15 それぞれの未来
その後のダラスはジンの言う通り混乱の時期となる。バレル城下へと帰ると街は騒然としていた。ヨゼフがセト達と対峙している時と同時に街にも蝙蝠の大群が押し寄せ、いくつかの館が襲われたのだという。
一連の報告を、セトを引き連れバゼル様へと報告すると、セトによって暴露された関係者達は一斉に捕縛された。その中には蝙蝠の大群によってすでに死んでいた者もいたがそうでない者もおり多くが死刑を宣告された。
全ての悪因となったセトは他に死刑が決まった者達と共に手足を縛られ何も持たぬまま壁へと連行された。セトは最後まで醜く喚いていたが庇護の壁の中で一か所だけある高く積まれた石壁の上の処刑台から壁の外へと叩き落されるとその後彼の声を二度と聞くことはなかった。
多くの有力者が蝙蝠によって死に、死刑となった者の中には様々な技術を持っていた者も多くいたので、一時的に技術が後退しまい様々な障害が出た。だが、バゼルやヨゼフの指揮の下ダラスの民たちは知恵を出し合いお互いを支えていく。
その中で特にヨゼフを助けたのはアルク指揮下の者達だった。実はセトによりアルクの悪評は広げられていたが、彼自身は直属の部下に慕われておりその本心を知る彼らの結束は固かった。それ故に事件の後全員が出頭し、自ら罪を受けようとした。
それに対しヨゼフはバゼルに追放を免除し国に尽くさせるよう懇願した。彼らは国を思い行動した。その罪は指揮官であるアルクが負うべきものであり、彼らが負うべきものでないと。だがそれでも彼ら自身は自らの罪を恥、罰を受けようとしていたがそれを止めたのはリゼであった。
「アルクが私の為に罪を犯したことは聴きました。そして貴方たちはそれを知りながらアルクと共にあったことも。
私はそれを正しいという事もアルクを許すことも出来ません。それでも本当にあなた方がアルクの事を大切に思ってくれていたのなら、どうかお願いです。生きてください。
わたしもまたその大罪人アルクによって生きながらえさせて貰っている。その上で生きる私も又きっと罪人なのでしょう。
でも私はそれを恥じて生きたくはない。私はその罪を背負い生きていきたい。それが亡くなってしまった人たちへの責任だと思うから。
それでも死にたいというならば止めません。ですが共に私達と歩いてくれるというならばそれに勝る幸せはありません。同じ罪人として生きてはくれませんか?」
その言葉にアルクの部下達は泣き崩れ、リゼに忠誠を誓った。そして彼らは新たな主の為に十分に尽くした。彼らの多くはアルクからもし有事が起きた時の為に様々な事を知識として学んでおり、治安を守るだけでなくあらゆる分野でヨゼフとリゼの助けとなった。
きっとアルクはこうなる事を予測していたのだろう。だからこそ自分が死んだとしてもこの国が立ち直れるようにずっと策をねっていたのだ。
ただ自分の愛する女性を救うその為だけに。
全てが終わった後でもヨゼフはアルクを許すつもりはなかった。彼が奪ったものはあまりに大きすぎたから。それでもひっそりと作られた彼の墓には毎年二輪の小さな花が必ず添えられる。不器用でそれでもただ忠実であり続けた彼を思って。
そして大きな犠牲をはらい、傷つきながらもダラスの国はゆっくりとだが確実にその落ち着きを取り戻していった。
ヨゼフはバルコニーの一角で椅子に座りながら眠っていた。髪は白く染まり多くの皺は数々の苦難と年月を刻んでいた。
「あなた、お茶が準備出来ましたよ」
その横にあったのは、同じく時を刻んできたリゼの姿。
「あぁ、ありがとう」
「何を考えてらしたのですか?」
「若かったあの頃の事を思い出していたんだよ」
リゼと結ばれ領主となって数十年。いまや城も離れ、領主としての仕事も息子に譲っている。過ぎた時は今思えば一時の事に感じる。領主として忙しい日々の中では一日一日の務めを果たすので精いっぱいだった。
だがこうして穏やかな日々を過ごす中で浮かんでくるのは若き日に出会った銀髪の吟遊詩人の事。あれから今まで数多くの吟遊楽団がこの国を訪れたが、結局彼がこの国を再び訪れる事はなかった。吟遊楽団が訪れるたびに銀髪の吟遊詩人の事を尋ねたが彼らは多くを語らなかった。ただ彼の歌を褒めたたえる。それだけだった。
そういえばもう一つ気になっていた事がある。ジンとの出会いのきっかけになったあの鬣付の事だ。最近になって羊守となった孫の一人から聴いたのだが、壁の近くで群れを率いている巨大なレッドリンクスがいたらしい。
そのレッドリンクスは見事なまでの鬣をなびかせながらダラスを見下ろしていたそうだ。あの時自らの道を見失っていた一人と一匹は、時を経て自分の居場所を見つけられたのかもしれない。両者はもう二度と交わることはないだろう。
人には人の、獣には獣のそれぞれの世界を生きていく。それが良い事なのかはわからない。愛する人の為無理矢理世界を変えてしまおうとした者もいた。その世界の為に自ら命をなげうった者もいた。彼らはいまのダラスを見てなんと思うだろう。情けない奴めと笑うだろうか?それでも、まぁ、悪くはない。そう思わないか?
「結局二度と会うことは出来なかったな」
ヨゼフはすでに自らの終わりの時を自覚している。確かにジンと再会が出来ないのは心残りではあった。だがこれもまた運命なのだろう。
それでも彼の事はきっと後に続く者達が語り継いでくれるだろう。この国を救った一人の吟遊詩人の事を。もちろん全て本当の事を伝えたわけではないのだが。
数世代後に彼と自分の子孫が再会することもあるかもしれない。その時には一方的にした事ではあるが私達の約束が果たされるかもしれない。そんな事を想像しながらヨゼフは春のまどろみの中で静かな眠りの世界へと戻っていくのだった。
荒れ果てた荒野の中で、カタカタと車輪の音が響く。その馬車を引くのは巨大な青鹿毛の黒馬。それを御す銀髪の少年が一人。
「なあ、お前、覚えてないか?どっかの国で食った独特な香りのするスープ。あれまた食いたいなぁ。」
「そんなあやふやな情報でわかるかよ。第一俺はどこの国でも食ってんのは干し草なんだから、味なんて知らねえよ。」
「まぁそうだよなぁ。元気にしてるかねぇ。あいつら。」
「誰の事を言ってるのかわからんが、そろそろ準備した方がいいんじゃねえか?もうすぐ次の国に着くぞ。」
「そりゃそうだ。それじゃ今日も元気に頑張りますか!」
そして彼らの旅は続いていく。その旅に終わりがいつなのか、それはまだ誰も知らない。それでも彼らは進んでいく。時に滑稽で、時に残酷な、それでも日常にあふれる幸せの物語を求めて。
これにて第一章、蝙蝠の守護者は完結です。
これまで拙作を読んでいただき本当にありがとうございました。
基本的にはこのぐらいの長さを一章として完結させるつもりです。
次章も現在制作中です。
今後も引き続き読んでいただけますと幸いです。




