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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第三章 銀狼の若姫
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10 強欲の襲撃者

 時は少しの間遡る。ジンとリコが出会っていた時、デレクもまた森にいた。それはリコに会うためではなく仕掛けていた罠を確認する為だった。


「残念。今日は収穫なしか」


 全て空振りに終わった罠を回収しながら、デレクは森の奥へと視線を向ける。リコに想いを告げて一月が経とうとしている。本当は会いに行きたい。だが彼女は返事も返さず去ってしまうような人ではない。


 ならば自分に出来る事は信じて待つだけだ。耐えて待つ事だけは人よりも自信があるさ。そう思いながら帰路に就く。


 もう少しで村まで着こうかという所まで来た時にデレクは異変に気付く。村の方角で煙が上がっている。それも尋常ではない範囲に。


「母さん!」


 デレクは持っていた罠も放り投げ村へと走り出した。村へと近づくにつれその惨状はより鮮明になっていく。家は焼かれ、逃げ惑う村人の悲鳴が所々から聞こえてくる。

 それをデレクは家影から眺めていることしかできなかった。どこのどいつだ。これほどの規模の人を引き連れて村を襲うような奴は。

 他の村の情勢に疎いデレクには見当もつかなかったが、それでもそのトップは間違いなく適合者だ。それもかなりの実力を持った奴がいる。

そうなれば一般人であるデレクになす術はない。せいぜい身を伏せてその襲撃を耐えることぐらいだ。


 だがデレクにその選択肢はない。なぜなら母カリーナの姿が見つからなかったからだ。いの一番に家へと向かったが、すでに家には数名の男達で囲まれていた。家の中に人の気配はなく、カリーナはすでに捕らえられているのが分かった。


「なんでこんなボロ家まで……」


 デレクの家は村はずれで襲撃者が来るまで時間の余裕があると思っていた。だが奴らは誰も逃がすつもりはないらしい。



「考えろ…奴らの狙いはなんだ?」


 デレクはもう一度辺りを見渡す。何かヒントはないのかと。一番近くの家はすでに火をつけられ、住人は柄の悪そうな男によって捕われている。彼らは村の中心へと向かっているようだ。村の中心部からはより多くの悲鳴が聞こえてくる。皆を中心部にあつめているのか?なんの為に?


 そして違和感に気付く。なぜ俺の家は焼かれない?それに無人の家のはずなのに男達が包囲しているのは?


「まさか……奴らの狙いはリコか!?」


「ご名答。御褒美をくれてやろう」


 後ろから聞こえた声に振り向こうとするが、その前に見たこともない大男に殴り飛ばされた。それはかつてリコに蹴り飛ばされたときよりも強い衝撃。


「リコ……逃げろ……」


 薄れゆく意識の中で思い浮かべたのは森で初めて会った凛々しいリコの姿。彼女がこの事態を知ったらきっとここへきてしまう。だからお願いです、銀狼様彼女を守ってください。この場所に決して来ないように。そう神獣に願いながらデレクは意識を手放した。







「……ここは広場か?」


「起きたか色男。さっそくで悪いが聞きたいことがある。正直に答えた方が身のためだぞ」


 デレクが意識を取り戻すと同時に痩せこけた男が身の前にいた。その先には捕らえられた村人たちがいる。辺りはすでに太陽は落ち、松明の明かりがその場にいた人々を照らし出す。広場に集められた村人たちの表情は恐怖におびえ、怒りのまなざしをデレクへと向けていた。デレクの手足は縛られているようで身動きが出来ない。最悪の状況といえた。


「なに、簡単なことさ。お前の家に出入りしている女の事を教えてくれればいい。そうすれば皆解放してやるさ」


 男は手に持ったナイフを見せつけながら下卑た笑いを見せる。


「そんな女知らん」


「しらばっくれるな!もう調べはついている。さっさと教えろ!」


 男の怒声が響き渡り、村人たちはすくみ上る。


「知らんものは知らん」


「この野郎!」


 デレクは男に何度も殴り蹴られても口を割る事はなかった。こいつらの狙いが分からない以上何一つとして話すつもりはない。そしてデレクを非難するのは襲撃者だけではなかった。


