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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第二章 海神の音楽祭
23/69

7 海神の祠

 翌朝、ウェリニアの街は昨日の熱気が残っていたかのように濃い霧に覆われていた。鶏が鳴くよりも早い早朝でまだほとんどの人は眠りについていたがその霧の中を動き回る影がいくつか。

 その影達は未だ撤去されていない音楽祭用のステージへと別れていく。そして太陽が海面から顔を出すと同時に影達は一斉に音楽を奏で始めた。

 街中で鳴り始めた様々な演奏に人々は何事かと起き出す。そして聞こえてきた喧騒により街は一気にざわついた。


「吟遊詩人ジンがいるぞ!」


「急げ!これを逃せばもう聴けないぞ!」


 煽り立てるような声に人々は一斉に街へと繰り出し一瞬でウェリニアは大混乱となった。数あるステージにはジンと同じような背丈に白いローブを身にまとった奏者が演奏を続ける。

 だが誰一人として歌を歌う事はなかった。ジンは音楽祭にて楽器を演奏しなかったので歌わなければ誰が本当のジンなのかわからない。

 吟遊詩人相手にフードを取ろうとする勇気ある者がいるわけもなく、そうなれば街には様々な情報が飛び交い混乱は拍車をかける。


「西の端の奏者が本物らしいぞ!」


「いや東の奏者の演奏は只者じゃなかった。あれが本物だ!」


 飛び交う情報に踊らされ人波はその数を増やしながら、道に波打つ。その光景を高台から見下ろす男が一人。


「そろそろかな?」


 そうつぶやくと男はゆっくりと人の少ない海沿いへと歩き出すのだった。



「なんだかえらい騒ぎになってたが大丈夫なのか?」


 カーズの背に乗りながら、ジンは後ろにいるケーラに話しかける。恰幅の良い彼女をカーズに乗せるのは苦労したが、なんとか台を使う事で鐙に乗ることが出来た。


「騒ぎにするのが目的なんだからいいのさ。


 あの子達もいつになく観客が集まっているから嬉しいだろうよ」


 白いフードをかぶっていたのは店に訪れていた客達の子供達だった。その目的は街に騒動を巻き起こすこと。皆の関心が偽物達に行っている間に領主の館からジンの荷物を持ち出し、ジンはケーラと共に捧演の祠へと向かう。特に霧が出て顔の判断が出来ない朝ならば時間も稼げるという理由からこの早朝に計画は決行されたのだ。


 結果は上々。街は大混乱に陥り、荷物はケーラの仲間が領主の館から運び出し持ち出した。そしてジンとケーラを乗せたカーズは誰に見つかる事もなく目的の場所へと向かっていた。


「それよりカーズあんたが大丈夫なのかい?


 自分で言うのもなんだが結構重いだろう?」


 ケーラは心配そうにカーズをなでる。どうしてもその背に乗れないケーラを見かねてカーズは彼女に話しかけていた。最初は驚いていた彼女だったがあっさりと受け入れた。吟遊詩人なのだからそんな事もあるだろうと。


「女性を背に乗せるのぐらいなんのことはない。


 いつもはこいつにもっと重労働させられているんでね


 むしろ優しい言葉をかけて頂いて光栄なぐらいだよ」


 まぁ嬉しい、そう平然と話すケーラにジンは違和感を覚えるがその疑問を尋ねる前にケーラは前方に見えてきた洞窟を指さした。


「あそこが海神の祠の入り口。


 吟遊詩人が捧演を捧げる場所よ。


 さぁあと少し頑張ってね」


 濃い霧でぼんやりとしか見えなかったその洞窟は、海面から太陽が昇り始めるとその姿を現す。岬の下にあるその洞窟の入り口は人がギリギリ入れるほどの大きさで手前に巨大な岩の影に隠れ案内がなければ見つけるのは難しかった。

 洞窟の入り口にカーズを残し、二人は五分ほど暗く湿った道を進むとその先にあったのは青く広がる幻想的な光景だった。


「これは……凄いな」


 ジンも初めて見る光景に息をのむ。そこは先ほどまでの狭い道ではなく開けた空間。四メートルはあろうかという天井には足元に流れ込む海水により反射した太陽の光が青い光を灯す。その先にあったのは海上に浮かぶ石のステージと小さな祠だった。


