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銀の瞳に映る夢  作者: 右槙ねじ
銀と、夢と、ひとかけらの願い事
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7 知らないこと

 入学式からは一週間程経ち、学校にも次第に慣れてきた。私のクラス、1-Aの教室は派閥争いもほとんど存在せず、平和そのものだった。

 なにか変わったことがあるかといえば、校庭の桜が随分と寂しくなってきた位。


 今日の授業も次で最後。開始を告げるチャイムが鳴るよりも前から、教壇には歴史の先生が立っていた。


 通称、ヒゲ。


 校内の誰もが初対面でそのアダ名を連想するほどに、立派な白ひげを蓄えていた。

 ゆずゆちゃん曰く、「長岡外史」みたいなヒゲ、とのこと。実際に写真を見せてもらったけど、そっくり過ぎてクラスみんなで爆笑していたことも記憶に新しい。


 彼の特徴はもうひとつある。チャイムが鳴った瞬間に授業を始めること。代わりに、終わるのも鳴った瞬間なので、不満をぼやく人は今のところこのクラスにはいなかった。


 チャイムの音が聞こえると同時に、いつも通り授業が開始する。


「それでは今日は、近代史を見ていきましょうか。中学のおさらいも、今日で最後になる予定です。終わったら確認のため軽く小テストも行いますので、しっかりと授業を受けてください」


 事前に予告されていなかったためクラス中から不満の声が上がる。私もあまり歴史は得意じゃないので、ちょっとつらい。じゃあ得意な教科はと言われると、これといって特筆する程のものはないのでそれもまたつらいところ。


「それでは教科書186ページを開いてください。先生がざっくりと読みながら説明していきますので、教科書を追ってください」


 教科書と言ってもデバイスに入った書籍データを使うため、紙媒体の教科書は誰も持ってはいない。個人端末から机に内蔵されたデバイスへアクセス。卓上がタブレットのようになり、書籍の中身を表示する。




「2045年、世界各地で地震や津波、噴火等による災害が同時期に多発しました。最も多くの災害が起こった日を地球の変質日、それを含む一週間の期間の事を、地球の変質期間と呼びます」


 読みながら、ヒゲは板書していく。


 [2045年]、[地球の変質日]、[地球の変質期間」


 わざわざ書くあたり、ここがテストに出ることを教えてくれているんだと思う。卓上に表示された教科書の文字を指で横になぞると、その部分の文字色と太さが変化してパステルカラーに強調された。


「この災害の復興には、10年以上の多大な時間を要しましたが、未だにその爪痕は残っております。この教科書では触れていませんが、復興に際して、当時日本で活動していたアイドルの砂糖菓子夢(さとうがし ゆめ)さんが尽力しており、それはとても大きな功績だったそうです」


 先週の夢ちゃんの様子が、ふと頭の中に過ぎった。あれ以降特に変わった様子は無かったが――――そもそも変わった子だし、あまり深く考えないようにしていた。


「また、この期間を境に、今まで発見されたことのない新種の生物が数多く見つかりました。急激な環境変化に適応するために進化したという説が支持されていますが、それだけでは説明できない事も多く、現在でも研究は続けられています」


 私が産まれるよりも前のことなので、何がどう変わったのかはよくわからない。けれど、一部の人はとても喜んだらしい。なんでも、絶滅した鰻とかの食材が再び食べられるようになったからとかなんとか。そういう食べ物に関する話はよく耳にする。


「10年程前、世界各地で大規模なテロ活動が行われ、日本を含んだG7を務める各国が主な標的として攻撃を受けました。事件を起こした犯行グループは、我々は世界の敵であるとの声明を残しており、各国は事態の終息に向けて軍事的協力を行いました。上記の声明から、主犯格である武藤睦(むとう むつみ)は世界の敵と呼ばれています」


 [武藤睦(むとう むつみ)]、[世界の敵]


 板書された言葉を指でなぞり、文字を強調させていく。


「ちなみに、先生は面白い方が好きですので、Mr.スターライトが世界の敵を倒したって言う話、大好きです」


 私もその話、好きです。


 近代史の話が終わると、この1週間の授業でやってきた部分を軽くおさらいしていく。既に頭から抜け落ちている内容を、色鮮やかな修飾を受けた文字達が教えてくれる。一通り見直し終わる頃には小テストが開始された。







