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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第一章 蝙蝠の守護者
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9 決別の一射

 捧演が終わり、人々のお祭り騒ぎがやっと治まった頃、ジンはこの国を発つことを伝えてきた。多くの人にもっと長く滞在する事を望まれていたが、その全てに対して丁寧に断りを入れると翌日には全ての準備を終えてしまった。旅たちの日、バゼルに挨拶を済ませると着た時とは打って変わり静かにジンはこのダラスを去った。


「で、お前はいつまでついてくるつもりなんだ?」


「そうつれないこと言うな。旅は道連れっていうだろう。せめて壁を超えるまでは見送りさせてくれよ」


 ヨゼフもまたジンからはダラスの街までで護衛は十分だと言われていたが、断固として首を縦には振らなかった。その他にアルクら防衛隊からも護衛を買って出ておりその場が収まりそうもなかった為、ジンはヨゼフを護衛として同行することに同意した。

 そして今二人はダラス最西の町ボルドンで最後の夜を過ごしていた。壁までの警護という事もあり、ヨゼフはバゼルから馬を一頭借り同行という形をとっている。もちろんポーラも一緒だ。


「どうだった?この国は?ほんと何もなかっただろ?」


「いや、とてもいい国だったよ。本当に」


 そう頷いて応えるジンの顔はほころびおだやかな笑顔を見せていた。それでもヨゼフには捧演の時からその表情に違和感があった。


「なぁ、ジンお前なにか隠しているだろ?」


「そうだな。確かにいろんな秘密を俺は持っているさ。その方が吟遊詩人らしいだろう?ミステリアスな所があった方が魅力的にも見えるってもんだ」


「茶化さないでくれ。短い付き合いだがお前には返しきれない恩がある。力になりたいんだ」


 ヨゼフはジンの顔を見つめそう言った。その表情にごまかせないとジンは覚るとヨゼフの方を向きなおし真剣なまなざしを向けた。


「ならば、ただ黙って見送ってくれないか。ヨゼフお前に羊守としての責務があるように俺にもすべきことがある。それは旅を続けることだ。諸国を巡り様々な人や歌と出会い、新たな物語を紡ぎつないでいく。それには多くの困難がある。それは壁の外の世界を知るお前ならばわかってくれるだろう?」


 その言葉を語るジンはいつもの気軽なの様子ではなく、歴戦の戦士の様に落ち着きはらっていた。ヨゼフは知っている。この目の前にいる少年がその見た目からは想像できぬ成熟された中身を持っていることを。それでも常の様子からつい忘れてしまっていた。彼は〝壁の外“の世界をたった一人で巡る我々の理から外れた人物なのだと。


「そうか、わかったよ」


 ヨゼフはジンの持つ雰囲気に圧倒され、それだけの言葉しか言えなかった。


 翌日ヨゼフが起きた時にジンの姿はこの町からなくなっていた。


「別れくらい言わせてくれてもいいだろうに」


 残された手紙には別れを告げず去る事を謝る事とリゼ様との関係を茶化す内容が書かれていた。最後までふざけたやつだ。そう笑いながらヨゼフもまたダラスへの帰路へとついた。


 ダラスへの帰路の途中、嵐の様に過ぎて行ったあの吟遊詩人との日々をヨゼフは思い浮かべていた。羊守として静かな日々は自分にとってそれまでのすさんだ心をゆっくりと癒していた。ただそれと同時に変わらぬ日々に変化への憧れもまた持っていた。その中で正に命を失う間際に現れた銀色の髪の少年との日々は刺激的な毎日だった。

 もし彼と共に旅に出れたならば、そう思った事もあった。だが俺には俺を必要としてくれている人々がいる。例え平凡であったとしてもささやかな幸せに満ちていた。そしてそれはあの吟遊詩人の旅路では手に入らないものなのだろう。

 ならば俺はこのささやかな日常の方がいい。ジンにもそんな時が訪れるのだろうか? そんな疑問を浮かべ彼の去っていった西の方角へと何気なく振り向く。


 そしてヨゼフは広大に広がる草原の彼方に違和感を覚える。なにかおかしい。時刻は正午に近づいているが、この時期には珍しく空には厚い雲が覆っており辺りには薄暗さすら感じる。だがそれ以上になにかがヨゼフの心を騒ぎ立てるものがあった。そしてそれは西の空に一瞬だけ薄れた雲の間から現れた。


 雲の隙間から見えた黒い影、それはこの国に伝わる伝承で小さな頃から聴かされてきた。


 曰く〝災い訪れし時、我らが守護者は黒き大蛇を従え、この国を守らん。守護者は全てを見通す。ゆえにダラスの民よ。掟破るべからず。守護者の力は民の為ならず。それはただこの国を守るのみなり。掟破りし者には守護は得ず。ただその身を滅ぼすのみ。″


