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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第二章 海神の音楽祭
19/69

3 吟遊詩人は案外ちょろい

 その光景をジンは完全に観客として眺めていた。想像以上であったルチアーノの実力とウェリニアの民の熱狂に圧倒されていたのだ。だがステージからの言葉によりジンは傍観者から舞台の一員として引き上げられる。


「だが音楽祭はこれで終わりではない。この場において紹介しよう。


 世界をたった一人で旅する気高き吟遊詩人ジン殿だ!


 さぁステージにお上がりください!」


 未だ先ほどの余韻が収まらぬ会場に二筋の光が照らされ、ジンの姿が浮かび上がる。そして人々の熱を帯びた視線が一斉に向けられる。その視線には期待と興奮、そしてなによりも己の国への自負が見て取れた。


 これ以上の演奏がお前に出来るのかと


「やってくれる。売られた喧嘩は買わないとなぁ」


 そう言いながら、意気揚々とステージへと向かうジンにため息をつきながらカーズは呟く。


「なんだかんだでお前って単純だよな」


「駄馬は黙ってな。ここまでやられて吟遊詩人がじっとしてられねぇよ」


 小言の五月蠅い相棒を振る向きもせずにジンは熱狂の中心へと階段を登っていくのであった。


「さすがジン殿です。


 躊躇もなくこのステージに上がられるとは。


 今までの吟遊楽団の皆様は多少の戸惑いが見られたのですけども」


 ステージの中心で微笑みを絶やさないままルチアーノはジンへと手を伸ばす。


「全く大した奴だよ。


 おそらく俺以前の奴らにも同じことを仕掛けたな?


 先ほどの演奏以上など何の準備もなしには吟遊楽団にも出来る者は少ない。


 吟遊詩人すらも自分の演奏を印象付ける舞台にするとはな」


 伸ばされた手をしっかりと握り返す。吟遊楽団ならばこの舞台においても実力は発揮しきるはずだ。だがそれでも恐らく先ほどの演奏には届くまい。


「そのようなことはありません。


 私はただ吟遊楽団の皆様に音楽祭の最後を飾っていただきたかっただけです。


 まぁ吟遊楽団の方が来られてから必ず音楽祭を開くようになったのは私が領主になってからですが」


 その言葉にルチアーノの己がもつ歌への自信が見て取れた。このような手段は吟遊楽団の反感を買うかもしれず、しかもその度に領主を追われる危険だってある。それでも彼は今も領主としてここにいるということは常に勝ち続けてきたのだ。


 この熱狂のステージの上で。


 そして今までは彼の思惑通りになっているといえるだろう。吟遊楽団とて誇りがある。よりによって歌で国を持つ者に負けたなど口が裂けても言えないだろう。事実今までそんな報告は受けてこなかったのだから。


「いいだろう。


 俺としてもこれほどのステージは願ったりかなったりだ。


 上には上がいる事を見せてやる」


 ジンは笑顔を浮かべ手を放すと、そのまませり出したステージの前部へと進み出る。


 その姿が再び光によって照らされると埋め尽くす観衆は大歓声をもってジンを出迎えた。その迫力と熱量に一瞬たじろぐ。これは確かに常の捧演とは別物だ。だがこれしきでたじろぐならば世界を一人と一頭でめぐる旅など出来はしない。


「ウェリニアの皆様。私はジン。


 領主ルチアーノ様にご紹介いただいたように一介の吟遊詩人だ。


 このような音楽祭に招いて頂いた事心より感謝申し上げる」


 ジンは帽子を取りながら満員に膨れ上がった観衆へと名乗りを上げる。その澄み切った少年の声は熱狂の中にあった会場に響き渡る。ただそれだけで熱そのものとなったかのような歓声は清らかな水が降り注いだかのように静まり返る。


「綺麗な声……」


 一瞬の静寂のなかで呟かれたのはどれも同じような言葉だった。ルチアーノの低く力強い歌声とはまるで逆の高く凛とした声。そして光に照らし出されるのは銀髪の少年の姿。その神秘的な気配に人々は固唾をのんで演奏を待つ。


「これよりの歌は我ら吟遊詩人が代々語り継ぎし神々との契の歌。どうか心静かにお聞きくださいませ」


 ジンが選んだのはダラスで捧げた時と同じ神獣との誓いの歌の一つ。この会場を支配するルチアーノの作り出した熱気を上回る為にはそれ程までの覚悟が必要だとジンは判断していた。


 そしてジンは楽器も持たずアカペラで歌い始める。それは広大な会場においてあまりにはかなげで頼りない。また歌詞を理解できる人間は誰一人としていないだろう。だがジンの少年の透明な歌声は一瞬で観衆の胸に響き渡る。それは最高潮まで燃え上がったウェリ二アの人々の熱狂を静かにゆっくりと鎮めていった。


 ジンは観客の反応に確かな手ごたえを感じ、さらにその歌声をより高く、美しく響かせる。ジンの歌声がその古代の詩を奏でる毎に先ほどのまでの騒乱が嘘のように会場は一切の無音に包まれていく。ただ唯一ジンの歌声を除いては

 

 そしてジンの演奏が終わった時に広がる景色はルチアーノとは真逆の物であった。誰もが微動だにしない。聞こえてくる拍手はまだら、歓声も上がらない。だが観客の目線はジンを捉えて離さなかった。


 あれ?これはやっちまったか?そうジンが思ったと同時に後ろから会場に響き渡る声が上げられた。


「以上、吟遊詩人ジン殿の素晴らしい演奏でした!!皆、盛大な拍手を!!」


 その一言でやっと正気に戻った観客はルチアーノ以上の歓声を以てジンの演奏に最大の称賛を送るのだった。その歓声にほっとしたジンはゆっくりと一礼をするとステージを降りた。


「素晴らしい演奏でした。


 あの演奏の前では私の歌など霞んで見えます。


 正直な所私にもそれなりの自負があったのですが自らの傲慢を恥じるばかりです。勉強をさせていただきました。


 さぁ今日はお疲れでしょう。投票は明日になります。


 それまではどうぞ我が屋敷にてごゆっくりとお休みください」


 舞台裏で待っていたルチアーノはあっさりと負けを認める。それに対しジンもまた素直な感想を口にする。


「そうさせて貰います。


 ですが貴方の歌も心から感嘆するものだった。


 間違いなく吟遊詩人以外の人間の中ではあなたは一番の歌手だ。


 貴方の歌がいつも聞けるこの国を羨ましく思うよ」


 両者はガッチリと再び握手するとそのまま会場からは見えぬ道を通り先日まで泊まっていた館へと歩を進めた。



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