 チャイムの音が聞こえると同時に、小テストは終了。


「はい、今日の授業は終わりです。採点結果は夜には出ていると思いますので、何かあれば質問を送っておいてください」


 そう告げると、ヒゲは教卓を離れ扉の方へ向かう。途中、何を思ったのか私の方へと向き直す。


「そういえば、君は確か幸村君の……ああいや、今は逢坂だったね。白音君の娘さんだったかな」


 急に話しかけられたこともそうだけど、ママの名前が告げられたことにも少し驚いた。


「はい、そうです。白音は私の母ですけど……」


「そうかそうか……懐かしいな。彼女もこの高校に通っていた事があってね。その時も私が歴史を教えていたのだよ。どことなく面影が残っているとは思っていたんだけどね。所々に混じる白髪などは遺伝したのかね」


「マ……お母さんもここに通ってたんですか」


「おや、聞いてないのかい。色々あってあまり出席できていなかったようだし、話しづらいのかもしれないね。それではまた次の授業で」


 立派な白いヒゲは教室から去っていった。

 ママがこの学校に通っていた、知らなかった……。話してくれてもよさそうなのに、どうして教えてくれなかったんだろう。


 一人暮らしを始めてから、縁のある人達から、私が今まで知らなかった事を色々と聞くことが多く、認識を改めさせられる。特に興味もなくあまり聞くことも無かったとはいえ、思っていた以上に何も教えてもらっていないことに気付かされた。


 何か、言いづらい事でもあるのかな……実は昔は不良でしたーとか、なーんて、流石に無いかなあ。


「逢坂さんの親ってここ通ってたんですね」


 左隣りの席から声がかかる。先生との会話が終わるまで待っていたみたい。


「そうみたい。ゆずゆちゃん今日生身? 駅寄ってく?」


「生身だけど、えーと、ちょっとその前にお願いがあるんだ。名前貸してくれない?」


 そう告げる声と共に端末からは通知音が聞こえる。確認してみると、うん、新規部活動申請書が届いている。書いてあった部活名は、ミステリー研究部。


「これ、新しい部活作るってこと?」


「そのつもり。詳しい条件とかはよくわからなかったからこれから菜波センセに聞いてみようと思ってて。職員室寄りたいの、付き合ってくれるかな?」


「うん、いいよ」


 私はふたつ返事で了承する。国語教師の職員室は1階に降りて少し遠めの位置にある。


 階段を降りて左手に進み、角を曲がった奥の方に、ある、の、だけ、ど――――――――――




 全身に悪寒が走る。




 違和感が、頭の中でざわめく――――


 緊張感が、体の中を駆け抜けていく――――――


 恐怖感が、心の中で芽生えていく――――――――




 曲がり角まであと少しといった所で、私はよろめく足音をタトンと鳴らし壁に背を預けた。


 顔を向けた先、向かいの壁に並ぶ窓ガラスは、虹色に光り輝いている。

 ああ、正体はこれか……。


「どうしたの、逢坂さん?」


 ゆずゆちゃんが振り返りながら声をかけてくれる。その様子から、彼女の目に映る世界には、おかしな事など何もないのだということを理解させられてしまった。


 やっぱり、この怪奇現象は、私にだけ見える幻覚なのだろうか……。


「なん、でもない、よ……?」


 ごめん無理。これが今の私の精一杯。

 表に出さないようにしているつもりでも、顔面蒼白で震える体。隠し通せるものじゃない。


「ごめん……少しだけ、休ませて……」


「大丈夫? 保健室いく?」


「すぐ、治まるから……」


 目の前の光景を拒絶するように、瞳を閉じて頭を下ろす。

 こちらへ近づく足音が一歩。心配したゆずゆちゃんが近寄ってくれたのだろうか。


――キャイィ……!!


