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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第一章 蝙蝠の守護者
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2 欺瞞

 子羊を見つけ、羊達の群れに連れ帰った時、相棒である牧羊犬のポーラの様子が変わった。姿勢を低くし、小さな声で呻き声をあげている。これは……


「獣魔が近くにいるのか」


 それは獣魔の気配を察知した時のサインだった。羊守が牧羊犬を連れているのは二つ理由がある。一つは羊を誘導し、目的の場所へ連れていく事。

 そしてもう一つ重要なことは獣魔に対しての対抗手段として必要だということだ。人間よりも優れた嗅覚を持ちより獣魔の気配に敏感である彼らは羊守にとって最高のパートナーであった。羊守は放牧の必要性から第二区にいることが多い。それ故に獣魔と遭遇する事もままある。


「近いな。逃げ切れそうもない。やるか」


 ヨゼフは背負っていた弓に手をかけた。獣魔に対抗する手段は存在する。生き物である以上急所である心臓や頭を貫かれれば絶命するし、足を射抜けば時を稼ぐことも出来る。

 しかし多少の傷では致命傷にならず、すぐに塞がってしまう上に身体能力自体も高い為、普通の人間ではそれを実行出来ない。その獣魔に対抗できる者は【適合者】と呼ばれる。

 


 常人よりも優れた身体能力を持ち、獣魔に対抗するための武器『結晶機』に適合を持つ者たちだ。ヨゼフの持つ結晶機はその性能から【迅雷の弓レール・アロー】と呼ばれている。

 見た目は銀色の金属出来た弓であるが細部で通常の物とは異なっていた。弓の中心部には弓矢一本がギリギリ入るほどの穴があり、その周りを円状の機材が囲むようにはめ込まれている。また弓の穴の下には指を入れるための穴がある。

 その穴に指を入れると微かな痛みが走る。これこそが彼が適合者である証である。結晶機は人間の持つ魔力により作動するとされており、その魔力を持って様々な能力を得る。

 【迅雷の弓レール・アロー】は雷の加護により、弓に電撃を纏い威力と速度を上昇させるスタンダードな結晶機だ。ヨゼフは風下になるように気を付けながらポーラと共に獣魔の捜索を開始した。


「いたぞ。レッドリンクス……一匹か」


 捜索を開始してから数刻後、ヨゼフのいる小高い丘から見下ろしたところにある草丈の高い草原にそいつはいた。見た目は巨大な山猫のようであった。だがその燃えるような赤毛と規格外の巨体が獰猛な獣魔であることを示している。


 通常レッドリンクスは群れで行動するが、成獣となったオスは群れから追放されると聞いている。その為、未熟な若い雄はこうして庇護下にある地域に侵入し人や家畜を襲う事もあるのだそうだ。このレッドリンクスもそんな一匹だろう。一匹だけなら対処もできる。

 意識を指先へと集中させ、魔力を結晶機に送り込む。すると魔力を動力源とし小さな共鳴音を響かせ結晶機が作動する。そして背中の矢筒から一本の矢を取り出し結晶機の中心にある穴へと差し込んだ。

 この矢は、明らかに異様なものであった。そのすべてが結晶機と同じ金属で作られており鏃も矢羽もない。先端は鋭利な槍のように尖っているものの、後の部分は全て同じ太さとなっている。


 ヨゼフはこの結晶機について実はよく知らない。適合者だった為に羊守という職に任命され渡されたというだけだ。正確にいえば村の誰一人としてその原理を知るものはいない。だが獣魔に対抗し得る武器である点において、彼はこの武器を信頼していた。使えるものは使う。それでいいではないか。

 そして弓を引く。魔力を通じ雷の加護が中心部へと集まり弓矢にまとわりつくのを感じその指先に力を込めた。


「死ね、化け物」


 そして彼が放った弓矢は、雷の加護をうけ人には見えぬ高速で飛行し赤き獣の胴を貫いた。痙攣を起こしながらレッドリンクスはその場に倒れこむ。【迅雷の弓レール・アロー】は絶大な威力を持つがそれでも一撃で獣魔を殺せる保証はない。その為一射目で胴体を狙い、動けなくした後に二射目で止めをさす。次で止めだ。そう思いながら矢をセットし意識を集中させる。その時それは聞こえた。


 “オ――――――ン”


 心の底から凍えるような遠吠え、それは紛れもなくレッドリンクスの雄たけびであった。そのおぞましいほどの叫びにヨゼフは戦慄を覚える。それはその遠吠えの恐ろしさからくるものだけではない。その意味をヨゼフが把握しているからだ。


「チクショウ、仲間がいやがった。まずい、この距離ならあっという間に距離を詰められるぞ」


 射抜かれたレッドリンクスは未だ声を出すことは出来ない。しかし現在も遠吠えは聞こえている。つまり相手は複数だったということ。連射がきかないヨゼフの結晶機はもっぱら奇襲用であり正面きっての戦闘では分が悪い。


「どこだ、どこにいやがる」


 この時ヨゼフは一目散に逃げるべきであった。依然風下の位置は確保しており相手はまだ自分を捉えていない。羊の被害は出るであろうが自身の安全は確保できたはずである。しかし、なんとしても羊の安全を確保したかった彼は冷静さを欠いていた。そして見つけてしまったのだ。草陰に潜む獣魔の影を。


 「見つけたぞ、化け物め。姿を現しやがれ。その瞬間にお前の眉間に風穴をあけてやる」


 草陰に潜む影は、移動を繰り返しながらも用心深く姿を現さない。まるで何かを待っているように。冷汗が全身からにじみ出る。


 このまま時を稼がれれば最初に撃ち抜いた一匹も傷が癒えてしまうかもしれない。かといって最初の一匹に止めをさせば、位置を特定されたちどころに襲われるだろう。草陰に隠れ高速で向かってくる相手に対し、弓の相性は悪すぎる。


「……動けない」

 

 音を無くしたかのような静寂の中で時だけが過ぎていく。その静寂を破ったのは意外なことにポーラであった。ヨゼフ達の裏側の茂みに向かって大声で吠え始めたのだ。


「バカ!!やめろ!」


 これだけの大声で鳴けば、簡単に位置など特定される。ポーラを止めるために後ろを向く。しかしその脅威はもはや目の前に来ていた。そこには子牛ほどの巨体をもつレッドリンクスが今まさに飛びかからんとしている姿がヨゼフ眼前にはあった。そう奴らは三匹いたのだ。




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