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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第一章 蝙蝠の守護者
15/69

14 『魔王』

 余りのまぶしさに目を瞑ったヨゼフが目を開けた時、そこにあったのは空中で静止した数々の矢であった。まるで見えない壁が突然出現したかの光景に全ての人間は呆然と空中で止まった矢を見つめていた。ただ一人を除いて。


「そうとも限らんさ。力なんてもんは案外あっさりひっくり返る。こんな風にな」


 その言葉に全ての視線が声の主へと向けられる。


 カツ、カツ、という馬の蹄の音と共に暗闇から巨大な馬体が現れる。その眼前にはヨゼフ達を取り囲む隊員達の姿があったが、その存在を無視して青鹿毛の黒馬は進んでいく。その迫力にあっさりと隊員共は道を譲り、ヨゼフ達の目の前へ彼は再び現れた。


「すまんな、時間と場所を伝えてなかったからこっちから来るしかなかったわ。どうだ、そいつは役に立っただろう?」


「な、なんでこんな所に来た!」

 

「なんでって約束しただろう?二日後まで待つと。まぁ予想とは違う形になったみたいだが」


 何事もなかったかのようにジンはカーズから降りると、左手を何もない場所と掲げる。すると空中で静止していた全ての矢は突き刺さっていた見えない壁が無くなったかのように勢い無く地面へと落ちていく。

 ヨゼフは呆然とその歩み寄る吟遊詩人を見つめていた。だがその胸に強い力を感じ、その先を振り返るとそこには息も絶え絶えになりながらジンを見つめるアルクの姿があった。


「吟遊詩人ジン……私に、こんな事をいう資格がないことは……わかっている……


それでもお願いだ……頼む……リゼを……」


 息をする事すらも苦しいのだろう。それでもアルクはジンへと語りかけつづける。その鬼気迫る表情にヨゼフは何も言う事が出来なかった。

 遂にジンはヨゼフ達の目の前にまでたどり着く。そして膝をつき、アルクに何かをささやきかける。するとアルクは眼を見開きジンをじっと見つめると安心したかの表情でその瞳の光をなくしていった。


 ヨゼフは今まさに死にゆかんとするかつての友になにを言えばいいのかわからなかった。それでも同じ女性を愛し、その為に自ら大罪を犯したその男に最後にしてやれたこと。それはただその瞼を閉じてやることだけだった。


「これは、これは、ジン様我らの下へと戻ってくださったのですね。これでダラスも安泰というもの。なんという良い日なのでしょう。罪人アルクは討たれました。今までの無礼は心より謝罪いたします。しかしこれで我らの間に障害はないはず。さぁ、我らの輝ける未来へのお話をしてまいりましょう」


 声の主の主は、先ほどまでダッカの後ろに隠れていたのだろう。だが今はその姿を衆目の下にさらしている。その名はセト・ゴーゼ。紛れもなくたった今ヨゼフの腕の中で死んでいったアルクの父親だった。


「貴方は何を言っている。今、貴方の息子が死んだのだぞ」


 信じたくはなかった。実の子の事をこのように扱う親がいるなどと。アルクが父を嫌っていたことは知っていた。アルクの母に薬を与えず、みすみす死なせたことも。それでも実の子の事を罪人とよび果てはその死んだ日を喜ぶ親などいるはずがないと。


「子など何人もおる。ましてや妾の子などにさほど情はないわ。たまたま少し優秀だったから目をかけてやったものを、調子に乗りおって。あと少しでワシの計画が崩れる所ではなかったか」


 その後の言葉は覚えていない。聞きたくもなかった。この世にこれほどまでに恥知らずな人間がいるのか。そして俺はそんな人間の為に死ぬのか。

 そう思った瞬間には体が動いていた。こいつだけはこの場で殺す。アルクの時の様な躊躇は一瞬もなかった。もし殺されようとも、この一撃は外さない。そして生きてきた中で最も早く滑らかに【迅雷のレール・アロー】を構える。が、その瞬間左手に添えられた暖かさに気づき隣を見る。