 直後、犬の叫び声のようなものが聞こえ、立て続けに、グシャアッと何かが潰れていく音が……断続的に聞こえてくる。


 早く、終わって欲しいと切に願う。




「何……今の変な音……」




 ――――え、今、なんて。


 ゆずゆちゃんの発したその言葉に、私は耳を疑った。

 だって、これは、いつも私に襲いかかる幻覚みたいなものだって、今まで、ずっと、そう、そうなんだって、思っていたから。


 目を見開き、顔を上げ、私は彼女の方を向く。


「今の、音、聞こえた、の……?」


「う、うん……」


 二人して、正体不明の謎の音に震えていると、カツン、カツン、と足音が、ゆっくりと――曲がり角の向こうの廊下から


 響いてくる。

 近づいてくる。


 ゆずゆちゃんは固まっていて動かない。私は曲がり角から出てきた人物を目にし――――




 心の底から、安堵した。




「あれ、銀さんにゆずゆさんだ」


「な、菜波先生ぇ……」


「なんでそんな情けない声出してるの。どうかしたの?」


「あええと、なんでもないんです。ちょっと立ち眩みがして休んでいたんです」


「大丈夫? 保健室いく?」


 あ、さっきもこのセリフ聞いた。皆が心配してくれていることに、少し、心の平穏を取り戻した気がした。

 いつの間にか違和感も無くなっているし、周りのガラスも元の通りに透き通り、外の景色を見ることが出来るようになっている。


 よかった、元に戻ってる。


 手前で固まってこちらを見ているゆずゆちゃんの肩を掴んで、くるっと反対側、先生の方へと体を向けてあげる。


 もう大丈夫だよと、教えようと


「ひっ!?」


 先生の方を向いた途端、彼女は小さな悲鳴を上げると、全体重を後ろの私へと押し付けてきた。後ろからその表情を伺う事はできなかったが、ついさっきまでの私のように、すごく怯えて、震えているのが伝わってきた。


 そこに居るのは先生だけで、何もおかしな事など無いはずなのに。




「二人共、本当に大丈夫……?」


 一歩踏み出し近づいてくる先生と反発するかのように、ゆずゆちゃんが私にかけてくる圧力が増した。




――――菜波先生に、怯えているの?




「先生実は私達新しく部活動作りたいんですけれど作り方がよくわからなくて色々教えてもらいたいなって思って先生に会いに行こうと思ってたんです何か難しいルールとかってあったりするなら教えて欲しいなって思ってその辺どうなんでしょうか?」


 一息でまくし立て、話題を無理矢理にでも変えてみる。


「え、部活を作る? うーんそうだねー、部員5人と顧問がいれば大丈夫だけど」


 なんとかうまくいったみたいだ。


「5人も、ふたりじゃダメですか?」


「そこはルールだから、あーそう言うことなら、同好会にしてみたらどうかな。部と違って予算が出ないけど、問題なければそれでもいいんじゃないかなー」


「ゆずゆちゃん、それでいい?」


「だ、大丈夫……」


 何に対しての大丈夫なのかは気になったけれど、今は聞いてる場合じゃなかった。多分、一刻も早くこの場を切り上げる方向に進めなくちゃいけないと、私の中の何かが叫んでる。


「同好会でいいそうです。顧問とか申請とか、先生にお願いしてもいいですか?」


「いいよいいよ、今空いてるからまかせてー。それじゃあこっちで庶務の方に出しておいてあげるね」


「はい、よろしくお願いします」


 私は軽く会釈する。先生は踵を返し職員室へと戻るため、曲がり角を過ぎていく。その姿が見えなくなると、私に全体重を預けていたゆずゆちゃんは、緊張の糸が切れたのかその場にへたり込んでしまった。


「大丈夫? 保健室いく? ……っていうことじゃ、無いんだよね」


「うん……」


 私が見たものを、きっとゆずゆちゃんは見えてはいない。

 ゆずゆちゃんが見たものを、きっと私は見えてはいない。


「じゃあ、うちに寄って行かない? ちょっと聞きたいこと、話したいことがあるし」


「うん……。私も、話したい」


 その違いは分かり合えないかもしれないけれど、それでももしかしたら、何かが判るかもしれないと、その時私は思っていた。


 同じ音を、その時確かに、聞いたのだから。


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