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銀の瞳に映る夢  作者: 右槙ねじ
銀と、夢と、ひとかけらの願い事
4/35

3 クラス

 学校までの道のりを、駆け足気味に歩いて行く。風になびく髪は光を反射し、きらきらと輝いている。

 正確には、乾かしきれていない髪に含まれた湿気のせい。


 正門を抜けると、桜並木が銀を出迎えてくれた。


 人の気配は無く、既に入学式が終わってから随分と時が経過していることを見える形で理解する。

 爪先に掛かる力を少し強め、教室まで辿り着く。プレートには『1-A』の文字が浮かぶ。


 扉に手をかけ、一呼吸。


 ガラガラと音を立て開かれた扉の先には、各々の席に座っているクラスメイト達。幾つかの視線が銀へと向けて突き刺さる。

 少し動揺しつつ黒板前に顔を向ける。まだ先生は来ていない。


(セーフ、ギリギリセーフ!)


 そもそも入学式は終わっている。何も間に合ってはいないのだが銀の中では無かったことにされていた。


 早く席に付かなければと思いつつも、何処が自分の席なのかわからない。だが既に、開いている席はひとつだけ。教室の後ろから見て廊下側一列目の先頭。学年が上がるときはいつだってそこが定位置だった。


 そう、苗字をひらがな順で並べると、逢坂の”あ”かつ、2文字目も”い”とくる。もはや特等席であるそこへと向かい席につく。


 銀へと向けられていた視線もほぼほぼ外れ、近くの席同士で会話するもの、通信端末を操作しているもの、大まかに二種類に分かれていた。

 銀も後々の事を考え、なんとか間に合った旨をメールで母親へと報告する。


(ひとまずはこれでよし、と)


「ねえねえ、遅れてきたみたいだけど何かあったの?」


 声がする方、左隣の席へ顔を向ける。焦茶掛かった髪を短めに揃えハーフリムのメガネを掛けた女の子が、銀の方を向いて微笑んでいた。


「あ、私は岸本ゆずゆ(きしもと ゆずゆ)。よろしくね」


「私は逢坂銀(あいさか ぎん)。こちらこそ、よろしく」


 そう言って、銀は負けじと笑顔を返した。


 互いに自己紹介をし、相手の顔と名前を一致させる儀式は完了。ここからは質問タイムになる。


「道に迷ったりした? 駅からはほとんど真っ直ぐじゃないっけ」


「ええと、ちょっと家庭の事情で……」


 答えつつも若干顔が引きつっているのを銀は感じた。本当のことを言うのは流石に第一印象が悪くなりかねない。最初に付いたイメージはなかなか覆すことが出来ないのだ。


 じっと銀を見つめていたゆずゆは、少し首を傾げ、うーんと呟くと、


「なんだあ、てっきり寝坊したのかと思っちゃった」


 正解を言い当ててきた。


「……なんでそう思ったの?」


「えーだって」


 ゆずゆは腕を組み、答え合わせを開始する。


「髪の毛、ちょっと水を含んでるよね。雨は振ってないでしょ、途中で水ぶっ掛けられたとかだったら服も一緒に濡れてるはずだし。そうすると、髪だけ濡れて生乾き、お風呂あがりみたいだよねって」


「い、急いできたから汗かいたとかは?」


「それはないかなー。確かにちょっと着崩れ……ほらスカーフとかなんか曲がってるけど。でもほら、教室入ってきた時、息上がってなかったでしょ。走ったりしてないよね。慌てて着替えてやってきたって感じ」


 答えながら、ゆずゆは銀のスカーフを軽く整えた。


「どうかな、いい線いってると思うんだけどなー」


「だ、大正解……」


「「おおー」」


 回答と共に、後ろの席からふたり分の感嘆が耳に届いた。どうも聞かれていたらしい。銀の席を囲む3人には、初日から寝坊するという情報が一番最初にインプットされてしまった。


