだ。


 人間として生きるのだろう?だったらそれに見合った身のふりを考えろ」


 その言葉は先ほどまでのふざけた言い方ではなく、真剣そのものでリコは言葉を詰まらせる。確かにリコの姿は決して見ていて喜ばしいものではなかった。

 リコは不機嫌な表情を浮かべながら渋々ジンの指示に従った。


「体洗ったらすぐ帰ってくるから、ちょっと待っていてくれ」


 そうデレクに告げるとリコは川の方へと走っていった。その場にぽつんと取り残されたデレクはリコの姿が見えなくなると緊張の糸が切れたかのようにその場にへたり込んだ。


「大変だったな。


 とんだ騒ぎに巻き込まれて。


 傷を見せてくれ。薬を塗ろう」


 ジンはカーズの背にあるバックから薬を取り出し、デレクの両腕に白い液体を塗る。塗った瞬間は痛みがあったが、少し時間がたつと段々と痛みはなくなっていった。


「あ、ありがとうございます


 ……ですが、あなたは一体?」


「あぁ、これは失礼。フェンリスからあんたの話は聞いていたんでな。


 俺はジン。しがない吟遊詩人だ。


 大丈夫、俺にはあのじゃじゃ馬に手を出す気はないから」


 そう笑顔で応えるジンの表情はとても穏やかだった。それは男であるデレクからしても魅力的といえるほどに見えた。しかしジンは一息だけつくと地面にたおれているかつての気丈であった女性の死体に自ら持っていたマントをかぶせた。


「残念です。あなたとは話をしてみたかった」


「…母を知っているのですか?」


「面識はない。


 それでも立派な最期だった。それにリコを受け入れた人であった事も聞いている。


 この様なことを言える立場ではないのだろうがそれでも心よりお悔やみを申し上げる」


「……強い人でした。


 私はこの人の息子であったことを心から誇りに思います」


 デレクは座ったまま、マントを掛けられた母であったモノを見つめる。その脳裏には母との思い出がよぎる。どんな時でも気丈に振る舞い笑顔を絶やさなかった母の笑い声をもう二度と聞くことは出来ない。


 その事実をまざまざと見せつけられたようで涙が溢れそうになる。それでも涙は流さない。


「……耐えることはない。悲しい時は泣いていいと思うぞ」


 ジンはそうデレクに語り掛ける。だがデレクは顔を振り払うとジンの瞳を見つめながら自らの想いを振り切るように言い切った。


「ゴートの男は泣かないのです。


 涙は色々なもの流してしまうから。


 だから最後の母の姿を流し去ってしまわぬ為にも私は泣けません。


 そうでなくては母に顔向けできないでしょう」


 それが両親からデレクが受け継いだ決意だった。それはただの虚勢なのかもしれない。だがそれでもその決意は確かにこの場所で弱者の命の鼓動をしっかりと刻み続けていた。


「神獣フェンリスからあんたへの伝言を預かっている。心して聞いてくれ」


 ジンはデレクの側に座ると静かにフェンリスからの言伝を伝えた。その言葉をデレクはただ聞いていた。デレクは全てを聞き終えると、一度だけうなずいて見せた。


「そうか。ならもう何も言う事はない。


 それではあのじゃじゃ馬を迎える準備をしようか」


 それだけ言うとジンは村人達の方へとにこやかな笑顔を振りまきながら歩いていった。デレクは立ち上がりその後ろ姿を見送った。その頭の中で何度も鳴り響くのはジンが伝えたフェンリスの言葉。


「これでいいんだ。だろう?母さん」


 そうつぶやくデレクに後ろから声をかける少女の声があった。


「デレク大丈夫か? 顔色悪いぞ? 奴に何かされなかったか?」


 まくし立てるように言うリコの表情を見て、デレクには笑みがこぼれる。きっと体を洗うと急いで帰って来たのだろう。その髪には未だ水滴が滴り落ちまるで子犬の様だった。


「あぁ、大丈夫さ。


 お前さえ隣にいてくれるなら。


 だがそういえば俺はなんとも思われていないのだったか?


 それはとても悲しいなぁ…」


「バ、バカ!


 奴の言葉を鵜吞みにするな…」


 リコはふざけた調子で話を続けるデレクに声を荒げそうになるが、その言葉はデレクに急に抱きしめられ遮られる。その体はとても暖かで、リコはその大きな腕に身を委ねた。


「そうか。なら改めて聞こう。


 俺はお前が愛おしい。


 だからこれから俺と一緒に生きてくれないか」


「…いいのか? 私はカリーナみたいに料理なんか出来ないぞ?


 農作業だってなにもわからないし、それに」


 その先は言葉にならず、代わりにデレクの口づけがリコの唇に重なった。それはとても柔らかくて、頭の中が真っ白になった。それでも気持ちは落ち着いて、ずっとそうしていたいとそう思った。


「そんなことはとうの昔に知っている。


 それでも俺はお前と共にいたいんだ。


 俺と夫婦になってくれないか?」


 デレクは重ねた唇を離すともう一度リコの瞳を見つめて尋ねた。リコは未だ頭は真っ白となっていたが、それでもデレクの言葉は全てはっきりと聞こえていた。そして一言の返事をデレクへと返す。


「…はい」


 そして二人はもう一度唇を重ねる。辺りを包んでいた暗闇はだんだんと淡くなり、代わりに昇り始めた太陽の光が二人の姿を照らす。


 この日人ならざる者に育てられた少女は、再び人と共に生きていく世界へと帰ったのだった。

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