「お前が手を下すことはない。あんなカスの為にお前の手を汚してくれるな」

 

 ジンの一言にヨゼフは構えを下す。なぜそうしたのかはわからない。ただそのジンの悲しげな表情をそれ以上見たくなかった。その感情が自然とそうさせた。やっと事態に気付いたセトは醜く顔を歪ませしりもちをつく。そしてダッカの後ろへ隠れると、ジンが止めたのを見てその不快な言葉を発する。


「ジン殿、よくぞ止めてくれました。そのままそいつを止めておいてください。危険な奴です。なにをするかわかりません。どうぞこちらの安全な所までお越しください」


 その言葉になんの反応を示さぬまま、ジンはヨゼフから手を離すと一つ大きな深呼吸をし、その場で直立の姿勢を正す。


「皆さま、どうかお聞き願いたい。今から私が歌うのは散っていった人々への鎮魂の歌となる。これがこの国で私が歌う最後の曲だ。どうかしっかりとその心に刻みたまえ」


 そして、ジンはもう一度小さく息を整えるとゆっくりとその歌声を響かせ始める。



 『アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』

 


 第一声は異常なまでの高音。それは最初、耳障りに思えるほどであった。がその声は段々と低くなり最後にはかすむように消えていった。



 一人の人間が出せる音域をはるかに超えたもの。その声だけで周囲の人間は息を止め吟遊詩人へと視線を送る。場に集まった全ての人間が異様な雰囲気を感じていた。






 『 夜の風を切り馬で行くのは誰だ。


   それは父親と子供


   父親は子供を腕に抱え


   しっかりと抱いて温めている  』



 ジンはゆっくりとその歌を歌い始めた。その歌声は辺りへと一瞬で響き渡る。その低く響く重厚な低音は、その場を一瞬で支配する。それ程までにその歌声は以前のジンの歌とは逸脱していた。そうこれはまるで城で行った最初の捧演の時と同じ……



 『 息子よ、何を恐れて顔を隠す


   お父さんには魔王が見えないの?


   王冠と尻尾を持った魔王が 』



 場面が変わりジンの歌声は別人のように変わっていく。最初は壮年の男性の様に。次に少年の高い声へ。その変化は、同じ人間が発している物とは思えなかった。ジンの声色は急激に目まぐるしく変わっていく。その様はあまりに美しく、あまりに不気味だった。


 そしてその変化と共に、周りの景色までも変わっていく。雲一つない晴天であったその場は音もない気配によってだんだんと暗闇に変わっていく。しかしその場にいた者たちはジンの歌に心奪われそれにすら気付かない。



 『 かわいい坊や、私と一緒においで


   楽しく遊ぼう綺麗な花も咲いて


   黄金の衣装もたくさんある   』



 ジンの声がまた変わる。その声は飄々として聞こえるが明るさとは正反対な物だった。その音は体にまとわりつく不快感そのもののように感じた。


「だ、だれだ、俺の名前を呼ぶ奴は!!」


 ダッカのその一言でヨゼフはやっと意識を常の物へと取りもどす。他の連中もその異常さに気が付いたようだ。なぜこんなににも暗いのかと。さっきまで雲など無かったのに。



 『 お父さん、お父さん


   魔王のささやきが聞こえないの?


   落ち着くんだ坊や


   枯れ葉が風で揺れているだけだよ 』

   


 なんだ、なにが起きている。周りにいた全ての人達もただならぬ気配を感じていた。こんな時間にこんなにまで暗くなるはずがない。空?上か?そう気付き上を見上げるとそこには想像を超える光景が浮かんでいた。


