15 重なる姿
ドゴーン
森に巨大な衝撃音が鳴り響いた。リコは、衝撃でバラバラになった馬小屋の下で藁の中に埋もれていた。おかげで衝突のダメージは軽減されたようだ。
だが両腕の感覚はすでにない。もはやリコに武器といえるものは無くなっていた。馬小屋に落ちたのも恐らくは奴の思う通りなのだろう。殺してしまえば今までの行動に意味は無くなるのだから。
一時をおいて重たい何かが地面に落ちる音がした。その音の主であるゴードンは一歩一歩リコの下へと近づいてく。
「生きているか。
そうでないとな。
でないとここまでやった意味がねぇ」
ゴードンの太い腕がリコへと迫る。抵抗しようとするが体は全くいう事を聞かない。そしてなんの抵抗もないままにゴードンによって頭をつかみあげられた。
片手で軽く持ち上げられたリコとゴードンの両者は、先ほどまで互角の戦いをしていたとは見えないほどの体格差があった。
「どうした?もう憎まれ口は終わりか?」
「その武器がなければ、お前なんかに!」
「何言ってやがる。
勝ったもんが全てを手に入れる。
当然の事だろうが。
少しはしおらしくなるかと思ったがこれは仕置きが必要だな」
ゴードンはそう言うと醜悪な顔を更にいびつな笑顔で歪ませる。その表情は今までのどんな攻撃よりもリコの背筋を寒くした。それ程までにその表情は悪意に満ちていた。
そしてリコを引きずり、村の中心部へと戻っていった。先ほどのゴードンの無差別攻撃のせいで村の中心部は破壊された様々な瓦礫であふれかえっている。
二人の戦いを遠巻きに見送っていた手下たちもすでに逃げようとしていた村人たちを捕らえ戻って来ていた。その中には傷を負い身動きの取れないデレク達親子の姿もあった。
その二人の前にゴードンはリコを突き出す。ボロボロとなったリコの姿にデレクは言葉を無くした。
「そんな顔するなよ…大丈夫あんな奴すぐに倒してやるからさ」
デレクを見つめ、よろよろと立ち上がろうとするリコであったが、それでも足に力が入らず途中で倒れてしまう。
「もう、もういい。
いいから逃げろ。
俺達にかまうな」
それでもなお立ち上がろうとするリコにデレクはこれほどまでに自分を情けなくなったことはなかった。俺が森に入らなければ、リコと出会わなければ。彼女を巻き込む事はなかったのに。
それでも。あと少し。あと少し時間があれば。その想いとは裏腹に大げさな足音を響かせながら全てを壊しに来た襲撃者は二人の目の前に立つ。ゲラゲラと不快な笑い声を響かせながら。
「おうおう泣かせてくれるね。
庇いあう恋人たちってか。
だがそれも終わりだ。
お前はそいつを殺されたときどんな顔をするのかな?」
「貴様ぁ!」
下卑た笑い声を絶やさないゴードンをリコは睨めつけるが、体は思うように動かず立っているのがやっとであった。
そんな彼女を気にもせずゴードンは一歩一歩デレクへと近づいていく。
「やめろ、デレクに何かしてみろ!絶対に許さない、絶対に!」
リコはそう叫びながらゴードンへと立ち向かう。だがその歩みは遅々としてかつての獣ような俊敏さは見る影を失っていた。
それは周りの手下にすら抑えられてしまうほどに。上から数人に押さえつけられたリコはなす術もなくゴードンの姿を見つめる事しか出来なかった。
ゴードンの巨体が一歩進むごとに、リコの心臓の鼓動も又早くなる。奴を止めないと。そうしないとデレクが。
だが奴を止められる者などいるはずもない。しかしその歩みはデレクを前にする一歩手前で止まった。
「何の真似だ?」
ゴードンは自らの目の前に立ちふさがる小さな姿を見下ろす。それは両手を広げデレクを庇うカリーナの姿であった。
「私の息子にこれ以上指一本触れさせない」
カリーナの姿はすでにボロボロで押せば倒せそうなほど弱々しい。だがゴードンは自分でも気付かない内にカリーナの気迫にほんの少し後ずさりをしていた。その脳裏にかつての記憶が重なる。
「どけ。ババアは俺が殺す価値もない」
ゴードンの恫喝を受けてもカリーナは全く動じずその瞳をまっすぐに見つめた
「ほう。こんなババアが怖いのかい。
そんなデカい図体して情けない事だ。
お前の親御は一体何を教えたのかね」
その瞬間巨大な破壊音が周りに響き渡る。それはゴードンが大槌を地面に叩き付けた音であった。だが大槌はカリーナを捉らえてはいない。そのすぐ横に巨大な窪みを作り上げてはいたが。
「…取り消せ。
俺の親を侮辱することは許さん」
その声は今までの怒号のような大声ではない。静かにつぶやくような声。だからこそその怒りの大きさがより強いものだと知れた。
「だれが取り消すか。
巨大な力は扱う者が道を誤ればその身を滅ぼす。
それを伝えぬは親の責任。
あんたも戦士なら自らの責任を果たせ!」
「黙れぇぇええええええええ!!!!!」
ゴードンは力のままに大槌を地面から振り上げる。母の最期の言葉を放つこの女の言葉をこれ以上聞きたくなかった。
地鳴りのような怒声が響き渡る中、カリーナが見つめていたのはデレクではなくリコであった。その表情はとても穏やかでいつもと何一つ変わらない。
「デレクを頼んだよ」
リコにはその声は聞こえなかったけれどもカリーナはそう言っていると確信が出来た。
「カリーナ!」
リコは押さえつけられたまま、それでも体をよじって手下を振りほどく。カリーナを助けたいその一心で。だが起き上がった先にはゴードンの大槌によりその朗らかな笑顔ごと吹き飛ばされたカリーナの体だけが地面に倒れ伏していた。




