13 ゴードンという男
その男は何の変哲もない普通の夫婦の下に生まれた。だがその体は生まれた時から普通の子供よりも一回り以上大きかった。
それ故に夫婦は息子の将来を嘱望しゴート山脈から名をとりゴードンと名付けた。ゴードンはその名を示すがように大きく育った。
その力は子供の頃から大人を凌ぐほどであり、適合者としての適性も見られた。そして村の戦士達から様々な手ほどきを受け10代の後半にはすでに村で敵う者もいなくなり、狩りに出ても一番の成果を上げて見せた。
だがその才を導く者もいなかった彼は徐々に力に溺れていく。力で強引に物事を進め、我が物顔でのさばった。
その態度を見かねた彼の母は何度もいさめた。力有るものはその力に見合った責任を果たせと。
彼はその日機嫌が悪かった。その理由すら今はもう忘れてしまったが。そしてゴードンは母の手を振り払う。だがその力はゴードンが思っていた以上に強くなり過ぎていた。人に振るうには過ぎた力であったその拳は打ちどころも悪く母を死に至らしめてしまう。
親殺しの罪は何より重い。だがすでに村において彼を罰することの出来る者はいなかった。村の大人全てでかかっても彼を抑えることは出来なかったのだから。もし死刑をなそうとし彼が暴れればそれこそ被害は甚大なものとなる。
それ故に彼は村から追われた。その決定に彼はおとなしく従った。母を自ら手にかけてしまった事に彼自身が理解できていなかった。それ故に呆然としたまま村を出ると、当然の様に獣魔が彼を襲う。
だが彼が得た戦闘の技術と適合者としての能力はその全てを返り討ちにして見せた。
そしてどれが自分の血でどれが獣魔の血なのかわからくなるほど血まみれになった状態でゴードンは遂に見知らぬ村にまでたどり着く。
村の者はその異様な容姿に恐れ男達は武器を以て撃退しようとした。だがすでに人と獣の区別すらできなくなっていたゴードンは気付いた時には武器を持った村の男達を殺しきっていた。
突然の襲撃者にむけた村人たちの恐怖の視線にさらされる中そして何かに導かれるようにその村の中心へと歩みを進める。
そして手にしたのは不思議な形をした巨大な大槌だった。頭部は見たことのない金属で作られ中心に小さな穴がある平になっている面と円錐状に先端が尖っており螺旋状にくぼみが彫り込まれた面の二種類がある。人の胴体ほどもあるだろうかという丸みを帯びた頭部の真ん中には三枚の羽が刻まれていた。
その重さは思っていたよりも軽い。それでも普通の人間に持てる重さではないのだが。
そしてその取手に力を籠めると両腕に少しの痛みが走る。すると鉄塊は共鳴音を響かせる。ゴードンが軽く鉄塊を振るえばその場にあった石造の祭壇はあっさりと砕け散った。
それがゴート山脈に唯一残った、レベル3の適合者しか扱えない結晶機が最悪の適合者に渡った瞬間だった。その時にゴードンは母をなくして以来久方ぶりに言葉を口にした。
「そうか、誰も俺を止めないのか。
神獣ですらも。
それならば俺は好きに生きようじゃないか」
そして村を完全に支配したゴードンは思うがまま略奪を開始する。もはや彼を止められるものはいなかった。
今日この日までは。
ゴードンは何度目かわからないほど繰り返されたリコの突撃に構えるが、その姿は一瞬で目の前から消える。そして次の瞬間には柵を足場として斜め後ろからのまわし蹴りを仕掛けたリコを左腕で防いだ。リコの細い外見からは想像できない一撃の衝撃が楯で防いだ左手に伝わる。
だがその一撃を以てしてもゴードンの姿勢が崩れる事はない。すぐさま大槌を振り反撃を試みる。がすでにそこにリコはいない。飛び蹴りをかました次の瞬間には、その勢いのまま身体をひねり地面を蹴ると距離をとっていた。
獣かと見間違うリコの変幻自在の攻撃の前に、ゴードンは防戦一方となっている。
「どうした。偉そうな口を叩く割には大したことないじゃないか」
