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DROP OUT  作者: カタコト
7/8

アッパーをくらった

 学生街を抜けて商業的な建物が少なくなり、かわりに住居の立ち並ぶ通りに出た。目の前にある交差点を左に曲がって、ちょっと歩いてから横道に入れば、すぐに啓介の住む二階建てのアパートに着く。

 何もない夜道をただ歩き続けているだけなのに、今このときをめいいっぱい抱きしめたくなって、体がそわそわし始める。携帯を取り出して、フライデー、と叫びながら正人を連写すると、持ち前のサービス精神で色とりどりの表情とポーズで返してくれた。

【酔った変態にアッパーくらわされた。これから啓介の家にこいつ連れて突撃します(笑)】

 目を見開いて口を縦にぽっかりと空けた正人の写真をツイッターにあげると、とてつもない充足感で胸が満たされた。高いものを買ったとか、どこか遠くに行ったとかよりも、何気ない日常を生きていますというのが、精いっぱいの自己顕示なのかもしれない。日常生活やってます、と澄ました顔をしていることが、せわしない毎日を送る人間への無言の宣戦布告なのかもしれない。

「やべ、コンビニ寄るの忘れた。ちょっと引き返すぞ」

「だな、俺も忘れてた」

 今すぐとなりにいる友人が、これから先、画面越しの社会に羽ばたいていく。いつ、どこで、どんなことをやったのか。自分で自分をプロデュースして、箱庭の世界を彩る日々に、うんざりしてる。でも辞められない。携帯片手に何割か増しに盛られた毎日を、発信しながら生きていく日々から逃れられない。

「てか、さっきの写真あげといたから」

 引き返そうと体を捻ったのを、正人は止めて、代わりにもう一度アッパーをくらわせてきた。どん、と体の中に音が響いて、その瞬間、嬉しさと切なさがぶつかり合った。

「バカヤロー。そんなことばっかしてんじゃねーよ」

「まあまあ落ち着け。結構良く撮れてるよ?」

十年後、いや、もしかしたら五年とか、もっと短い期間のうちに、自分と正人は全く違う世界の人間になる。それは、単にアパートとマンションのような差かもしれないし、すれ違う人の隔たりみたいな、もっと繊細なことかもしれない。

「ばあか、ばかばか、ばあーか」

こうしてじゃれ合う時間もいったいいつまで続くだろうと、感傷に浸りたくなるときもある。もう、二度と会えないような気さえもしてしまう。

なら、今、このときを大切にする?

違う。いつかなくなるかもしれないから、今を大切にするっていうのは、根本的なことから逃げ出すのと同じだ。

「ばかじゃねーよ。お前がばーか。なんか知らんけど、内定取ったから、お前ばかばか」

積極的に。それが、自分にとってかけがえのないものならば、自分の手で守り通せばいいだけだ。社会とか、世間とか、目に見えない何かによって、今このときが奪われるなんて、許していいことじゃない。

コンビニのマークが入ったトラックが横を通り過ぎて、右手彼方に見える店舗の駐車場へ入っていった。ゆったりとした車体の動きの奥で、社会は今日も蠢いている。眠らずに、止まらずに、自分たちの手の届かぬところで、うねりを上げる音が聞こえる気がした。


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