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銀の瞳に映る夢  作者: 右槙ねじ
銀と、夢と、ひとかけらの願い事
3/35

2 入学式

 翌、4月5日は雲ひとつない快晴に恵まれ、程よい風に桜並木は枝葉を揺らしている。ゆらゆらと舞い散る桜が春の色を強調していた。

 それはもう、これが入学式日和だとでも主張するかのように。


 生徒達も保護者達も、会場である体育館へと吸い込まれていく。そこには居なければいけない筈の銀の姿は見当たらなかった。




 学校から徒歩10分にも満たない距離にあるマンションの3階、銀の住む部屋。差し込む朝日は遮光カーテンに遮られており、電気の消えた部屋は薄暗く静寂に包まれていた。


 目覚ましひとつ鳴る様子も無い部屋の中で、銀はとても気持ちよさそうにベッドで眠り続けていた。


 入学式の開始時刻を過ぎようとしているとも知らずに……。









「――――以上で、入学式を終わります。 生徒一同、起立」


 壇上からの閉会の言葉に合わせ、ザザザッと皆が一同に起立する。後ろの方から数列ごと、クラス単位に生徒達は体育館を後にしていく。

 綺麗に整った隊列は、学校行事でよく見かける風物詩。だったのは21世紀前半で終わりを告げていた。今では実際に学校でこれを行う機会は減ってきている。


 科学技術の進歩に伴い、仮想空間上で学校行事の全てを賄える時代。勿論それは学術機関のみではなく、現在の生活基盤を支えるほどに根を張り巡らせていた。


 にも関わらず、今しがた隊列を組む光景が繰り広げられている。この高校が技術的に遅れているという訳では無い。では、何故か。

 その理由は、仮想空間の利用だけに留まらず、その先の技術を試験的に取り入れている為だ。


 学内全体に3Dホログラムを実像として投影、即ち拡張現実を目視することを可能とするための設備が組まれており、実世界のこの場にあたかも存在しているかのように見せかけることが可能になっている。その為、実際にこの場に来ていない生徒や保護者も数多く存在する。




 体育館に残る生徒も残り僅かといった所、周囲をきょろきょろと見回している少女がひとり。見た目12、13歳といった程度の小柄で童顔、セミロングの白髪をサイドアップに結わえているその少女は、保護者として参列していた逢坂白音(あいさか しおん)

 彼女は娘である銀の姿が確認出来ず戸惑っていた。


『ねえ……菜波、銀見かけなかった?』


 左手を耳に添えるように頭に当てて、念じるように心の中で問いかける。


『いっぱいいるから流石にちょっとわかんないや。ごめんね、しーちゃん』


 問いかけに対する答えは求めていたものとは違ったが、頭の中に反響してくる。

 たしかにこの数の生徒の中からたったひとり、逢坂銀(あいさか ぎん)を見つけて欲しいというのも難しい話だった。仕方のない事だと認識している。


 生徒はすべて退場し、あとに残った保護者たちも会場を後にしていく。そんな中、参列する教師側から保護者側に居る白音へと向かってくる黒髪の少女が居た。


「しー……白音さん、見つからないですか?」


 声を掛けて来たのは、昨年から国語教師として在籍している逢坂菜波(あいさか ななみ)だった。こちらも白音と同じ年頃の見た目をしているが、飛び級で教員免許を取得しており戸籍上は白音の姪に当たる”事になっている”。


 白音は静かに頷き、肯定の意を示す。


「そうですか、ではこちらに着いて来てください」


 そう告げると菜波は、白音を連れ立って会場を後にし、体育館裏と用具倉庫に囲まれた小さな空間へと移動する。

 その姿は保護者と言うにも高校生と言うにしても小さすぎるため、歩く二人を見かけた新入生の保護者からは、小学生か中学生が連れ添って歩いていると勘違いされていた位で特に気に留める者はいなかった。


「この辺り、昔と全然かわってない」


「あーそっか、しーちゃんは此処通ってたんだっけ」


「あの時は、菜波を探して此方に来たから」


「でも今度は私がいるし。周りの気配だけ警戒お願い」


「わかった」


 菜波は目を閉じ、体の力を抜いて両の手のひらを胸の前でそっと重ねる。周囲の音、木々のざわめきが静かになっていくのを感じる。数瞬の後、彼女の足元を中心として、幾何学模様のような魔法陣が地面で発光しつつ、ゆっくりと回転を始める。