「そろそろ来るんじゃないかと思っていましたよ」


 祠の影から現れたのは聴き覚えのある声だった。


「あんたの娘さんのおかげで散々な目にあったぜ?領主様よ」


 ジンは不機嫌な声を隠さずこの国の領主へと声をかける。ルチアーノはため息をつきながらジンへと頭を下げる。


「申し訳ありませんでした。ですがテレサは心からあなたに恋い焦がれていた。それを止める事が出来なかったこと心より謝ります。彼女にはあとでしっかりと叱っておきます。


 だが正直に言うと私は貴方が逃げてくれた事にほっとしているのです。大事な初孫が片親しか知らずに生きていくというのは忍びない。その寂しさを知っている私からするとね」


 その一言にジンは意外そうな顔をする。てっきりテレサの夜這いはルチアーノも知った上での行動と思っていたから。その表情に逆に困惑したのはルチアーノだった。


「おいケーラ!!話をしてなかったのか?私がそんな事望む訳がないだろう?」


 慌てた様に言うルチアーノにケーラは両手を掲げながらおどけて見せた。


「ごめん、ごめんあんたとのつながりがわかったらこの子に警戒させちゃうと思ってさ」


「あんたはいつだってそうだ。面倒な事は全部俺に押し付けて」


「なにを!師に向かって何を言うのさ!」


 親しそうに話していた二人に一人事態が呑み込めないジンだったが、だんだんとエスカレートしながら話が終わりそうにないとみると無理矢理二人の会話に割り込む。


「ちょっと待て。頼むから一から説明してくれ」


 そう頼み込むジンに二人は同時に振り向きながら


「「うるさい!黙ってろ(な)!」」


 と怒鳴り声をあげる。その後も二人の言い争いは終わらず、諦めたジンは結局その場に座り込んで洞窟の中を眺める事にした。依然天井には青い光が揺らめき見ていて飽きない。ただその景色に流れるBGMは洞窟の中で反響するやけに綺麗な声の怒鳴り声だったが。ジンはそうやって嵐が通り過ぎるのをずっと待つのだった。




「つまりはこういう事か?


 ケーラは30年前に来た吟遊詩団に才能を見込まれて歌の手ほどきを受け、それをルチアーノに教えた。


 そしてルチアーノは領主となりケーラはアントニーと店を開いたと?」


 ジンはようやく落ち着いた二人からの説明を整理する。確かに今まで感じていた疑問は全てその説明で理解が出来た。なぜ吟遊詩人特有の癖を持っているのか。ケーラがカーズにあまり抵抗なく受け入れた事や簡単にジンの荷物を持ち出せたことにも納得がいく。

 吟遊詩団に喋る動物がいることは珍しくないし(あまり表には出さないが)領主の館にあった荷物が簡単に持ち出せたのもその領主がグルなら容易だ。


「そういう事。あの時の吟遊詩人は私をかなり気に入ってくれえてさ。絶対に他人に話すなよって言いながらいろいろ教えてくれたんだよ。

 

 私も領主なんかになる気はなかったんだが、音楽祭には出たくてね。それで20年前に開かれた祭りに試しに出たらあっさり優勝しちまったのさ」


「だがそんなに簡単に領主の仕事が務まるのか?」


「そうなんだよ。めんどくさい事ばっかりでさ。


 それだけならまだ何とかなったんだが何より好きな時に好きな歌を歌えないってのが耐えられなかった。領主の仕事のせいでまだ結婚してなかった旦那とも会う時間が無くなるし。


 ここを知っているのはその時に前の領主に教えられたから。領主なんかやりたくはなかったけど大事な仕事だからね。投げ出すことも出来ない。それに音楽祭を開けば領主は絶対でないといけないし、手加減も出来ないから負ける事もない。そんな事したら海神様の怒りに触れかねんしね。


 そんな時にこのルチ坊が私の所にやって来たのさ。歌を教えてくれってね」


「ルチ坊はいい加減やめてくれ。これでも一応領主なんだからさ」


 うんざりした様に話すルチアーノは胡坐をかいて座っていた。そこには館であったような張りつめた空気はない。だが恐らくそれが素なのだろう。遠慮のない言い方からそれを察することが出来た。


「可愛くないねぇ。誰のおかげで領主になれたと思ってるんだい?」


「面倒くさがりの前領主様のおかげですよ。


 この人本当に領主として歌関係のこと以外本当になにもしてなかったんだから。


 まぁそれでも歌だけは本当に凄かったから優秀な人達が黙って働いてくれたんですけど」


 ジンは飲んだくれながらも、ケーラの一言で機敏に動いた客達を思い出す。確かに彼らの動きは機敏で的確だった。たった一夜であれほどの騒ぎを作り出すほどに。


「それも仁徳ってやつさね」


 そう豪快に笑うケーラにルチアーノはため息を吐く。その姿には全てをあきらめたような哀愁があった。今までの苦労を思い出したかのように沈み込むルチアーノを背にジンはケーラに素朴な疑問をぶつける。


「だがケーラはなんでルチアーノに歌を教えたんだ?他にも教えを乞う奴はいただろうに。ルチアーノ以外にはその癖は見られなかったと思うが」


 ケーラは少し戸惑った表情をすると小声でジンにだけ聞こえるように答えた。


「私に歌を教えてくれた吟遊詩人に言われていたんだ。もし弟子を取りたくなったら一人まではその技術を教えてもいい。でもそれ以上はダメだと。だから私も一人しか教え子を作る気はなかった。彼には感謝していたから。