 黒……そう巨大な漆黒が空を覆いつくしていた。その黒は上空でヨゼフ達の真上を中心に渦を巻きこの辺り一帯から太陽の明りを奪っていた。あれは……


「だ、黙れ、やっと手に入れたこの力手放すものか!」


 そう喚き散らしながらダッカは【迅雷のレール・アロー】を上空へと構え、雷の矢を放ち続ける。その様子を奴の手下たちは呆然と見ていた。

 放たれた弓は黒い渦めがけて飛んでいくが空高くまで届くはずもなく途中でその勢いを無くし、地面へと落下しダッカのすぐそばに落ちていく。それすらも構わず放ち続けるダッカに周囲の者は止めようとするがその全てを振り払いやめようとしない。

 そのダッカの表情は焦燥に満ちていた。ジンはその余りにも異常な光景を前にしても平然とその美しい奏でを続けていく。



 『 素敵な少年よ 私と一緒においで


   私の娘が君の面倒を見よう

  

   歌や踊りも披露させよう    』



 その時黒い渦はその形を変化させる。その影は中心部分からまるで砂時計の様に少しずつそして次第に螺旋を描きながら……落ちてきた。


 巨大な黒い壁が地へと落ちる瞬間、ヨゼフはその姿を確かに見た。


 【 蝙蝠 】

 

 ダラスの神獣であり、守り神【ウァミア神】その象徴。


 その黒い影の正体はあまりにも多すぎる無数の蝙蝠の集合体。そしてその場は圧倒的なほどの黒に埋め尽くされ、ジンの歌声を彩る悲鳴の合唱で満たされる。



 『 お父さん お父さん !!

    

   あれが見えないの?暗がりにいる魔王の娘たちが


   息子よ 確かに見えるよ あれは古い灰色の古い柳だ 』



 


「やめろ、くるなぁ!!」


「俺の目が……目がぁ!!」


「い、嫌だ、こんな死に方。だれか助け……」


 無数の蝙蝠が飛び交い、羽ばたきの音と人間の断絶魔の叫び声が場を支配する。

 

 辺り一面をうごめき回る黒い影のみが視界に広がるのをヨゼフは呆然と見つめていた。ただその地獄のような光景の中で彼の歌声だけがより一層力を増していく。その影は決してヨゼフに対して危害を与えることはない、だが辺り一帯に広がる声は絶望的な黒い死の気配に覆われていた。


「なんだ、いったい何が起きている?」


 震える声が聞こえてきたのはセトの物だった。なぜか彼は蝙蝠たちに襲われていないようだがただの一般人である彼には飛び回るものが何か理解できていないようだ。墓地を覆う混乱をよそに歌はまだ続いていく。



 『 お前が大好きだ かわいいその姿が


   嫌がるなら 力ずくで連れて行くぞ  』



「その歌をやめろぉ!」


 誰かの叫び声が聞こえる。その声の方角を向くと、ジンへと【迅雷のレール・アロー】を構えるダッカの姿があった。しかしジンは顔色一つ変えず歌を歌い続ける。その顔にはただ哀れみだけが浮かんでいた。


 次の瞬間、ヨゼフの前を巨大な影が通り過ぎ、ジンとダッカの間にその姿が浮かび上がる。その姿にヨゼフは見覚えがあった。大きく広がった3メートルはあろうかという巨大な羽、人の形を模ったかのような立ち姿、そして巨大な影は一瞬だけヨゼフを振り返る。その顔はひしゃげたように平面的で肌は漆黒に近い。そして瞳は金色に輝いていた。あれはあの時の……


 巨大な影はすぐにダッカへと顔向け、歩みを進めていく。その姿はすぐに蝙蝠の影によって見えなくなった。


 

『 お父さん お父さん


  魔王が僕をつかんでいるよ 


  魔王が僕を苦しめる     』



「やめろぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」


 ダッカの叫びが響き渡ると、墓地を支配していた暗闇は少しずつ晴れていく。そして狂気のコーラスは鳴りやみ、ジンの独演のみが続いていく。その声は暗闇と共に少しずつ小さくなっていった。


 『 父親は恐ろしくなり 馬を急がせた


   苦しむ息子を腕に抱いて

   

   疲労困憊でたどり着いたときには

  

