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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第一章 蝙蝠の守護者
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12 幼き日の約束

 ヨゼフの葬儀はありえない形で中断された。葬儀を受けていたはずの本人がその会場へと現れたからだ。その会場にいた人々の表情は様々だ。

 無事の帰還を喜び、泣きながら抱き合ってくれた者達。疑念の表情を浮かべこそこそと連れの物に指示を出す者達。そしてヨゼフに対して驚きと困惑の表情を隠せない者達。ヨゼフは仲間たちに対して何かをいう事はなかった。ただ彼らに視線を交え、一つだけうなずくと彼らもまたうなずき返してくれた。

 時に共に戦い築いてきた信頼関係において彼らはなにも言わないで俺を信じてくれた。だから俺は俺のなすべきことをしよう。そしてその歩みの先にいたのはダラス防衛隊長アルクだった。


「ご心配おかけしました。アルク隊長。羊守ヨゼフ無事帰還いたしました。つきましては至急ご報告しなくてはならない事がございます。事は国の存続に係るお話となります。人払いを」


「わかった。こちらへ」


 ヨゼフの手には【迅雷のレール・アロー】が収められている。そしてアルクは完全に無防備の状況。それでもアルクは何一つ動じることなく応えた。まるでそうなることが分かっていたかのように。

 バゼル達参列者達にはとりあえず城へ帰ってもらい、場に残ったのは防衛隊と羊守のみ。しかしこの状況に置いて二人だけになるというのは両方の陣営にとって危険すぎる。結局墓地の中の開けた場所で防衛隊が二人から声が聞こえぬ程度の距離をとり、その周りを囲む形で警護することが決まった。


「それで話というのはなんだ?」


 警備が完成し、静まったその場所でいつもと変わらない表情のままアルクは尋ねる。


「その前にひとつ聞きたい。どんな気分だった?村一つを壊滅させた気分は?」


「あれは不慮の事故だった。だが我々にほかに手段など無かった。今更謝ろうとは思わん。そのようなことが聞きたいなら話は終わりだ。さっさと俺を殺すがいい」


 アルクは毅然とした表情ではっきりとそう告げた。その表情には一点の迷いもなくただまっすぐにヨゼフを見据える。二人の背丈はほぼ同じであり、無言のまま視線を交え続ける。

 その姿に周囲には緊張が広がり、その雰囲気を察した防衛隊たちが武器を構え、それに対し羊守達もまた臨戦態勢となる。音すらなくなったようなその静寂を破ったのはヨゼフだった。


「正直言えばお前を今この時に殺してやりたい。だが、お前が自分の欲でここまでの事をしでかすとは思えん。…そこまでリゼ様の容態は悪いのか」


「…ジンとやらの吟遊詩人の薬のおかげで一時は持ち直した。それ故にあの会にも参加出来たのだ。それでも根本的な解決にはなるまい。このままでは長くは持たない。それゆえに我らには外へとつながる方法が必要なのだ。どんな犠牲を払ってもな」


 その言葉に再び静寂が訪れる。だがヨゼフの体は小刻みに震え、今にも殴りかかる寸前だった。それでも無理矢理その手を抑え込み、視線を空へと向ける。


「お前は覚えてるか、あの時の誓いを。あれはいつだったか?確か幼年学校の頃だったか?」


「忘れるものか。10年前の陽炎の月の3日、俺達は誓った」


「さすが優等生ちゃんは違うね。子供のおままごとの日にちまで覚えてらっしゃる」


「子供の遊戯とはいえ、主と決めた主人から離れてのうのうと暮らしていたろくでなしに言われたくはないな」


 そしてまた二人は沈黙し、幼い時のあの日を思い出す。無邪気で、でもそれだけではいられなかったあの日々の事を。


 それは幼い時の三人にとっていつもの光景だった。幼年学校が終わった後、体の弱かったリゼは外で遊ぶことは出来ず、決まって室内での遊戯となった。

 年頃が一緒なヨゼフとアルクは常にリゼに部屋へと呼ばれていた。いろいろな遊びをしたが特にリゼが好きだったのはおままごとでいろいろな役を演じて遊ぶこと。

 時には普通の民たちの生活となり、時には吟遊楽団となり諸国を回った。たいていの場合どちらがリゼのパートナーになるかで二人がもめるのだが、そんな時はリゼからの一括が入る。


