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銀の瞳に映る夢  作者: 右槙ねじ
銀と、夢と、ひとかけらの願い事
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1 16歳の誕生日 (★)

 夜更け過ぎ、逢坂 銀(あいさか ぎん)はひとり胃もたれと戦っていた。4月4日の誕生日を迎え、今日で16歳になる。久しぶりの実家で賑やかに夕食をとったせいか、抑えがきかずに食べ過ぎてしまっていた。


 今日は冷え込むと母に言われ、大判ストールを羽織り胸元でブローチ留めすることでポンチョ風にあしらっていた。艶のある黒の長髪は風を受けて揺らめき、所々に配された白髪の房が綺麗なコントラストを演出している。

 黒に混じる白髪は若白髪ではなく、母親である逢坂白音(あいさか しおん)から遺伝したものである。


 帰路につく足取りは重く、胃袋の中身もずしりとした重みを主張していた。


 今日は自分のお祝いだから残すのももったいないと考えた銀の行動は、結果として自身の胃袋に深刻なストレスを与えていた。


(やっぱり、高校から一人暮らしなんて言い出さなければよかったかなあ。ほんとつらい、少し休もう……)


 公園前のガードレールに腰を掛け、目を瞑り顔を上げる。


 4月にしては冷ややかな風が、体全体を撫でていくのを心地よく感じたつもりだったが、その温度は先程までと比べ物にならないほどに冷え込んでいた。


(ちょっとまって、おかしくない? 寒くない?)


 そっと頬に触れる冷えた感触が溶けて水滴に変わっていく。銀はゆっくりと目を開けると、きらきらと白く光る何かが空に。


 雪が、降り始めていた。


 雲一つない透き通る夜空に、光り輝く白が散りばめられていた。銀の瞳はその光景を食い入る様に見つめていた。


 それは、幻想的な景色に目を奪われたとか、お腹が痛くて動きたくなかったとか、そういうことではなくて。




 銀は、疑問に思う。

――なんで、雪が降ってるんだろう、と。




 それは、4月に降る雪が珍しいとか、そういうことでもなくて。




 銀は、疑問に思う。

――――なんで、雲がないのに、雪が降ってるの、と。




 そして、気づく。


(ああ、そっか――――)




 体感温度が、寒いから寒気へと徐々に変わっていく。

 違和感、なんとも言い難い感覚が、体の周りに靄がかかったかの如く広がっていく。


 銀はこの感覚に覚えがある。昔からこの感覚が来た時は、決まって幻覚や怪奇現象に苛まれてきたから。ここ数年は感じなかったため、再び訪れた事にとてつもない恐怖を感じていた。


 両手で体を抱きしめ、顔を伏せ、小刻みに震えていると……カツン、カツン、と足音が、ゆっくりとこちらへと近づいて来る。


 銀の正面で、音が止まる。


(うそ、どう、しよう、これ、どこか、いって……)


 ドクン、ドクン、と心拍数は跳ね上がり、血はめぐり、先程まで冷たかったはずの体は熱く、それでいて寒気は、凍えるほどに背筋を冷やす。


 何かが、目の前にいる。


 茂みを撫でる風の音しか、耳には届かない。

 遠ざかる足音を望んでも、それも耳には届かない。


(見たくない)


(走ったら逃げきれるのか)


(追いつかれたらどうしよう)


 ぐるぐると頭の中を思考が過る。無駄と思える問答を繰り返している内に聞こえてきたたった一言で、その思考は遮断された。




「もしかして、銀ちゃん?」


「ふぇう」


(え、あ、なんか、すごい変な声出た)


 銀は聞き覚えのある声に恐る恐る目を開け、顔を上げる。その瞳に映り込んだのは金髪をツーサイドアップに結んだ小柄な少女。銀はこの子を確かに知っていた。


「……夢、ちゃん」


「んー」


(だって、さっき一緒に、お鍋つついてたし。お豆腐美味しかったし)


 銀が目の前に立つ少女と初めて出会ったのは、わずか数時間前。

 実家での誕生日に銀の母親から招待されていた彼女は、鈴木夢(すずき ゆめ)と名乗っていた。


(やっぱり、凄いかわいいなあ。アイドルの砂糖菓子夢(さとうがし ゆめ)ちゃんにとても似てる)


 銀が受けた最初の印象は、『すっごく変な子』。

 鈴木夢当人曰く、ロシア人とのハーフ、飛び級で修了済み、声関係の仕事に就いている等々と……随分と突拍子のない話が多く、子供の言うことだし幾らかは作り話だろうと話半分に聞いていた。


(あ、歳聞いてないや、見た目12位だけど)


 遮断された恐怖が再び心に芽生える隙を与えないかの如く、出会った時の記憶が溢れ出してくる。無意識に頭がとった防衛反応に気付くことが出来るほど、今の銀には心に余裕を持つことが出来なかった。

 目線はそのまま、目の前の少女の動きをただ追いかけていく。


(なんか、今にもバキューンて音がしそうなポーズとってるけど、え、なんで)


「ばきゅーん」


(ほんとに言っちゃったー!)