 菜波が得意とする、特定条件の対象を見つけ出す為の魔法『エリアサーチ』。最大距離は地球の10分の1程度をカバーする。通常であれば数キロメートル程度の半径で展開するものであり、上位の使い手でも100キロメートルを越えることは殆ど無い。


 菜波の魔法出力は規格外だが、それはこの魔法だけに限った話ではない。

 現存する魔法使いの中で彼女を越えるものはいないだろう。


 菜波は意識を集中する。


(学内には……いない。でも学校に比較的近い所。そこそこ高さがある……から、多分引越し先なのかな。それにしても……移動していないというか、動いている気配が全くしないかなー)


 そこから菜波は、一つの結論を導き出す。




「んー……あー……えーっと、非常に言いづらいのですが」


 一拍間を置き、言葉を続ける。


「寝坊、じゃないかなーあはは……」


「はあ……」


 菜波はなんとも言えないといった風に笑いながら答え、白音は顔に手を当て項垂れていた。









『ピピピッ』


(うるさいなあ……)


『ピピピッ』


(もーちょっと寝たい……)


 銀は耳を突く電子音に不快感を表しつつ、自室のベッドで布団に包まり、手足を丸め縮こまった。

 家にいた時は母親が起こしてくれていたが、引っ越してから2ヶ月経つ今となっては、きちんと朝起きるという生活習慣は崩れ去りすっかりと堕落していた。


『ピピピッ……映像通話を着信しています。回線を接続してください』


 音の発生源は部屋の真ん中にある机の上。ブレスレット型の通信端末から発せられている。現在の通話用デバイスとしては一般的に普及しているタイプのひとつ。他には指輪やイヤリング、ネックレス等、装身具の形を模した物をよく見かける。


 布団ごとベッドから転げ落ち、芋虫のようになりながらも机の上に手だけを伸ばし、端末のボタンを操作し通話を受ける。

 卓上では端末の上に透明な淡い緑のパネルが現れ、そこには母である白音の姿が映しだされた。


『あれ、いない。ぎーん、銀起きてー』


(ママ? なんだろ……)


 銀は眠気眼をこすりながら、机の上へと顔をだす。

 布団には包まったままで。


「おはよー……。どうしたの、ママ仕事は?」


『おはよう銀。今日は何の日か、わかるかな』


「えー……と」


 答えつつも頭はうまく回らず、半開きの瞳は再び閉ざされようとしている。頬を机に押し当てると、ボサボサに乱れた髪が無造作に投げ出された。


(なんだっけ、明日早く起きるように、はやおき……あ)


 気づいてしまった瞬間、頭のトルクが拡大していく。それは焦りを伴い、既に逃げ場のない檻に捕らわれていることを察知した。


「あ、にゅ、入学式っ!」


『おはよう銀。今が何時か、わかるかな』


 その声色から、にこやかな表情から発せられる圧力は、銀の心臓を締め付けるのには十分すぎるほどの雰囲気を伴っていた。


(何時、とか、それは重要じゃなくて。そもそも何時かわからないし。どうしようどうしようやばいよー……)


 銀は軽くパニックに陥っていた。


『白音さんだめですよー。あんまり銀ちゃんいじめちゃ』


 聞き覚えのある声とともに、画面上には顔の四分の一程、片目だけ画面に写り込んできた人影。それは銀の知っている人物、従姉妹の菜波だった。

 どうして今母親と一緒にいるのかはよくわからなかったが、助け舟を出してもらったことに心の中で感謝した。


『おはよ。そこたしか学校近いよね。まだ始業式終わった位だから、クラスの方はちょっと時間かかるし間に合うと思うよー。いそげー』


『それじゃ銀、ちゃんと学校は行ってね』


『クラスは2階の1-Aだよー。間違えないでねー』


 一方的に告げられる形のままパネルは消失し、通信は終了した。


 銀は次に実家に帰った時のことに頭を痛めつつも、這い出し切れていない布団に足を取られ、再び床との親睦を深めていた。


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