 それで弟子を決める選考会をしたのだけどそれがルチ坊との出会いだった。その時のルチアーノはまるで捨て犬のような顔をしていた。吟遊詩人の子として生まれ父親のいない寂しさで荒れていた時期だったらしい。親への反抗から音楽を遠ざけ、周りの人間に当たり散らしていた。だから厄介者として有名だったんだ。


 それでも私の演奏を聞いて、心から自分もこうなりたいそう思ったんだと必死に訴えてきてね。年も私と5歳しか違わなかったし、評判も最悪だったから周りからは反対されたけど結局私の一存で押し通した。


 大変だったよ、最初は本当に何も歌や演奏に関して知らなかったんだから。この国ではありえないほどにね。それでも周りの人間に負けないように必死に努力し続けていた。そしてあっという間に私すらも超えてしまったよ。


 それはルチ坊の歌を聞いたあんたならわかるだろう?」


 満足そうに笑うケーラにジンも頷く。


「そうして私は無事領主から解放されたってわけさ。


 やっぱり私には見る目があるね。


 そう思わないかい?」


「だが一つあんたは見落としていた。

 

 ルチアーノの気持ちを。


 違うか? 」


 ジンの言葉に驚いた表情を見せたケーラだったが、その返事はケーラではなくルチアーノが引き継いだ。


「そうです。この場所で音楽祭後彼女に求婚しました。見事に振られましたけどね。おかげで今の妻と結ばれことが出来ました。私の人生最大の幸運だったと思っています」


 いつの間にか現実世界に戻っていたルチアーノはジン達の側にまで歩み寄っていた。その言葉に彼の師はムッとした表情を見せる。


「そんな言い方ないだろうに。


 もっと師を敬え!


 かつての憧れの女性でしょ!?」


「いえいえ、若気の至りとは怖い怖い。


 本当に振っていただいて有難うございました。


 おかげで今も私の妻は美しいです。


 体が二倍ほどになった我が師を反面教師にしてね」


 またギャーギャーと言い争いを始めた二人を止めるのを早々に諦めたジンは洞窟の美しい景色へと目を向ける。吟遊詩人は国を巡り、人と出会う事でその歌声に深みを増すと言われている。それは人々との出会いの中で、様々な感情と向き合っていくからだと思う。


 それはきっと吟遊詩人に限ったことではないのだろう。旅をしていなくとも一つの失恋が彼の歌に深みを与えたように。


「平和だなぁ」


 ジンはそうつぶやきながらいつまでもその青い光を眺めるのだった。







 ジンは捧演を済ませると運ばれていた荷台をカーズに引かせてそのままウェリニアを去った。その姿が見えなくなるまでルチアーノとケーラはずっと見送っていた。


「噂通りありゃ凄いわ。


 さすがのルチ坊も落ち込んだんじゃない?」


 ケーラのその言葉にルチアーノは首を横に振る。


「まさか。逆ですよ。


 まだまだ上を目指せると知りました。


 正直自分でも限界を感じていましたがね。勉強になりました。


 帰ったら皆とまた練習しなくては」


 平然とそう言ってのける愛弟子にケーラは半ば呆れた。これは当分の間領主が変わる事はなさそうだと。


「全くあんたは間違いなく吟遊詩人の子供だよ。仕方ない久しぶりに私も手伝おうかね」


「それは嬉しい。でもその前に街の混乱を解かないと。それに領主の選挙もしないといけないし。この騒ぎを起こしたのはケーラなんだからちゃんと皆に説明して貰いますよ。」


 そのとたん嫌な顔をするケーラを引き連れてルチアーノは街への道を進んでいくのだった。






「どう思う?」


「どう思うって何がだ?」


 ガタガタと馬車の車輪の音を響かせながらジンは次の国へと進んでいる道中で相棒へと話しかける。当然ながらカーズはなにを言っているのか分からず全く同じ質問で聞き返した。


「ルチアーノの父親だよ。


 なんか誰かに面影があった気がするんだけどなぁ……」


「何人いるかもわからん吟遊詩人全員を分かるわけがないだろう。


 そんな考えても仕方ない事よりさっさと今日の寝床を探してくれ。


 そろそろ日が落ちる。まだまだ俺達の旅は続くんだから」


 確かにすでに太陽は傾き、海は真っ赤に染まっている。もはやウェリニアの街を見る事は出来ない。すでに庇護地域は超えて進むのは無人の荒野だ。


「全く少しは旅を楽しむ心ってのがないんかね?まぁ探すけども」


 反応の薄い相棒に文句を言いながら、雨宿りの出来る場所を探す。そう彼らの旅はまだ続くのだ。この美しくも寂しい荒野よりも新たな人との出会いを心待ちにしよう。


 それが吟遊詩人である証なのだから。


これにて第二章終幕です。


かなり短めの章ではあるんですが書きたかったことは書けたので満足です。


次章は第一章と同じぐらいの量になる予定です。


今後とも引き続き拙作を読んでいただけると幸いです。

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