「……ほんとに夢ちゃん?」


 銀は内心恐る恐るといった感じで、声を掛けていた。


「夢は夢だよ?」


「お家こっちにあるの?」


「やぼよーってやつよ、まかせとけ」


 腰に手を当てて、すごい笑顔を作っている。

 会話がさっぱり咬み合わない気がするが、それが余計に本人っぽいと判断した銀は軽い溜息を吐き出す。一息付き、安堵している自分に気づいた。


「てかなんで銀はここにいるの。さっき鍋猛ってたよね、それはもう猪の如く」


「えぇ……今一人暮らし始めてて、この辺住んでるから」


「宿ゲットだぜ!」


(えぇ……何しに来たのこの子)


「いいからはよはよ、何処住みどこ住みー」


「あーもーはいはい、部屋で暴れちゃだめだからね」


 勢いに押し切られる形となってしまったが、この時銀は心の中で、本気で夢に感謝していた。銀は立ち上がると夢の頭をそっと撫で、軽く抱きしめてから並んで一緒に歩みを進めた。

 そこにはもう、先程まで感じていた不安や恐怖は存在してはいなかった。


 ただひとつ、身を包む違和感だけが残っていたが、顔に出ないよう極力意識を逸らし続けた。









「あーあーてすてす、3時のおやつです、どーぞー」


 あの後、夢は銀の部屋には入らず入口前で別れを告げ、再び公園へと足を運んでいた。心配だから家まで送り返したというのと、なるべく早く公園から引き剥がしたかったというのが、あの時声をかけた理由だった。


『夢さん、もう少し、真剣にやってほしい』


「しゃらくせえ」


 ブランコを漕ぎながら夢は呟く。軽く耳を覆うように頭に手のひらを当て喋っているが、装飾に通信機器の類は見当たらない。そもそも発声する必要もなく心の中で呟くように語りかけるだけでいいのだが、面倒臭がった夢はそのまま口に出していた。


 もっとも、事前に公園周囲の住民には避難勧告が出ており、人払いと幻惑の魔法も発動しているため見られるような事はないと踏んでの行動である。


 雪は既に降っていない。


 代わりに光の粒子があたり一面で輝いており、それはさながら田舎の湖を覆い尽くす蛍の群れを連想させる光景だった。


 野暮用は既に済んでいた。


『後どれくらいで、直りそうですか』


「お湯入れてバリカタ、はいはい終わったよー」


 そう告げる声と共に、周囲の光は静かに暗闇へと溶けるように消えていった。公園及びその周辺は、数時間前に訪れた時と寸分違わぬ姿をしている。

 あえて違いを上げるならば、銀が感じていた違和感の正体が取り除かれたという一点のみ。


 ここで何が起こっていたのかは、居合わせた者にしかわからない。

 公園を囲む樹木が、遊具が、周辺の家屋が炎上し、焼け落ちていた事を知るのは、ほんの一握り。


「相対湿度なんとかして鎮火を狙ったのは面白いと思ったけどさあ」


 夢は足を曲げては伸ばしを繰り返し、ブランコの動きが止まらないよう操縦する。


「やっぱ地球上の法則とかかんけーないんじゃないのこれ」


 地面に対して垂直になった瞬間、軋む音も慣性も無く、ピタリと停止した。


 立ち上がり、公園内をゆっくりと歩きながら問題は無いと確信しつつも問題が無いことを確認していく。軽く見回る限りは元に戻っていると感じた。寒さだけは冬本番といった所だろう。


『基本的な物理法則なんかは同じと聞いてますが、あくまでも基本的な部分だけ、だそうです』


「ふーん」


 さも興味なさげに相槌を打つ。夢は両腕を広げてその場でくるくると回転し始める。その行動に意味は無い。ワインレッドのフレアスカートが広がり、ふわふわとはためいている。


『こちらでも問題は感知出来ません。お疲れ様です』


「おつかれおつかれー」


 動きを止めると、誰が見てるわけでも無いのに疲れたと言わんばかりに目を閉じ、ぱたぱたと手を仰ぐ。が、すぐにその顔は真剣味を帯び、


挿絵(By みてみん)


「そんなことより、いい加減アイツに話してやれよ。正直見てらんねーぞ」


 声色は先程よりも1オクターブ下、とまでは行かないが随分と低くなっていた。普段の調子では軽い為、こういう時だけはドスを効かせるようにしている。過保護なのはいいが、それだけでは本人の為にならないのだと暗に告げている。


『夢さんが、真面目な話するなんて。めずらしい』


「はあー? 娘の味方が欲しいから今日呼んだんじゃないの? そっちの思惑に乗ってあげてるだけですけどー」


『手間を掛けさせてしまって、ごめんなさい。一人暮らししたいって言われた時は、もうそんな年頃なんだなって、嬉しかったのですが、流石に誰も見てないところに置くのは、心配だったんです』


「親バカかよ」


 悪態は付いているものの手を貸さないつもりは毛頭ない。それだけの信頼関係が二人の間にはあった。それに、目をかけておかなければいけないのは、夢にとっても同じだった。


「今回の件もそうだけど、本当のことを教えてもらえないってのは、辛いからな」


 どちらのほうが結果的に正しいかは判断出来ない。それでも、後で告げられるよりも、ちゃんと本当のことを伝えてほしい。夢はそう思っていた。それは、自分たちの後悔に対する回答でもあった。


『そうだね、わかった。次のが終わったら、ちゃんと話す』


 彼女の出した答えも、きっと同じものだったのだろう。何も知らずに終わることは出来ない。次のが、という部分には多少不満があったが、そこまで強く言う程でもないかなと夢はその時思ってしまった。


「夢もそう思います。 ねむ、始発で帰って休業日です」


『明日は一日署長では?』


「は? え、まじで? 聞いてな、いや聞いてたわ、うっわ――……」


 両手で頭を抱えしゃがみこんだ夢は、どうすればサボれるかを必死に頭の中で模索し始めていた。







 そんな夢の一挙手一投足を、遠くから見つめていた少女がひとり。


 メディアで見かけるバーチャルアイドル、砂糖菓子夢(さとうがし ゆめ)と、とても良く似たその容姿を、しっかりと目に焼き付けていた……。


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