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DROP OUT  作者: カタコト
3/8

正人と啓介

 どれくらい二人で眠っていたのだろう。彼女が部屋を去った余韻で、部屋の中は薄暗く寒々としていた。膝立ちになって辺りを見回すと、ついさっき自分の放った言葉が行き場を失ったかのようにこだまする。ドロップアウト。戦うことを辞めた人間に、果てしてどれほどのことが残るのだろう。去り際の表情を確認することもせず、ただ、体の上に感じていたぬくもりが消え、優里が部屋の外へと歩いていく音を耳で追っていた。頭の中でかすかに残るその音が何かを告げるサインのようで、胸の辺りがそわそわとする。

【ネタバレになってんじゃんかよ。一緒に見に行きたかったのに~】

 床に転がっていた携帯を手に取って、ツイッターを開いた。啓介のリプライはいつものことながら愛想が良い。嬉しいのに、どこか苦々しい感じが残るのは、ここ最近のことではない。クスリと笑いを誘うツイートを、啓介はこれまでも生み出してきた。

【浩太、空気読めないよな(笑)】

 続けて投稿された正人のリプライを読んで、今度は思わず頬が緩んだ。空気が読めない、と言われているのに、何故か褒め言葉に聞こえてしまう。個性とか特殊って言葉と同じみたいだ。

 調子に乗って立ち上がると、天井から垂れた電気のスイッチがデコに当たった。途端、人参で釣られた馬のような角度で頭上を見上げ、絶壁のような薄暗闇の天井を目の当たりにした。見るに絶えず、感極まって、涙さえ零れ落ちそうになったのを、スイッチを入れる軽快な音でかき消した。

 明かりを着けた部屋の中では、暗がりに包まれていたときよりも、今ここにいるという実感が沸いた。部屋の白い壁とコントラストをなすように、自分の茶色い肌がくっきりとして、その中で血液がうごめいている。肌の上に浮き出る緑の線が、生きていることのリアリティを醸し出していた。

 時間が、刻一刻と過ぎていく。どこに向かうわけでもないのに、何かに急き立てれているのは何故だろう。就活を辞めて、世の中のレールを外れた自分は、今この瞬間、限りなく自由な人間だ。それなのに、なぜ、こんなに窮屈な感じがするのだろう。

立ち止まって、もう二度と動けなくなったとき、自分は自分でいられなくなる。じっと目を凝らすと、かすかに上下している表皮のように、カウントダウンが刻まれていく。

 床に腰を下ろして、再び画面に目を戻した。リプライの返信を考えているこのひとときが、脳を一番動かしているのかもしれない。

【やばい、オレまじKYだわ。自覚なかったから超へこむ(笑)】

 これは、自分の得意なパターンだ。

【お前、まじ天才(笑)】

 正人は自分の欲しがっている言葉を惜しげもなく与えてくれた。昔読んでた少年漫画は、努力を崇拝していたはずなのに、いつからだろう、天才って言葉を言われることが人生の目標みたいになっている。

 啓介からは返信が無い。きっと、この会話を見て気分を悪くしてるのだろう。大学一年で出会って以来、同じ瞬間に、同じことを感じて笑ったことが、一度もないような気がした。自分と啓介の間でがんじがらめになってしまった、細くてもろい導火線に火が付くたびに、正人が間に入ってくれる。そんな綱渡りの友達ごっこも四年目にもなれば慣れっこだ。

【けいすけー、何してんのー(笑)】

 自分の放ったツイートがタイムラインに載ったのを目にしたとき、一瞬にして鼓動が早まった。

【おーい(笑)暇してんだろ。浩太バカだからネタバレしてるよ。てか、みんな時間ない?今日飲もうよ。ちょっと重大発表がある】

 啓介からの返信は無い。

 正人がこのタイミングで話すことといえば、内定が出たって話だろう。別段、驚くこともなく、妥当な結果だと感じた。近しい友人の成功は、ドロップアウト直後のマゾヒズムを刺激する。

【まあいいけど、重大発表って?】

【会ってから言うよ。馬場近くの和民で待ってる】

【いきなりか(笑)まあ、おれもちょっと話すことあるし、飲もうぜ】

 啓介からは未だに反応がない。今日は、お前ら二人でってことなんだろうか。必ずしも全員で行動しなくなったのは、ただ単につるんでいた頃に比べれば成熟した証なのかもしれない。

 時代遅れの真っ黒なパーカーを雑に羽織って外に出た。春先の肌につんとなるような夜の外気が心地よい。一歩踏み出すと同時に、自由の文字が脳裏で踊った。





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