 その姿を見た次の瞬間にはポーラに指示を出し、馬を返し西へと向かっていた。あれを俺は一度だけ見たことがある。俺が全てを失ったあの日に。


「ジン無事でいてくれ」


 何か嫌な予感がする。その予感は西に進むにつれ大きくなっていった。ヨゼフはせかされるように馬の速度を上げる。リコの町を超え、ダラス最西の森リースの森に入り、あと少しで壁にまでたどり着こうという所で、ついにその姿を見つける事が出来た。

 そこは森の中で少し開けた場所となっておりその中心にジンはいた。だがそこにはすでに先客が集まっていた。その光景を見た時、ヨゼフの心臓の鼓動は一気に早まる。それはジンを取り囲む防衛隊とその中で話しかける老人の姿であった。

 まだ彼らがこちらに気付く様子はない。一体奴らの目的は何だ?頭には疑問がぐるぐると回っていたがそれ以上に胸になにか重く苦しい予感が満ちていく。


 斥候に注意をしながら馬を少し離れた場所に留めポーラにはダラスへ帰るよう指示を出す。獣魔との闘いではポーラは頼れる相棒だが今回は最悪人との戦闘になるかもしれない。だからこそなにかが起きた時の為にはダラスの街の羊守達の秘密の場所へ帰れるよう訓練してきた。

 ポーラの首輪に今の大体の位置を書き記した紙を入れ込んでいる。その様子を見れば仲間がこの場所へと援軍を出してくれるだろう。一度の指示では不安げな表情を浮かべ動こうとしなかったポーラだったが、二度目の指示を受け静かにその場を去っていった。その後ろ姿を見送った後、ヨゼフは気配を殺し木に姿を隠しながら声が聞こえる所まで近づく。


「考え直していただけませんか?謝礼はいくらでも出しますし、貴方にとっても悪い話ではないはずです」


 その声は何度か聞いたことがあった。少ししゃがれていてそれでいて粘りつくような不快な声、それはアルクの父セトの物であった。


「何度も言ったはずだ。吟遊詩人は何物にも囚われない。あんたのいうようにここに留まるつもりはない」


「何も旅を続けられなくなるわけではないのです。ただあなたの旅に私共の商隊の者を加えていただきたいだけなのです。我らの領土からとれる良質の岩塩や鉱物は他国では大変貴重価値の高いものとなります。その取引を安定的に行えれば莫大な利益を得ることが出来ます。きっとジン様のお役に立って見せましょう」


「くだらない。時間の無駄だ」

 

そういって馬車を進めようとするジンに対して防衛隊隊員達が一斉に武器を構える。そのほとんどは通常の弓であったが、何人かは結晶機までも持ち出している。


「なんの真似だ?」


「出来れば我々もこのようなことはしたくないのです。獣魔どもがやたらと異変を起こすのでね。前回も罪のない民が犠牲になってしまいました。それはあなたも望むことではないでしょう?」


 その一言を聞いたときヨゼフから全ての音が消え去った。その代りに先ほどの言葉が繰り返し頭の中で繰り返される。前回?犠牲?なんことだ?前に吟遊楽団が来たときはいつだった?そして彼らが去ったのは?そして村が襲われたのは?


 全てを理解した時、ヨゼフに言いようのない感情がこみ上げる。こいつらは前回の吟遊楽団を脅迫し襲った。その際の何らかの影響で獣魔が暴走し、あの悲劇が起こった。

 こいつらは全てを知ったうえで何食わぬ顔で今まで過ごしてきたのだ。心に苦くそれでいて焼けるような怒りが満たされていく。許せるものか。怒りに震える手を結晶機へと伸ばし、セトへと矢を構える。しかしその手は辺りに響き渡る怒声により阻まれる。


「黙れ、カスが。自らの欲にまみれ、民に無用の苦しみを生み出し、無実の罪を亡き者にかぶせ、尚も罪を重ねようとする。そのような恥知らずの俗物に話すことなど無い」


 ヨゼフがその声の主を判断するのには少しの時間がかかった。その理由は第一にその声の迫力に圧倒されてしまったから。これほど離れているヨゼフですら、その威圧に足がすくんでしまっている。その場所の中心にいたセトなどは声にならぬ声をだし、その場にへたりこんでしまっている。

 第二にその声が今までヨゼフの知っていた彼の物とはあまりにもかけ離れていたから。しかし声の主は何事もなかったかのように馬車を進め、防衛隊の兵たちはその場で動く事も出来ずその様を見送るのみ。ただ一人を除いて。


「お待ちください。貴方にはどうしてもここに残って貰わねばならないのです」


 そこには両手を広げ馬車の目前に立ちはだかるアルクの姿があった。


「ほう、案外に骨のある奴だったのだな?だが話すことは何もない、どけ」


「そうは参りません。これが罪である事はわかっています。しかしそれでも引けません。どうか我らにも同行と定期的な通商の許可を頂きたい」


「母君の話は聞いた。ダラス国内では薬草がとれず病人に対して十分な治療が行えぬことも。その為にあんたが通商を願っていることも。確かに定期的な通商が叶えば救われる命もあるだろう。しかし俺らには我らの責務がある。一つの地域の為に我らが留まる事はない」