「いっつも言ってるでしょ!仲良くしなさい!」


 そう言って結局どちらもパートナーには慣れずに終わるのが常だ。それでも三人はたわいもない話をしながら楽しい時を過ごしていたと思う。


 そんな日々の中でリゼが体調を崩した。何日も寝込み、学校に戻って来られたのは2か月も経ってから。その表情は周囲の人間からは明るく見えたけどもヨゼフとアルクにはいつもと違うように思えた。その笑顔の中に少しの陰りが見えるような、その理由はわからないがはっきりとそう感じていた。


「今日はとっておきの遊びをしましょ!学校を休んでるときずっと何しようか考えてたの」


いつものようにリゼに連れられてきた二人に対してそう切り出した彼女の顔はとても可愛らしい笑顔だった。あまり他の人には見せない心からの笑顔の相手であることがヨゼフにとっても嬉しいことであった。余計な奴は一人いるが。


「それで、今回は何になるんだい?もう曲芸師は嫌だよ」


「てめぇはまだいいじゃねえか。俺なんか猛獣使いだぞ!」


「それでも二人共形にはなってたよ?私はピエロ楽しかったけどなぁ」


「それが一番駄目なんです!」


「それが一番ダメだろが!」


 同時に同じ言葉を発する二人に対してリゼは楽しそうに微笑む。前回訪れた吟遊楽団は様々な特技を持つ者達がいるサーカスと呼ばれる種類の吟遊楽団で彼らが残してくれた子供用の衣装は彼らにとって格好の遊び道具だった。

 だが実際に遊んでみるとアルクは曲芸のまねごとをして失敗し頭に大きなたんこぶを作り、ヨゼフは飼っていた猫を獣に仕立ててみたが盛大に引っ掻かれた。

 しまいにはリゼがピエロの真似ごとをし、ぐっちゃぐちゃな化粧をしたものだから三人まとめて怒られたのだった。


「そうか、残念。でも今回なにも道具を使わないから大丈夫!」


「リゼの大丈夫は信頼できないんだがなぁ」


「大丈夫! だって演じるのは私達自身だもの。10年後私たちがどうなってるか想像して演じるの!ね、なにもいらないでしょ!」


 その言葉に一瞬二人の顔が曇る。恐らくそれは彼女の不安を察したから。この国において子供が20歳になれるのは六割ほど。多くの子供が病気により命を落とす。飢えて亡くなる子供はいなくても、国内の薬草のみでは全ての病気に対して備えることは出来ない。

 そんな中で領主の娘であるリゼは優先的に他国からの薬を貰えている為その命を長らえている。自らの死に対する不安、そして他の人よりも多くの薬が回ってくるという負い目、その事が彼女の小さな心に大きな負担となっている。

 決して弱音を人に話さない彼女だったがその事を二人は理解していた。そしてこの心優しい少女を守りたいと幼い心に決めていた。


「そりゃいいな! なら俺は羊守だな! 父さんと一緒に壁の近くを回って獣魔どもを追っ払ってやる」


「僕は防衛隊の隊員になる! それで闘技大会で一位になって筆頭隊士になるんだ」


「はぁ?弱虫アルクになれるわけないだろ?一位には俺がなるんだからよ」


「なんだと!」


「はいはい、そこまで。じゃあ私は……お医者さんになる!」


 その一言に二人は怪訝な顔をする。


「リゼちゃんはお嬢様なんだからそれは無理なんじゃない?」


「そんなことないわよ。領主のお仕事は男性のお仕事でしょ。それに私自慢じゃないけど力は強くないし、家事だってあんまできない。


  それでもね、病気になる度色んなお薬貰っていてその事について毎回教えて貰っているの。先生からもね、筋がいいって褒められちゃった。だからね、私は今までたくさん皆に助けてもらった分をそうやって皆に返したいの。