身体全身に切り傷やあざが目立つゴードンとは対照的にすでに距離をとったリコは無傷そのものだった。だが軽口とは裏腹に表情に余裕はない。確かにリコの攻撃は届き、ゴードンの攻撃はかすりもしない。だが
「確かに想像以上だ。
それでも負ける気はしねえな」
ゴードンはその笑みを崩さない。ゴードンは致命傷となる攻撃は尽くしのぎ、そして反撃の一撃はリコを一撃で仕留めるに十分な威力を持っていた。
ほんの少しかすっただけで今の形勢は逆転する。それこそがゴードンがこれまで生き抜いてきた術であった。
常人ならば、重傷となりえる傷はいくつも与えているはずであったがゴードンにはそれは深手となりえない。ゴードンの適合者としての素質その中で最も秀でていたのはその回復力にあった。浅い傷ならばたちどころに治ってしまう。
そしてゴードンはその巨体に見合った強靭な筋肉を全身に身にまとっている。それに加え故郷の村で受けた護衛術を駆使すれば致命傷を受けることはなかった。
それがグレーウルフの群れや武器を持った男達であっても。
そして数々の戦いの中でその戦闘スタイルは完全に確立されていた。現状ではリコが上回ってはいるがそれもゴードンがその変則的な攻撃に慣れていないからであり、なによりもリコを殺さずに捕えようとしているからこそといえた。
それ故に二人は動きを止める。この拮抗した状況をどうやって変えるか、様々に考えを巡らせながら互いにけん制をしあっていた。
だが場を包む緊張は暢気な掛け声によって一時中断される。
「やあ、やってるね」
その鈴の様に軽やかな少年の声の主、吟遊詩人ジンはなんの気負いもなくそうのたまったのだった。
「な、なんでお前がここにいる!」
「なんでと言われるとそうだな、野次馬かな?」
「はぁ!?」
リコは一瞬で走り寄りジンに詰め寄るが、ジンはまともに取り合わない。その様子は先ほどまで殺し合いをしていたその場の空気を一変させてしまっていた。呆然と二人のやり取りを見ていた周囲の人々だったが、ゴードンの言葉がその雰囲気を終わらせる。
「……てめぇ、なにもんだ?」
突然現れた乱入者に、ゴードンは意識をリコに向けたままそう尋ねた。確かにリコとの戦闘に気を使ってはいたが、それでもこの距離までこの巨体の黒馬に乗ったこいつがやってくる気配を感じ取れなかった。
そしてリコの反応を見るに、向こうも奴の存在に気付かなかったと見える。
「あぁ、俺の事は気にしないでくれ。ただのしがない吟遊詩人さ。
ただこの国一番の適合者と神獣に育てられた娘の一騎打ちが見られると思ってな。
物語の題材にはうってつけだろう?」
その言葉にゴードンも固まった。彼も知っていたのだ。このゴード山脈で唯一フェンリスに定められた唯一の掟。吟遊詩人に手を出すな。
今までゴードンがフェンリスに出会ったことはない。それでも潜在的な意識としてその存在を恐れてはいた。
だからこそ数こそは少なかったが吟遊詩人が村を訪れた時には決して危害を与えてはこなかったのだ。
「はん、よそものかよ。
なら邪魔だけはすんなよ。
こっちからも何もしないからよ。
用が済んだらさっさと去りな」
「そうさせてもらうよ。
俺もあんたにあまり関わりたくはないんでな」
そしてジンはゴードンからリコへと視線を変える。その表情は心なしか穏やかであるように見えた。
「もし奴に勝ったらフェンリスからの御褒美を受け取っている。
まぁ気張れや」
「フェンリスが?一体どういう意味だ?」
「彼女なりの娘へのはなむけだろうな。
そのこと答えを知りたければ奴に勝ちな」
それだけ言うとジンは自分の役目は終わったかのように、背伸びをするとそれ以降何もしゃべることはなかった。
「そうか、それじゃあまた一つ負けられない理由が増えたな」
リコはそうつぶやき、ゴードンの方へと向きなおす。もはや思い残すことなど無かった。この戦いに全力を尽くし勝つ。
それがきっと母さんの願いでもあるだろうから。
そしてフェンリスから貰ったナイフを握りなおす。自ら望んだ明日をつかみ取る為に。
ある程度まとまったので毎週火、金曜連載再開します。