「なぜですか?通商が叶えばそれに救われる国はわが国だけでないはずです。あなた方は外の世界を巡る術知っていながらそれを独占している。それは罪ではないというのですか?」


 その言葉にヨゼフは言葉を失う。そしてアルクの母の最期を思い出す。彼女の命を奪った病はこの国の多くの人の命を奪っている肺病であった。その薬は国内では作れず他国から得るしかなかった。


 しかしその数は限りがあり、その際には同じ病気にかかっていた長兄に薬が回され十分な薬を得られなかった。そして彼女は死んだ。吟遊楽団が去った一月後の事であった。


「あはははははは!俺らを罪人というか!こんな正直な奴にあったのはいつ以来だろうな。なら答えよう。確かに我らはあんたらから見れば罪人かもしれん。


 だがだれが我らを裁くというのか。我らが進むのは獣魔の跋扈する道だ。それはあんたら神獣の庇護に守られた人たちの理から外れた世界といえる。その中で俺たちが頼れるのは我らが主の庇護のみ。そして主は古の時に我らに旅を命じられた。我らがその道から外れればたちまち庇護を失い獣魔どもの餌食となる。


 母君の事は残念だと思う。しかし我らは住む世界が違うのだ。それらは一瞬の出会いはあっても交わることはない。俺たちに出来ることは自分の世界の中で精いっぱい生きる事だけだよ。それでも、一瞬の出会いの中で他の世界の者が我らの道において立ちはだかるならば我らは全てをもってそれに抗うだけだ。


 そのうえで改めて聞くぞ、アルク。自らの国の禁忌を破った罪人よ。お前は誰の名のもとに我らを裁くのだ?」


「決まっている。俺という人間の意志によってだ。神などなんの助けにもならぬ。ならば自らが正しいと思い行動することこそが人が人たるゆえんだ」


 その言葉と共にその場にいた防衛隊員達が一斉に武器を構える。まぁセトは未だにしり込みをついたままだが。


「もう一度言う。我らと共に道を歩んでくれ。庇護を失わずに通商を行う道はきっとある。その事象を理解しさえすればきっと抜け道はある。もうこのような小さな塀の中で、獣魔や病魔におびえて暮らしていたくはない。そしてその影はわが国の宝にすら近づいている。もう我らには時間がない。それでもなお断るというのならば…」


 そういいながらアルクはガントレットをつけた左手を前に差し出す。


「姿を表せ【光の弓ホーリー・アロー】」

 

 その左手に光が集まりやがて光は上下に分かれ弓の形を模る。それはダラス最高の結晶機。アルクは右手を光の中心部へとかざし、弓を引くような動作をすると、光はまるで矢のように線を引く。


「ここであなたとはさよならだ」


 二人は互いに視線を交えたまま動く気配はない。その様子をヨゼフは見つめながら決断できないでいた。アルクを殺す、その決断を。

 未だ奴への悪意は胸の中で燃え続けている。だが今すべきことは命の恩人であるジンを救う事。ならば冷静に事をなすべき。余計な感情に囚われ弓を放てばそれは体に緊張を生む。そうなればよい結果は生まれない。そして今この時は万に一つも失敗は許されない。そう心に念じながらヨゼフは結晶機【迅雷の弓】を構える。

 狙いは一つアルクの体の中心部。【迅雷の弓レール・アロー】ならば体を貫きさえすれば人に対して致命的なダメージを与えられる。奴さえ倒せば他の防衛隊員は混乱をきたすだろうし何とかなるだろう。それでもなお決断できていないのはその致命的な一撃を与えるという点にあった。

 今まで人に対して結晶機を使ったことはない。そしてそれは相手を殺すという事に他ならない。その相手はあのアルクなのだ。正直何度殺してやろうかと思ったかわからない。その気持ちは両親や友の敵と知った今頂点に達している。それでも殺人という罪を犯すことに対しての恐怖感がヨゼフの手を鈍らせていた。

 だがその意識は一つの閃光により奪われる。アルクの【光のホーリー・アロー】から放った閃光はジンの横をかすめて行った。その閃光の後は一本の線の様にその行く先にあった全ての物にこぶし大の穴をあけていた。使用者の魔力を全てを貫く光の矢として具現化する。そしてその矢は使用者の魔力が尽きるまで途切れることはない。


「次は外さない」


 そしてもう一度【光の弓ホーリー・アロー】を構えなおす。その姿を見た瞬間、ヨゼフの意志は固まった。俺の迷いがジンを殺す。迷うな、殺せ!そう心に決めると【迅雷の弓レール・アロー】を構え、狙いを定める。


「死んで皆に詫びてこい」


 そうつぶやき矢を放つ刹那、アルクが此方へと振り返ったのが見えた。そのことに一瞬の動揺はあったが、矢はすでに止まらずヨゼフの手を離れアルクへとへと放たれた。


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