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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第三章 銀狼の若姫
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8 得体の知れぬ旅人

 村を訪れる回数が増えていくごとにリコは村での生活とデレクの家の現状を把握していった。デレクの家は町の中心部からかなり離れており、あまり他の人間との交流はないようだった。

 そしてその時間のほとんどを農作業にあてていた。畑を耕し、木に着いた害虫を摘み取り、水の管理をする。その様子はとても退屈でよくそんな事を続けられるなと思った。狩をしてしまえば済む話なのに。


「みんながみんなお前みたいに強くはないさ。それに慣れれば苦じゃないし収穫できた喜びは狩とは違ったものがあるんだよ。」


 そう笑顔で話すデレクにリコの心は騒めいた。いままでのリコの世界はどこまでも単純だった。強いか弱いか。それが生きていくための境目。

 でもデレク達は明らかにリコよりも弱い。だがそれでも確かにここで生きている。そして村の生活とはまるで違う生き方をしてきたリコに対して分かりやすいようにいつもぶっきらぼうながらも教えてくれる不器用なデレクの優しさにもだんだんと気付いていった。


 日を重ねるにつれて親子以外の人間に会う事も何度かあった。デレクの家を訪れる友人は数少なかったが、それでもその友人たちは皆やつに会うと笑顔になっていた。

 そしてその度にデレクはリコを彼らに紹介した。フェンリスの名は伏せていたがそれでも彼らは誰もが何も聞かずただ暖かく迎えてくれた。


「こいつはいつも損する事ばかりしているからな。俺達が支えてやらんと。簡単にくたばっちまう」


 彼らは皆そう言うとリコに笑いかけた。未だにデレクとカリーナ以外の人と喋る事はなれない。それでも彼らはデレクが信じているならとリコに深くは聴かなかった。


 リコは不思議だった。こんなにも弱いデレクが、どうしてあんなにまで強い絆を持っているのだろう。どうしてこんなにまで惹かれるのだろうと。


 その理由がわからないまま時は過ぎて季節は巡る。そして二人が出会ってから二度目の春を迎えた。


「おれと夫婦にならないか」


 森と村を行き来するそんな日々が続いていたある日デレクは意を決したようにリコへと告げた。その言葉にリコは固まってしまう。


「すまない。もう少し時間をくれないか。勘違いしないでくれ。デレクお前と一緒になるのが嫌なわけじゃないんだ。ただ心の整理がまだ出来ていないんだ」


「あぁ。いつまでも待つよ。」


 そうしてその日は肉を置いて森へと帰った。デレクと夫婦となる。それはフェンリスと別れて暮らす事を意味する。それはリコからしたら考えられなかった。今までフェンリスと共に生きてきた。

 それがずっと続いていく、そう思っていた。だがデレクとの出会いはリコを変えてしまった。共に話をし、笑い、生きていく。それがどれだけ心が安らぐことか。

 心の中はぐちゃぐちゃでどうすればいいのかわからない。リコはそれ以来村へと行かなくなった。行ってしまえば答えを出さなくてはいけないと思ったから。


 デレクの告白から一月が経とうとしていた頃、フレキとゲリと共に狩に出かけているとまた二匹が反応を示した。その姿にある人物を思い浮かべる。


「デレク、来てはダメだと言ったのに」


 そうつぶやくとリコは弟たちを引き連れ、侵入者の下へと向かった。


 その姿は簡単に見つかった。というよりも聞こえたというべきだろうか。フレキの背に乗り森を下っていくと聞きなれない音が聞こえた。それは一定のリズムを保ち、近づくほどにその中には人の言葉とわかる声が紛れているのが分かった。

 そして遂にその姿を見つけ出す。そいつは村で見たよりも一回り以上大きな馬に荷を引かせていた。その手には何かの楽器を持ち演奏しながらその陽気な音楽を奏で続けていた。

 なにかがこいつは違う。そうリコの中の本能がそう告げていた。デレク達よりもはるかに小さいその姿はとても弱弱しく見えるはずだった。だがその小さな体は異様な雰囲気を纏っているように感じる。それは二匹も同じようで、その体を茂みに隠しながら全身の毛を逆立てていた。


