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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第三章 銀狼の若姫
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7 母の願い

 初めて訪れた人間の村の前でリコは呆然と立ち尽くしていた。


「ここホントに人の村なのか?」


 リコがそう思うのも無理はない。村を形作る柵は雪に覆われもはやその原型を見る事は出来ない。第一こんな柵があったところで獣魔の前では無意味だろうに。柵の内側に入っても人の気配などなくいくつかの建物が遠くに見えるだけである。


「この辺は村の端だからな。冬だからみんな外には出る事もなくみんな家でじっとしてるんだよ」


 そう言いながらデレクはこっちだと自らの家へとリコを案内していった。自らの故郷にたどり着いたからなのかその表情には先ほどまでの緊張感はほぐれ優しいものになっていた。

 デレクの後を追う事は雪に痕跡が残っていたので容易だった。そして道の中ほどで追いつきフェンリスの命で村までは送ってやると告げるとデレクに告げると満面の笑顔で歓迎された。


 それから数時間後にここまでたどり着いたわけだがもっと活気のある光景を想像していたリコにとってそれは物足りない物だった。


 しかしそれを愚痴っても仕方なかったのですごすごとデレクの後をついていく。そしてしばらく歩くと二人は質素な木造の建物の前へとたどり着いた。


「ここが俺の家だ。まぁボロ屋だがゆっくりしていってくれ」


 そしてデレクは戸を引きリコを中へと招いた。招かれるままその中に入ると思っていた以上に中は暖炉の火の光で暖かく明るかった。家の中には見たことのない物であふれていてその珍しさに目移りしてしまう。


「ただいま母さん。いま帰ったよ」


 家の中の珍しさに意識を奪われていたリコだったが、デレクのその声を聴き家の奥へと振り返る。そこにはデレクに寄り添う年配の女性の姿があった。その顔色は決して良くなく頬はこけていたがデレクが帰って来た事に安堵の様子が見て取れた。


「デレク。良かった。戻ってきてくれて。おまえまでいなくなったら私は」


「大丈夫。俺はどこにもいかないよ。それに食べ物もとってこれた。そうだ。紹介するよ。彼女はリコ。森で助けてもらったんだ」


 そう紹介され、初めてデレク以外の人間に会ったリコは多少ぎくしゃくしながらも先ほど教えて貰った挨拶をする。


「始めまして。でいいのかな?私はリコ。よろしく頼む」


 そこでやっとリコの存在に気付いた彼女はリコを見るとその表情を驚きの物へと変えていく。なにか変な事いったかな?とそう思っていると彼女は此方へとデレクそっくりな笑顔を向けた。


「これはめずらしい。えらい別嬪さんを連れてきたもんだ。私はカリーナ。息子を助けてくれてありがとうね。それにしても森の中で助けられたってどういうことだい?申し訳ないが村であなたを見かけたことはないと思うのだけど」


 カリーナの当然の問いにデレクがどう説明しようか言い淀んでいると、リコは体を前に進め答えた。


「私はフェンリスの娘だ。こいつが我らの領域に入ってきた為に追い払おうとしたが縁あってここまで案内してきた」


 その一言にカリーナはその表情を変える。最初は驚きで目を見開いたカリーナであったがその後柔らかい笑顔へと変えていく。


「そう。銀狼様の御慈悲があったのね。それは本当に良かった。さぁそんなところに立っていないで此方へいらっしゃいな。碌な物はないけども今日は久しぶりに腕を振るうとしましょう」


 その日リコは初めて暖かい食卓というものを知った。テーブルを囲み、温かい料理を楽しみながら会話を楽しむ。決して今までの生活が辛かったわけではない。ただ胸の辺りがほかほかと暖かい気持ちになれたのはきっと出された料理が美味しかっただけではないと思う。



 「本当に美味しかった。ありがとう」


 楽しい時間はあっという間に過ぎていた。辺りは完全に暗くなり、泊まっていく事も勧められたが断った。これ以上ここにいたら戻れなくなるそんな気がしたから。


「礼を言わなきゃいけないのはこっちの方だよ。いつでも遊びにおいで今度はシチューを用意しているからね。それにこの子もリコに会いたいだろうし」

 

「な、なに言っているんだよ母さん。なんでこんな凶暴女」


 デレクはむきになって反論するが、それをはいはいと軽くあしらってカリーナはリコに手のひらサイズの袋を手渡す。


「これは?」


「あなたには銀狼様の特大の加護があるからどうかと思ったんだけどね。これはこの村に伝わるお守りだよ。持って行っておくれ。せめてものお礼だよ」


 その袋を開けるとそこにはちいさな馬の形に彫り込まれた人形が入っていた。様々な色で綺麗に彩られたその木馬はとても可愛らしくてリコはしばらくそれを見つめていた。


「そうか、ありがとう。貰っていくよ。そうだな。カリーナの料理はまた食べてみたい。その時はまた肉を持ってくるよ」


 そうしてリコは森へと帰っていった。


「なんというか嵐みたいなやつだったな。しかしこれでゆっくりできるってもんだ。あいつがいると気が休まらない」


「なにいってんだか。一番うれしそうにしてたくせに」


「そんな訳ないだ…」


 その言葉の途中でデレクは言葉を失う。その先には涙を浮かべた母の姿があった。



「ど、どうしたんだよ。やっぱリコが怖かったのか?確かにあいつはすぐ手が出るしいろいろあれな奴だが根はいい奴なんだぜ」


 慌ててリコを庇おうとする息子に、本当に分かりやすい子だと笑いながらその言葉を遮る。


「そんな事はわかっているよ。そうじゃなくて本当に銀狼様に救われた子がいるんだと思うと嬉しくて。もしかしたら妹もって思ったの」


 その母の表情はどこか遠い過去を思い出しているようで声をかける事が出来なかった。母に妹がいたことは知っていた。そしてその妹が森へと返されたことも。

 その事を母はずっと気に病んでいた。妹は次の日には跡形も無くなっていたらしい。大方は獣に食べられたのだろうと思っていた。でもこうして確かに救われた命がある。それがどれだけ母に救いとなったのか。それは今のはつらつとした母を見れば明らかだった。


 「さぁ湿っぽいのは終わりだ。する事は山ほどあるよ」


 フェンリスからの薬を飲んだのもあってすっかり元の姿を取り戻したカリーナは家へと戻っていく。その後ろ姿に我が母ながら逞しさ覚え、デレクもまた家へと戻っていくのだった。



 リコが森に帰ると、フェンリスは同じ場所でずっと待っていてくれていた。その柔らかい腹部に飛びついてリコはデレク達親子との話をフェンリスにし続けた。

 リコは自分では理解していなかったが興奮していたようでその話は留まる事もの無くまとまりもなかったがそれでもフェンリスはただじっと黙って聞いていた。


 その後リコはたまに村へと降りてくると肉を差し出す代わりに食事をしていくようになった。それでもフェンリスの言葉を思い出し、まだ他の人間に警戒心を持っていた。


 「デレクとやらはなんとも無害な男だったが他の人間も全てそうとは限らないよ。人間の生活が分かるようになるまではあまり接点は持たない方がいい」


 その言葉の真意はリコにはわからなかったが、それでもフェンリスは意味のない事を伝えてきたりしない。だからその言葉をしっかりと心に置き留めた。

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