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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第三章 銀狼の若姫
39/69

16 決着

「あああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 ノンドベル大森林にリコの嘆きの声が響き渡る。カリーナが死んだ。リコは人間の母親を知らない。彼女を守り育ててきたのはフェンリスであったから。

 それでも得体のしれないリコを温かく受け入れてくれたカリーナを本当の母のように慕っていた。

 その彼女はもう笑わない。笑えない。それがただ悲しくて悔しくて、そしてなによりも憎かった。カリーナの命を奪ったあいつが。


「この!おとなしくしろ!」


 先ほどまでリコを抑えていた手下の一人が槍を手にして脅しをかける。だが


「あれ?」


 先ほどまでリコを見ていたはずの視線がなぜか真後ろにいた仲間の姿が見える。どういうことかわからぬままそのまま男は意識を失った。

 そしてその男が倒れた時、手下達の目の前にあったのは全身から湯気のような白い煙を立てるリコの姿であった。

 両腕は力なくぶら下がっており、腰を落とし四つん這いに近い体勢をとるその見た目は先ほどまでの凛々しい女戦士とは似つかない。まるで興奮した獣のように荒い吐息を吐きながらその視線はゴードンを捉えて離さない。


 その異様な光景に手下たちはリコから後ずさりをしながら離れる。


「ガルァ!!」


 そしてリコは叫び声を上げながら地面を蹴る。踏み込まれた地面に窪みが出来るほどの力でリコは一直線にゴードンへと飛ぶ。それは今までとは比べ物にならないほどの速さだった。だが


「うるせえ!黙ってろ!!」


 リコのたかが外れたような突撃は、フェイントも何もないまっすぐな攻撃でしかなくゴードンも右腕を上げて迎撃する。そしてその拳は完全にリコを捉えたはずだった。

 しかしリコの飛び蹴りはゴードンの右腕をすり抜けその顔面を直撃した。その一撃はゴードンの巨体を容易に吹き飛ばす。


「な、なんだ。なんで奴の攻撃を食らっている?」


 吹き飛ばされた衝撃で破壊された家屋をゴードンは吹き飛ばしながら起き上がる。だが今起きたことが理解できなかった。

 防ごうとした時になぜか右腕が思うように動かなかった?リコの今までの攻撃が予想以上に効いていたのか?


 いや、違う。この痺れは打撃や切傷から来るものじゃない。まさか。


 そしてゴードンは辺りを見渡し先ほどまで見下ろしていた男を探す。そしてついに見つけたその男は瞳に涙を貯めながら左手に掴んだ何かを持ち上げていた。


「貴様ぁあああああああああああ!!」


 デレクがその左手に持っていたのは〝コチの木″。即効性はないが獣魔すらも痺れさせる毒をもったその木は狩の罠として使われる。

 罠を使った狩は戦士達からは卑劣な手段として忌み嫌われる。己の力ではなく毒に頼った戦いなど誇りにかけるのだと。さらに毒を抜くのにも専門的な知識がいり、決して効率のいい狩ではなかった。

 その木をデレクは隠し持っていた。そしてゴードンに切りかかったあの時、ゴードンの拳を両手で防ぐと見せかけ〝コチの木″を右腕に突き刺していた。

 それは刺されたことすらわからない小さな傷。だがその傷はわずかながらゴードンの自由を奪っていた。


「なめるなぁ!こんなもので俺がやられるかぁ!」


 ゴードンは左手から離さなかった【豪風大槌ストーム・ハンマー】を振り上げる。デレクへと致死の一撃を与える為に。多少距離があろうとこの結晶機があれば奴を倒す事など容易い。だがそれは背後から放たれた数本の弓矢に妨げられる。


「がはぁ」


 放たれた矢はゴードンの背中や腕に突き刺さる。その弓矢を放ったのはこの襲撃の間中ずっと家の上で身を潜ませていたデレクの友人達であった。

 デレクの友人たちはデレクに森で助けられた若い戦士達だった。デレクの森に自生する植物に対する知識はこの村の人々を圧倒していた。それ故に彼らは森で道に迷ったり、獣魔に襲われ大怪我をして命を散らす寸前であったのをデレクに救われた。

 古くからの因習にとらわれる者達はデレクを忌み嫌っていたが、それでもデレクに対して親しい友人たちは彼のその地道な努力を知り、そして助けられていた。

 だからこそ彼らは今この時まで待っていたのだ。デレクが仕掛けた毒がゴードンの身をむしばみ致命的な隙を見せるこの時を。彼らはどれだけ不意を突こうと自分達だけではゴードンに致命傷を与えられないことを自覚していた。


 それ故にこれまで耐えていたのだ。この一瞬を。


「この無能がぁ!」


 怒り狂ったかのようなゴードンの叫び声が響き渡るがそれでもデレクは表情を変えない。そしてゴ―ドンへと話しかける。


「確かに俺じゃお前に勝てねえよ。だけど俺達ならお前に勝てる。それよりいいのか?もっと恐ろしい奴がやってくるぞ?」


 その言葉にゴードンは後ろを振り向く。そこには先ほどと同じ突撃の姿勢をとったリコの姿があった。


「くそ共がぁ!」


 ゴードンは未だ痺れの残る右手を無理矢理動かし、【豪風大槌ストーム・ハンマー】をもう一度握りなおす。だがその瞬間にはリコの姿はすでに地面を離れていた。


 その後ゴードンが見たのは鬼のような形相で向かってくる少女の姿。そして獣と見間違わんばかりの少女の顔に最後の武器が現れる。


 それは白く立ち並ぶ歯であった。獣魔の固い肉を食べ続けていた彼女の犬歯はそれだけで一つの凶器となっていた。

 そしてその白い刃はゴードンの首下に深く突き刺さる。目の前には赤いしぶきが飛び散り段々と体の力が抜けていく。


「母さん・・・」


 それが力に溺れた襲撃者、ゴードンの最後の言葉であった。



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