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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第三章 銀狼の若姫
24/69

1 獣?それとも

『 ねこふんじゃった

  ねこふんじゃった

  ねこふんずけちゃったらひっかいた  』



 うっそうと生い茂る森を、陽気な音楽と共にガタガタと時たま何かに引っかかる音を響かせ馬車は進む。その歌声の主は気持ちよく頬にあたる春の風を楽しんでいた。ガタン、と大きな音がすると、馬車はぱったりと動きを止め、吟遊詩人ジンの唸り声があたりに響く。


「げ、またかよ。この道、なんとかならんのか?」


 恐らく荷台に何かが挟まったのだろう。馬車から降りながら不満を漏らすジンの頭上から、声がかけられる。


「通るのは獣ばっかりなんだから仕方あるまい。あんな感じのな」


 そう喋る馬カーズに促されて、ジンはその森の先へと目を向ける。そこには唸り声をあげながらこちらを威嚇してくる獣が二匹。


「いや、獣だけとも言えねぇみたいだな」


 そのジンの言葉に反応したように、一つの影が動き出す。


 「貴様、人間か」


 その声と共に現れたのは、茶色の獣の毛皮を身にまとう一人の少女。そんなありえないはずの光景にジンとカーズはお互いの顔を見合わせる。


 「いや、間違えた。獣の群れで合ってたみたい」


 そうつぶやくと、一人と一頭は面前の獣たちへと歩みだす。ここはゴート山脈に広がるノンドベル大森林。ユグドラシル大陸最果ての地において、そこに生きる生き物たちは過酷な環境の中でそれでもなお力強く命の連鎖を営み続けていた。




***************************





 小さい頃の記憶に最初に出てくるのは、大きな青い瞳。


「捨て子か」


 その言葉に、私は手を伸ばす。その美しい銀色の毛皮に触ってみたい、そう思った。きっとその時の私は笑っていたのだと思う。


 そして目の前に広がる巨大な口、そこには鋭く生えそろった牙があった。その口はそのまま自分を食らいつくす……ことはなくやさしく咥え、風のような速度で私を運んでいった。


 その後、洞穴の奥深くに着くと最初の夜はそのふわふわな尻尾にくるまれて寝た。その尻尾はとても暖かくて気持ちよかった。気が付くと朝になっていて、自分を包んでいたふわふわが無くなっているのに気づいて泣いた。

 泣きつかれいつの間にか眠ってしまっていると、ふわふわが目の前に帰って来ていた。その尻尾を追いかけると目の前に懐かしい匂いがする。その匂いがする所を咥えてみる。

 一瞬ふわふわはビックリした様に少しだけ動いたがそのままじっとしていた。すると口の中にとても甘い物が広がってきた。その味に夢中になってしゃぶり続けていたが、満腹になるとまた眠くなってしまった。


「安心して眠りなさい」


 そのやさしい言葉はどこかで聞いたような気がしたが、それが何かはわからない。そのまま私は深い眠りへと戻っていった。


 その後私はリコと名をつけられすくすくと育っていった。成長するにつれてそのふわふわは様々な事を教えていった。最初に教えて貰ったのは言葉。

 ふわふわは様々なものを持ってきてはそれがなんなのか教えてくれた。それは食べる物なのか、食べちゃいけないものなのか、危険な物なのか、そうでないのか。日が当たるうちにはそうやっていろいろな物を触りながら言葉を交わし、日が沈めば尻尾にくるまれて眠りにつく。


 時が経ち二本足で立って走り回れるようになると、初めて洞穴の中から出た。初めて見る外の世界は緑にあふれていた。最初ふわふわをまねて四本足で飛び出そうとしたがおもいっきり尻尾で転がされた。


「貴方は私と違うのだから二本足で歩かないといけないよ」


「なんでいけないの?私もふわふわといっしょがいい」


「わがまま言っちゃいけません。それとこれからは私の事はふわふわと呼んではいけませんよ」


「えー、だってふわふわはふわふわだよ?」


 顔をかしげて不思議そうにするリコに、その声の主は少し顔をほころばせてこう言った。


「そうね。それでも私にはちゃんとした名前があるの。お前にリコという名があるようにね」


「ふわふわにも名前があるの?ねぇ教えて!」


 そういってピョンピョンと飛び跳ねながら聞くリコを咥えて、その背に放り投げる。柔らかな銀色の毛皮の上に着地すると、掴まっておきなさいと命じられる。

 その通りに両手でがっしりとその毛をつかむと、ふわふわは軽々とその険しい山肌を超えて行く。そしてフェンリスは時々私の様子をうかがいながら休憩をはさみ、ついに山の頂上にまでたどり着く。必死にその背にしがみついていたが、フェンリスが止まったのを確認すると顔を上げた。そして目にした光景に私は言葉を失った。


「よく覚えておきなさい。リコ


 私の名はフェンリス


 この目の前に広がるゴード山脈。その守護者

 

 ここから見えるその全てが私の宝物


 そして貴方もその一つなの」


 眼前に広がるのは遮るものなど何もない一面の青空。その眼下には悠然と佇むゴート山脈の山々。その全ての山々の頂きは荒々しい岩肌に深い雪化粧を身にまとう。雪が無くなるほど下流へと進んだ先には全てを拒むかのような断崖が続いていく。

 さらにその先を見やると青緑色の草原が広がり、最後に見えるのは深緑の中に沈んでいくような大森林。その時の私はその場所から見える全てを知らなかったけど、それがとても綺麗な物だという事はわかった。

 だから手当たり次第に見える物の名前を聞こうとした。自分の感じた事をフェンリスも知ってもらいたいと思ったから。それでも口は思うように動かない。その代わりに大きなくしゃみを一つすると自らの体の異変に気付いた。フェンリスの毛皮からはみ出した顔に猛烈な痛みを感じる。それと同時に全身が震えだす。


「さぁ帰るとしよう。本当はここまで来るつもりはなかったんだ。だけどリコはとっても強い子だね。ここまで来てもピンピンしてる。これはこれから忙しくなりそうだ」


 そう言うと来た時と同じく風の様に山を下って行った。登る時よりも身体が軽くなる感覚が強くなり何度か振り落とされそうになるが、そのギリギリの所でフェンリスは速度を落とした。でもその時はその事すらわからなくて、ただただ必死にしがみついていた。




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