「じゃあ家も近いのかな」


「すごい、ホントになんでも判るんだね。まるで探偵みたい」


「探偵、探偵っぽい? 私、ミステリー小説とか大好きで、そういうの憧れてるんだよねー!」


 どうやらその一言が、ゆずゆを喜ばせるポイントだったらしい。ここまでのやり取りから、銀の中でゆずゆは文学少女という立ち位置を確立させていた。




 ガラガラと前側の扉が開く音が教室に響き渡る。周囲のしゃべり声も、ボリュームを絞るようにヒソヒソ声に切り替わっていく。

 ゆずゆとの会話を切り上げ、正面、黒板の方へと向き直す。そこに現れていたのは、少し前に母との通信中に見かけた、従姉妹の。


「えーこれから一年間、みなさんのクラスの担任になる……」


 カッカッカッと、喋りながらも手を動かし指先で板書。液晶素材の黒板へと横向きに名前を刻んでいく。


逢坂菜波(あいさか ななみ)です。担当教科は国語です。わからないことがあったら何でも聞いてくださいねー」


 すかさず、後ろの方から質問が飛んでくる。


「ほんとーに先生なんですかー」


 クラス全員が、きっと、一番最初に聞きたかったことだ。

 どう見ても教壇に立つその人は、自分たちよりも小さく幼い。ここが中学校だとしたら、新入生だと言えば誰しもが信じる程だろう。


「残念ながら本当です。去年からこの学校に着任していますので、他の先生方にも聞いてみてください。自分達より小さい子に教わるなんて、って言うことだったら、それはなんともいえない所です。嫌だったらごめんね」


「可愛いから大丈夫です!」

「かわいい」

「何歳ですか!」

「どうやって教師になったんですか」


「はいはい落ち着いて。そういう質問はロングホームルームの時に聞いてあげるから今日は控えてね」


 やはり、この小さな教師に皆興味津々。多少噂声は聞こえるものの少しずつおさまっていく。今この場面は乗り切ったつもりでも、質問攻めに遭うことは必至だろう。従姉妹の銀からしても色々なことを問い詰めたい位だった。







「以上で終わりです。個人的な質問以外は受け付けますが、なにかありますか」


「「…………」」


「特に無いみたいですね。それではみなさん今日はお疲れ様でした。さようなら」


 軽い注意事項や今後のことについて、取り留めの無い話を交えつつも今日の学校行事は終わりを告げた。




(帰って、寝よう)


 先生の話を聞いている内、再び眠気が膨らんできた銀は早々に帰ろうと考えていた。せっかくだから仲良くなったゆずゆや、近い席の子達と親睦を深めようといった思考へと繋ぐ回路は繋がってはいなかった。


 ゆっくりと立ち上がり前を見ると、扉に手を掛けていた菜波と目が合ってしまった。菜波は何かを考える素振りを見せると、銀の席の前へと近寄って来た。


「銀さん、これから予定ありますか?」


「特には無いけど、帰ろうかなって」


「えーもったいない、お昼どこか食べに行かない? おごるよー」


(正直めんどくさい)


「はい、私行きたいです!」


 間髪入れず隣席のゆずゆから声が上がる。彼女は乗り気満々のようだ。


「誰か他にも一緒にお昼行く人いるかなー? おごるよー」


 今度はクラス中に届くよう声の音量を上げて、先生は参加者を募った。が、参加表明が増えることは無かった。それもそのはず。


「ごめんねせんせー、私ら今日来てないからさ」

「知ってたらちゃんと来たのにー」

「次は早めに教えてください!」


 今日このクラスに生身で参加している生徒はふたり、銀とゆずゆだけだった。ふたりしかいない、ではなく、ふたりもいる、が正しい。それほどに生身での出席は不必要なのがこの時代の実情だった。


 結果的に、菜波の誘いを断りきれなかった銀を加えた菜波、ゆずゆの三人は、少し遅い昼食を揃って取る為に駅周辺へと足を運んだ。


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