   腕の中で息子は息絶えでいた    』



 ジンの演奏が終わりを告げその場には久方ぶりの静寂が訪れる。しばらくの間その場において動ける者はいなかった。それはヨゼフもまた同じ。

 その目の前に広がるのは赤、大量の血によって赤く染め上げられた大地であった。だがその静寂は辺りから広がる呻き声によって破られ、それと同時に何人かの人間が立ち上がり、その全ての人間はその光景に愕然とする。

 立ち上がった人々の隣には元は人であったはずの肉片が散らばり、多くの者がその場で嗚咽をし始める。動き出したのは羊守達。セトに加担していた者達はその全てが、誰が誰なのか判別できぬ死体となっていた。


 しかしその場にいた唯一の例外が震える声を張り上げる。


「何が起こった、貴様一体なにをした!」


 音が収まりやっと立ち上がったセトがジンへとよたよたと歩き始めた。その姿は憔悴しきり、その眼は定かでない。


「貴様、このようなことして許されると思っているのか、ダラスの支配者たるこのワシに!」

 

 怒鳴り声をあげながら、ジンへと歩を進める。その両親の敵である人物を見てヨゼフは心から哀れに思った。こいつは自分が何に対しているのか理解していない。いや理解しようとしていないのだろう。先ほどの地獄を引き起こしたのは間違いなく相対しているその吟遊詩人であろうことを。


 「ダッカ! 何をしている! こいつをさっさと殺せ!」


 そう言い、立ったまま動かないダッカへと歩きよる。そしてその顔を見た時、セトは言葉を失った。


 ダッカは立ったまま絶命していた。その表情は恐怖と苦痛に歪み切り、真っ黒だった髪は白く多くは抜け落ち傷一つないにもかかわらず彼だと判別することが出来ないほどであった。


「ひ、ひぃぃぃぃ!!」


 その場でしり込みをつきながら後ろへと後退するセトであったがその先に何かとぶつかり、ゆっくりと見上げた先には銀髪の少年の姿がそこにあった。


「貴様の悪事に係りのあった全ての人間を書き記せ。もし嘘偽りあれば死より恐ろしい未来が待っていると思え」


「は、はい。全て書きますので命だけはお許しを」


 ジンより手渡された紙を受け取ると、セトは凄まじい勢いで名を連ね始める。その姿にもはや興味を失ったのかジンはセトに背を向けた。


「ヨゼフ、ここでお別れだ。こいつを連れて城に帰れ。後の事は任せる。恐らくこれからダラスは荒れるだろう。かなりの数が粛清されるだろうからな。お前さんには仕事がたくさんあるだろうよ。


 ああそうだ、忘れていた。これをリゼ様に飲ませろ。あの病気にきくはずだ。彼女は運がいい。この二日でなんとか薬草を見つけることが出来た。あれはなかなかいない上玉だ。逃すなよ。じゃあな。お前との旅は楽しかった」


 そう笑顔を浮かべながら言うと薬の入った袋をヨゼフに手渡しカーズの背に跨り、去っていく。その横顔はどこか寂しそうであった。


 ヨゼフにはわからなかった。先ほどまでの魔人のようなジンと今こうして共に旅をした時と変わらない笑顔を向けるジンが同一人物なのか。体は未だ先ほどまでの恐怖にすくみ動かない。だが、今伝えなければきっと一生後悔する。


 「ジン! またいつかこの国に帰ってこい! その時にリゼとの祝いの歌を披露してくれ! きっといい国にしてみせるから!それまではくたばるんじゃねえぞ!」


 動かない体に力を振り絞りかすれた声を張り上げる。ジンは少し驚いた顔をしながら振り向くと、しずかに微笑んだ。そして再び前を向き手だけを振りながら国を去っていった。



この場面は読んでいただけたら分かるかとは思いますがシューベルトの「魔王」を聞きながら作りました。学校の授業で一度聞いたら忘れられなくなる曲だと思います。「魔王」を聞きながら場面を想像してながら読んでいただけると嬉しいです。

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