6 素直じゃない子は扱いやすい
「本当にお世話になりました。これで母も元気になります」
そう言って頭を下げるデレクの背には来る前に持っていた荷物の他に大量のファンゴスの肉が積まれていた。
結局あの後リコに絞められたが、その後はゆっくりと静養することが出来た。また荷物の中にあったハーブを使い簡易的な保存法をファンゴスに施すことも出来た。その礼としてその肉の一部を譲り受けたのだった。
「もう入ってくるんじゃないぞ。こんな騒動もうごめんだからな」
そう言ってこちらを見ようとしないリコを見つめて本当にひねくれたやつだなと思う。 短い時間であったがリコの性格はとても分かりやすかった。
基本的に裏表がないのだ。本人は隠せているつもりだろうが、本心が透けて見える。今もチラチラと此方を見ているのが分かる。少しでも別れを惜しんでもらえているのかな?そう思えるだけでもデレクには嬉しかった。
「あぁ、もう不用意にこの地に入ってきたりはしないさ。いろいろありがとうな」
その言葉に一瞬寂しそうにこちらを見つめるが、すぐに顔をそらす。初めて同じ人間に出会ったのだ。それも当然なのかもしれない。
それはデレクとて同じことであったが口には出さない。デレクはあくまで侵入者なのだ。本来ならば一瞬で殺されて仕方ない存在なのである。それをドタバタの中で例外的に許されたに過ぎない。
「銀狼様にもご迷惑をおかけしました。この命救って頂いた事一生忘れません」
「私は何もしていないですよ。やったのはこのリコだけで私は見守っていただけ。だけどこの地に二度と来てはいけません。この土地は神聖な場所。本来は人が入ってはならないのです。それだけは心にとめておいてください」
「はい、けっして違えぬと誓います」
すでに雪は止み、村への道もわかっている。これ以上の願いは分不相応というものだろう。
「それでは失礼いたします。本当にありがとうございました」
もう一度頭を下げるとデレクは村へと帰っていった。リコはその後ろ姿をずっと見つめていた。あれほど弱いあいつなら簡単に命を落としてしまうだろう。それがとても気がかりで心配だった。
「デレクが気になるかい?」
「そ、そんなわけない!なんであんな奴!」
「そうかい。だが久方ぶりの客人だ。村までの案内を頼もうかと思っていたけどしかたないねぇ。嫌がるだろうがゲリに頼もうか」
その一言にリコは顔色を変えて慌てだす。ゲリたちのデレクへの感情はずっと見て取れた。そんなことをすればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
「ダメ!そんな事したらゲリが食べちゃう」
「おや、どうでもいいんじゃなかったのかい?」
リコは何とかそれを拒む理由を考える。その間フェンリスはずっと微動だにせぬままその顔を微笑みながら見つめていた。
「あいつに会った時村に助けると言った。例え戯れで言った事でも約束は約束だ。約束は守るものだろう?」
リコがなんとか絞り出した言い訳にフェンリスはうなずきながら応える。
「そうだね。じゃあデレクへの道案内を頼めるかい?」
「わかった!」
リコはそう言うと嬉しそうにデレクの方へと走り出した。その様子に少し可笑しくなりながらフェンリスはリコを呼び止める。
「リコ、ちょっと待って」
その言葉に勢いよく飛び出したリコは雪道の上で滑りそうになりながらも急ブレーキをかけて着地し、フェンリスを振り返る。そして振り返ったその先でフェンリスが加え投げた投げたそれを受け取る。
「これを持って言っておやり。人の病にきく薬草だ。煎じて飲ませるがいい。それと私は確かにデレクにこの土地に来るのは禁じたが、この土地の者が外の地域に出るのは禁じてはいないからね」
リコは一瞬どういうことか考えた後、嬉しそうに満面の笑顔を浮かべた。
「ありがとう!行ってきます!」
そしてリコはデレクの後を追っていった。その姿を見送った後、唸り声を上げながら近づいてくる二匹の影がフェンリスの側へとやって来た。
その二匹に対してフェンリスは語り掛ける。それは人には理解しえぬ獣の言葉。そして二匹はもう一度不満そうな唸り声をあげるとすごすごと森へと帰っていった。
「さぁこれからどうなっていくかね?願わくはこの出会いが幸せな物であってほしいのだけど」
そうつぶやくフェンリスはずっと二人が去っていったその道を見つめていた。




