13 守りたいもの
そして時を経てまがい物の曲芸師と獣使いは、相対する。時は二人の在りようを変えてしまった。互いに憎しみ、殺しあう、そんな関係に。だが未だに変わらぬものが二人にはあった。
「俺はお前が大っ嫌いだ」
「当然だ。私もだよ」
「小さな頃から偉そうにしやがって」
「考えなしに行動していつも私に迷惑をかける。それは大人になっても変わらなかったが」
「いつだって実技で俺に負けていたくせに」
「実技は負け越したが、筆記では一度も負けたことはなかった」
「親のコネで成り上がりやがって」
「事実、実力だ。それに使える物を使って何が悪い」
「……俺の両親を殺した」
「……あぁ。そうだ。俺は俺の母親の為にお前の父や母、友を殺した」
「わかっているのか。もしお前が俺と同じことを考えているのならそれは自殺と変わらんぞ」
「私の命などとうに捧げている。あの誓いを立てたあの日からずっとな」
そして再び静寂がその場を支配する。だがそこには先ほどまでの重苦しい気配は無くなっていた。
「そうだな。ならやるか。案内人なしの地獄への旅路だが。後ろには気をつけろよ。使えないと思えばいつでも矢が飛んでくると思え」
「それはお互い様だ。今なら実戦もどっちが上か教えてやるよ」
子供の頃と何ら変わらない言い争い。それすらも懐かしく思え二人は自然と笑い出す。ひとしきり笑い終えると、再び視線を交わし誓いあう。
「それでもあいつの為ならば」
「命を懸けてお前を守ろう」
吟遊詩人なしで壁の外に出た後帰って来た者は今まで一人もいない。それは例え適合者であっても例外はない。だがそれはあくまで文献に残っている物だけだ。
可能性は限りなく低い。それでも可能性はゼロではないかもしれない。〝吟遊詩人なしで壁を超える″相反する二人が出した結論は奇しくも同じものだった。
ヨゼフが下したその決断はあらゆる人を裏切るものであるだろう。両親や仲間達、そして共に旅をしたあの吟遊詩人にも。だがそれでもリゼを失う事それだけは何があっても認められない。例え破滅の道であったとしても。
両者手を差し出したのはほとんど同時。和解となるかはわからない。それでも共に愛する人を守る為、二人は手を取り合う、はずだった。
だが、その両手は交わされることはなく、アルクがつかんだのはヨゼフの腕。そしてそのまま思いっきり引っ張られヨゼフは前へと引き倒される。
「アルク。てめえ!」
そう言いながらアルクの顔を見上げるとその顔は笑っていた。そしてその表情は風切り音と共に一瞬で苦痛へと変わる。ヨゼフが体勢を整え、振り返った先には、胸を撃ち抜かれ、崩れ落ちるアルクの姿があった。
その体が完全に崩れ落ちる前にヨゼフはアルクの体を支える。胸には完全に矢が貫通した痕がありその先には銀色に輝く矢があった。
「友達ごっこもいいですがね。それじゃこっちの得には成らんのですわ。悪いがアルク様よ。あんたにゃ悲劇のヒーローになってもらうぜ?心配すんな。あんたの嫌いなそっちのガキはだまし討ちをした大悪党ってことにしてやるからよ。安心して死んでいきな」
「ダッカ、貴様……」
アルクが止まらぬ血を手で押さえながら震える声で見つめる先にいたのは、防衛隊副隊長ダッカ。その手に握るのはヨゼフと同じ結晶機【迅雷の弓】。そしてヨゼフ達を取り囲み同様に武器を構える防衛隊員達の姿があった。
「恨むならあんたの親父殿を恨みな。これは親父殿の指示なんだからよ。まぁあんた自慢のお仲間達ももうすぐ同じところに行くさ。あの世で仲良くやるがいいさ」
「貴様ごときに、俺の部下が遅れをとるはずが…」
「そりゃそうさ、だからあんたらの配下共には水の中にちょちょいっとね。痺れ薬を入れさせてもらったのさ。戦闘になるかもしれないから飲んどけっていうあんたからの指示のふりをしてな。
それから羊守達もこの通り、抑えてるぜ。獣魔共の相手は慣れていても人相手には慣れていなかったようだな。後ろからの奇襲であっさりやれたぜ。無駄なことはしないことだ」
縛りあげられた仲間たちを前に、静かに結晶機を構えようとしていたヨゼフもまたその一言で動きを止める。
「まぁ、あれだ、結局は力があるものが勝つってことだ。吟遊楽団が来なくなるのは痛手だが俺達が暮らしていくにはそう困るまい。幸い今までくすねてきた物資もたんまりあるしな。
領主は高齢、唯一の娘もすぐくたばる。つまりじきにこの国は実質俺達の物になる。ガキ共のままごとはここまでさ。じゃあ、あばよ」
ダッカの指示の下、防衛隊員達が一斉に弓を構える。その瞬間ヨゼフは胸元を捕まれその視線をアルクへと向ける。その顔は青ざめ、身体はずっと震えている。すでに話すことすらつらいのか、その言葉は微かでこれほどの近さにあっても聞き取れない。
「なんだ、なにを言いたい?」
アルクの口元まで耳を近づけその言葉を聞き取る。
「ずっと…怖かった…お前の両親や仲間を巻き込むつもりは…なかったんだ…でも謝ることも出来なくて…だから無理矢理お前を…遠ざけようとした…すま…なかった…」
「なに言ってんだ、てめぇ誓いを忘れたのか。絶対に死なないって約束しただろうが。なら死ぬんじゃねえ、お前の謝罪なんて聞きたくないんだ。生きて薬をあいつに届けるんだろうが!」
「それは、お前に任せる。俺はここまでだ」
ダッカの指示と共に一斉に矢は放たれ、それと同時に瀕死の状態とは思えぬほどの力でヨゼフは地面へと投げ飛ばされる。そして顔を上げて見えたのは身体全てをヨゼフに覆いかぶさったアルクの姿だった。
それからの時はゆっくりとして見えた。まるで鬣付と戦ったあの時の様に。その体を振り払いたいのに体が動かない。ふざけるな、これが俺の最期なのか。そんな事許してたまるか!
胸の激情と共に首にぶら下げていたペンダントに暖かい熱を感じる。無意識に手をペンダントへと伸ばし力いっぱいに握りしめる。その瞬間ペンダントは光を増し辺り一帯を包んでいった。




