夜道を歩く。友はとなりで
啓介の家は居酒屋から駅とは反対方向に歩いて十分程で着く。駅からの大通りには、自分たちと同じように一通り飲み終えて店を出てきたような、学生やサラリーマンに見える集団がいくつかたむろしている。学生街として有名なこの通りも、夜になればいくらか物騒になって、パープルの服を着た女が、酔いつぶれた中年の手を握りながら話しかけている。
「啓介はなんて言うかな?」
「何が?」
「お前が商社受かったって言ったら」
ちょうど前を歩いていた四人組が、通りかかったタクシーに手を上げた。夜道でも分かるくらいに全員髪の色が染められていて、一昔前のヤンキー思わせる風貌だ。電車はまだ動いているのに、豪勢なものだと皮肉交じりに微笑んた。
「別に、おめでとうって感じじゃない?」
「うん、まあそれもそうなんだけどさ。おめでとう、にもいろんな種類があるだろう?」
何気なく放った一言が、正人の琴線に触れたらしい。一瞬顔をしかめたのが、まばらに立ち並んでいる電灯の明かりではっきりと目に入った。
「考え過ぎだよ」
「お前は考えな過ぎだよ」
じゃあさ、と呼びかける声がしたとき、前の四人を乗せたタクシーが横を取り過ぎていく。バックウインドウ越しに見えた彼らは、楽しげに体を前に乗り出して、運転手と盛り上がっているようだった。
「お前はどうだったの」
「は?」
「お前が、俺に言ったおめでとうは、どんな種類のおめでとう?」
薄暗闇の中へ遠ざかっていくタクシーを目で追いながら、正人の進路を知ったときの気持ちを必死になって思い出す。あのとき、自分の中に流れた感情は、たしかに正人を祝福していたはずだ。それなのに、どこかで自分を疑っている。
「分かりっこないか。自分の気持ちなんて、自分が一番よく分からないもんな」
「いや、そんなことないよ。俺は正人を祝福してる。」
嘘、ではない。
「そっか。でもさ、ほんとだったら、悔しいとかムカつくとか言ってくれてもいいんだぞ?そういう感情も全部含めて俺らは俺らなんだから。そんなことくらいで、何かが変わったりしないよ、絶対」
真っ暗だけど、まっすぐな道のりをじっと見つめる。この気持ちに間違いなんてあるわけない。
「うるせーよ。酔った勢いで良いこと言うな」
勢い良く正人の肩を叩くと、バンッと軽快な音がした。続けざまにもう一発くらわすと、今度はアッパーを返された。