 その姿を観察していると、荷台が石に挟まったようで大きな音をたてて静止する。それと同時に耐え切れなくなった二匹がリコの制止を振り切ってしまう。

 内心で二匹に毒づくがこうなってはもう遅い。その大きな帽子をかぶった人間は二匹を前に微塵の動揺も見せず何かを呟く。

 その言葉を完全に聞きとることは出来なかったが、それでもなんとか聞き取れた言葉は意味がわかったので話は通じそうだ。そしてリコもまた進み出るのだった。


 そいつはジンと名乗った。国々を巡る吟遊詩人なのだと。


 その存在はフェンリスから聴いてはいたが実際に会うのは初めてだった。


「で、神獣殿はどちらにいらっしゃるのかな?」


 そう笑顔でのたまうジンにしぶしぶフェンリスの下へと案内した。この得体のしれない人間を森へと入れるのは正直気が進まない。

 それでもフェンリスからは吟遊詩人に限りこの場所を通る事を許すことを伝えられていた。そして相手が望むならばフェンリスの下へと案内することも。


 未だ落ち着かない二匹を宥めながら洞穴への道を進んでいく。その道中はだれもが沈黙を保っていたがその静寂は楽しげな音楽に打ち消される。


「何をしてる?」


「うん?練習を兼ねて少しばかり演奏を披露しようかと。せっかく美人にエスコートを受けているんだ。これぐらいはサービスするよ」


 笑顔を絶やさずそう答えるジンを不機嫌そうにリコは睨めつけるが、何一つ動じる事なく音楽を奏で続ける。


 それはリコが姿を現す前の曲と同じものだった。隣にいる今、その歌詞はくっきりと聞き取ることが出来る。


「なんだその気の抜けた歌は」


「失礼な!みんな大好きねこふんじゃったを気の抜けた歌だって?


これほど有名な曲はないんだぞ?」


 そう大げさにおどけながらジンはリコの言葉など気にせず演奏を続ける。その歌詞はともかくジンが奏でる音楽と歌声は見事としか言いようがなく、リコは知らず知らずのうちにその曲に聞き入っていた。

 まぁ真面目に歌詞を聞くとその歌声との落差につっこみを入れたくなるのだがそれを言って奴に調子に乗られるのも癪なのでそのまま進んでいく。


 そして一同は楽しげな音楽を森に響かせながらフェンリスの住処へとたどり着いた。


 「たぶんここにいるはずなんだけど……」


 そうしてフェンリスを呼ぼうとした瞬間、目の前に銀色の巨体が住処である洞穴の上から飛び降り現れる。


「珍しい客人だ。吟遊詩人が来るのは何年ぶりだろうか」


 その言葉にジンはカーズから降り、膝をつく。


「ゴート山脈が主フェンリス、お初にお目にかかります。私は吟遊詩人ジン。これは私の相棒カーズにございます」


 その言葉にカーズはいななきを上げて反応し、フェンリスはその姿をゆっくりと見渡すとゆっくりとうなずいた。


「吟遊詩人ジン、貴方の来訪を心より嬉しく思います。


よくぞこの最果ての地まで来てくれました」


「それこそが我らが旅を続ける理由ですから。


 願わくは捧演を奉りたいのだがよろしいですか?」


「ええ、楽しみにしています。


 それからこの子たちも一緒で構わないですか?」


 そういってフェンリスはリコと二匹の白狼の方へ視線を向ける。未だ警戒心を無くしてないリコ達はフェンリスに名指しされたことに動揺するがジンは平然とした態度を崩さない。



「もちろんです。観客は多い方がいい。

  

 それが神獣殿の願いならなおさらです。」


 そう笑顔で応えるとジンはその場に胡坐をかき、手に先ほどまで手にしていた楽器を奏で始める。住処の前は開けた場所となっており、ジンが奏でる音楽は遮るものも何もなく森はその音楽に包まれる。


 リコはその演奏の間ずっと立ち尽くしていた。なんだ、これは。


 先ほどまでの道中でジンの腕前はわかっていた。それでも今目の前で奏でられるそれはまるで別物だった。


 森が奏でる全ての音すら吸収したかのようにその歌声と音楽だけがリコの胸に入ってくる。


 意味などは何一つ解らないのに、それでもリコは自分でも知らない内に涙を流していた。なんなのだろうこの感情は。とても懐かしくて暖かい。そしてなぜかその時思い浮かんだのはデレクの家で過ごした日々の事だった。


 ジンの演奏はしばらくして終わりをつげた。


「ありがとう。とても、本当に素敵な演奏でした」


「その言葉を聞けただけで、私も吟遊詩人として最高のほまれです。」   


 対峙する人外の存在を前にたじろぎもせずジンはフェンリスを見据える。その間には他が入り込めない不思議な雰囲気があった。ジンの話す言葉はフェンリスを敬っているのが分かる言葉だったがフェンリスたちが放つ雰囲気は緊張感というよりもむしろデレクとその友人達が持つような暖かな感情に近いのではないか。


 そんなフェンリスを見るのは初めてでリコは更に困惑を深めたのだった。


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