「ふざけるな、誰のせいでこんなことになったと思っている!」


「疫病神め。クリストフの子だから村に置いてやったというのに恩を仇で返すのか!」


 痩せこけた男に殴り飛ばされた先で口々に罵詈雑言を吐き、石を投げるのは捕われた村人たち。元々デレクにいい感情など持っていない上にこの襲撃の原因を作ったことは先ほどの会話でわかっていた。


 容赦のない攻撃は終わらないがそれでもデレクは沈黙を保ち続ける。たとえ死んだとしても自分のせいで彼女を危機にさらす、それだけは御免だった。


「それぐらいにしてやれ。

 

 死んでしまっては元もこもない」


 その一言に襲撃者たちの表情は一変する。まるで何かを恐れるように。


 どすどすという音をたてながら手下を引き連れ声の主はデレクの前に姿を現す。その姿は意識に微かに残っていた残像と重なった。


 こいつはあの時俺を後ろから襲った奴か。そうデレクは確信した。


 背丈は2メートルにも届こうかという大男の容貌は凶相の一言に尽きる。ファンゴスの毛皮作られた服は所々乱雑に破られた跡が見られそこからは丸太のような太さの両腕が覗く。腰にはグレーウルフの尾が巻かれ、なによりもそのぎらついた目には底知れぬ悪意を感じた。こいつに逆らえば殺される。そう直感で感じるほどに。


「俺の名はゴードン。こいつらの長だ。


 俺が捜しているのはリコという女だけだ。


 えらい別嬪だそうじゃねぇか。俺の村でも話題になってるぜ?」


 自らの欲望を隠そうともしない醜い顔を見て、デレクはゴートンの意図を理解する。と同時にぶっ、という音と共にゴートンの顔へと唾をかけた。その臭い口でリコの名を呼んじゃねぇ。それはデレクが身動きできない状況で出来る唯一の抵抗だった。


「あん?」


 ゴートンは自らの顔に吹きかけたれた唾を手で拭いながらそうつぶやく。周りにいた手下たちは顔面蒼白となって、その様子を見守っていた。自分たちの長がどういう人間なのか身をもって知っていたから。


「ゴ、ゴートン様これをお使いください」


 慌てふためきながら布巾を持ってきた若い男は、しかしゴートンの元へたどり着く事はなかった。その頭は彼の長が左腕を振り払っただけでゴキッという音にあらぬ方向を向きそのまま地面に倒れ込む。


「……貴様、誰に唾かけたかわかってねぇようだな」


 怒りを隠さずに凄むその姿は野獣そのものだった。振り上げられた拳は容易にデレクの命を奪うだろう。それでもデレクは引かない。それ以上の威圧をすでに知っていたから。


「力で脅さないと女一人どうにもできない男になぜ恐れる必要がある」


 もはやデレクは自らの死を覚悟していた。そうすればリコに危害が加わる事はないだろうから。

 その姿にゴートンは目を吊り上げると、興ざめした様に拳を下す。


「大した度胸じゃねえか。


 この俺様を前にびびらないなんてよ。


 テメエみたいな手合いは脅しても仕方ねぇな」


 そして諦めたように首を振る。それでもデレクは警戒をやめない。ここで怒りに任せて自分を殺すなら事態はそれで終わるはずだった。

 リコは怒り狂うかもしれないがそれでも銀狼様がいる限り軽率な行動はとらないはず。だが襲撃者の長はデレクが予想していた最悪の手段に出る。


「それなら別の方法をとるまでだ。


 例えばこんな感じのな」


 ゴードンの合図とともに連れてこられた人の顔を見てデレクは悔しさに唇を噛む。それは喋れないよう口を塞がれ、至る所を痛めつけられた形跡が分かる母の姿だった。


「さぁ、まだ時間はたっぷりある。ゆっくりと話をしようじゃないか」


 下品な笑いを浮かべるゴートンにデレクはそれ以上なんの抵抗も出来ず、俯く事しか出来なかった。  


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