  だってその病気になった事の無い先生より、実際に体験している先生の方がいいと思わない?」



 その言葉にアルクとヨゼフはぽかんと口をあける。そして一拍の時をおいて二人して大声を出して笑いだしてしまった。


「ちょっと笑うことないじゃない!」


「悪い、悪い。だってあんまりにぶっとんだ事リゼがいうもんだからさ」


「確かにこれは笑うしかないよね。僕らの国のお嬢様は本当にとびっきりだよ」


 その時は不貞腐れたリゼを宥めるのに苦労したが、その題材でのままごとはその後何回も行われた。空想の中で三人でリースの森に向かい新種の薬草を見つけたり、闘技大会の決勝を二人で戦って見せたりした。

 

 そんな日の中で珍しくアルクからままごとでしたい事があると言い出した。いつも内容はリゼが決めていたから、リゼも喜んで賛成した。ヨゼフに拒否権などあるわけもなく、すごすごとついていく。

 そしていつもの部屋に着きアルクが望んだのは防衛隊員として最高の栄誉、『戦士の誓い』を行う事だった。防衛隊士が領主によって隊士として任命されるその日、領主に跪き自ら誓いをウァミア神の名の下行う。


「だ、だめよ。『戦士の誓い』はとっても大事な事だから式の時しかしちゃいけないんでしょ」


「大丈夫だよ、ただの遊びなんだから。いつも無茶ばっかりやっているのはリゼちゃんでしょ?」


 そう言うとアルクはおもちゃの剣を手に取り、リゼの前で跪きその格好のまま剣の柄を差し出す。


「ウァミア神の名の下にセト・ゴーゼが息子アルク・ゴーゼ、リゼ・ツペシュ殿の剣となり貴方様の為にこの身の全てを捧げる事を誓います。もしお許しを得られるならば、この剣をお取りください」


 アルクのその真剣な表情にリゼもまたその表情を引き締める。


「私にではなくこの国に民に捧げるというのならば……許します」


「は、この命に代えても」


 その言葉に少し困ったように微笑みながら、リゼは剣をとる。そして刀身に軽く口づけをし、そのまま剣をアルクの肩へと乗せる。


「我らを守りしウァミア神の名を下に、私リゼ・ツペシュはアルク・ゴーゼの剣を受け取ります。…でも死ぬことは許しません。何があっても生き延びなさい。そうじゃないとアルクの曲芸を見られなくなるじゃない」


 最後まで真面目にやり遂げるのが恥ずかしくなったリゼが軽口を挟み、アルクも又緊張の糸が切れたかのように笑い出した。


「大人になっても曲芸師は変わらないの?それは嫌だなぁ」


「だって今でも十分凄いことが出来てるじゃない。楽しみだなぁ、アルクの空中を飛ぶ姿」


「それはもう曲芸ですらなくない!?」


 そう楽しそうに話す二人の姿を見ていて当然ヨゼフは楽しくない。防衛隊と違い羊守は誰かに忠誠を誓うわけではないのでそんな場面はないし、幼いヨゼフにはアルクのようなカッコいいセリフも浮かんでは来なかった。


「け、カッコつけやがって。弱虫アルクが防衛隊員なんかなれるもんか」


「なれるさ。ちゃんと結晶機の適合もわかっているんだ。アルクは羊と一緒に遊んでればいいさ」


「父ちゃんの仕事をバカにすんのか!」


「はいはい、そこまで。ケンカしない」


 そしていつものように取っ組み合いになりそうな二人をリゼが静止する。だがアルクにいい顔されたままではヨゼフの気が収まらない。だから力いっぱい声をはりあげた。


「神様に誓いなんかしなくたって言ってやらぁ。リゼは俺が守る。リゼだけじゃねえ、学校の奴らも、町の大人たちもみんな俺がダラス一強くなってみんな守ってやる!」


 その声は部屋いっぱいに鳴り響き、アルクとリゼは互いに顔を見合わせる。その余り声の大きさに心配して入ってきた侍女たちを見た三人は耐え切れず一斉に笑い出すのだった。


 それが10年前陽炎の月にあった小さな三人の子供達で交わされた誓い。それは遊戯の中での出来事ではあったけど、決して忘れられることのない三人の思い出だった。



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