カラムーチョの音がうるさい
どれくらい経っただろうか。玄関の向こう側で音がして目を覚ますと、続けざまに鍵の開く音が聞こえた。優里が来たのだ。上半身を起こして体を起こすと、ゆっくりと開いたドアの隙間から、アラサー独特のなまめかしさを醸し出す身体が見えた。肩まで伸びた黒髪にはウェーブがかかっていて、昔流行ったフェロモン重視のファッションを、ぶり返してしまったようだ。
浩太が寝ぼけているふりをして、目をこすりながらあくびをすると、優里はいつものように弟を見るような表情で部屋に入ってきた。
「また寝てたの」
「いや、ちょっと休憩してただけ。今からまたES書こうと思っててさ」
「今度はどんな会社。いったい何か月かけてるのよ就活に。啓介君たちはもう決まってるんでしょ」
一瞬にして表情が曇ったのが、自分でも分かった。優里は決まりが悪そうに腰を下ろすと、手に持っていたビニール袋の中身を取り出し始めた。
「啓介は就活してないよ。他のみんなは決まってるけど」
「そうだっけ。いろんな名前が出てくるからわかんなくなっちゃうのよ。あなたの話」
袋から出てきたカラムーチョを手に取ると、縦に裂いてあけた。優里は、人を気遣ってお菓子の袋を開くようなそつなさよりも、こういう無邪気な子供っぽさを愛でている。ネットでのやり取りがしばらく続いて、やっと現実で出会えたとき、直観的にそれを察した。
「いつものメンバーは四人だよ。出来女ならそれくらい覚えろよ」
「あんたも、出来る男ならさっさと就職決めなさい」
「あんまり口うるさいと旦那にチクるよ」
「旦那なんていないもの」
テーブルの上に置かれていたカラムーチョをつかむと、優里は豪快に口へ放り込んだ。シャリシャリとかみ砕く音が部屋に鳴り響き、それが会話を終える合図になった。閑散とした五畳半では、菓子を頬張って食べる音でも、苛立っているように聞こえてしまう。
床に寝そべり目を閉じると、すぐ近くにいる優里の気配だけが身体に伝わってきた。ツイッターで出会った僕らが、今はこうして、同じ場所で同じ音を聞いている。画面越しでしか優里のことを知らなかったあの頃と今、変わったことは何だろう。
カラムーチョの音が鳴り止むと溜息が聞こえて、次の瞬間、胸の辺りに重みを感じた。そのぬくもりに身体を預けていると、ずっと奥で凝り固まっていた何かがほぐれていって、なんだか自分を落ち着けた。
「なあ、俺決めた」
相槌代わりに、優里が頭を腹に押し付けてきた。
「俺、もう就活いいや。ドロップアウト」
途端、胸がスッと軽くなる。次に出てくる言葉は、いつもの決まり文句になっていた。
「そう、あなたの好きにしたらいいじゃない。」
手元に置いておいた携帯にそっと目をやる。
「うん、おやすみ。」
人のぬくもり、今ここで確かに存在しているという充足感。体の中で張り詰めていた何かが、プツリと音をたてて二つに割れた。