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姉、悩む

緊張の瞬間――

さく姉は、運命の一段に足をかけた。

これまでの努力が報われるか否か、その一歩にかかっている……。


「ご、59.9kg――や……ややっやったぁぁぁぁッ!! ついに、ついに60kg切ったよぉぉッ!!」


もはや七月に差し掛かろうかと言う頃、さく姉は念願の50kg代に足を踏み入れたのだ。

その体重計の上に十円玉を置いたら60kgになったが、

ポジデブからすれば0.9kgなぞ誤差の範囲なので問題ないのだろう。

しばらく体重の減少が滞り、60kgの壁を超えることが出来ず心折れかかっていたのだが

好きな人とのメールの力に後押しされて、昨日よりも一歩多く進む努力をして来た結果だった。

ギリギリぽっちゃりぐらいの顔立ちになったさく姉は、また男からメールアドレスを聞かれたらしい。

和馬もさく姉に欲情しているが、このたるんだ腹を見てシたいと思うのだろうか……?


「ね、水着ってどんなのがいいかな?」

「腹が隠れるやつ」


なんせ腹筋は未だ十回もできず、筋肉がほとんどついてないのだ。

なのでへこみつつあるとは言え、腹の肉を上に横に引っ張る力がないので

下着の上に下っ腹が乗るような感じになっている。

せめて腹筋の横のベルト状の筋肉が鍛えられたらいいのだけど……。

おかげで腹だして歩くとブルルンブルルンと醜く揺れている――。


「弟の前で下着姿でいるのもどうかと思うし、水着の心配より腋から無駄毛の処理を覚えた方がいいと思う。」

「だ、だって知らないんだもんッ――」


この下っ腹をちょっと引っ張り上げて、無駄毛の処理さえすれば

むっちり具合が出て男は言い寄ってくるんだろうけどなぁ……

知ってか知らずか当の本人は三段腹を作りながらソファーの上で膝を抱え、想い人へメール送っている。

この姿を写メに撮って送ってやりたい――。


想い人とは学校ではまだあまり会話できないようだが、

メールでだんだん打ち解けてきたようでそれなりにやり取りをしているようだ。

と言うか男の方も気があるんじゃないの……、最初にアドレス聞いて来た男もそれっぽいし。


「え、えぇッ――!?」

「どうしたの?」

「や、痩せてる人が嫌いって……。」


芸能人の話で『痩せてる人多すぎ』→『痩せてる人嫌い?』→『嫌いだなぁ』となったようだ。

つまり想い人はデブ専の可能性がある――今ってデブームなの?


まぁ何となく思うのだが、恐らく痩せつつあるさく姉に『痩せるな』と遠回しに伝えているのだろう。

うっすらと気づいているのか、さく姉の手が止まっている――そりゃその人の為に痩せてたんだから当然だが。

ここで元に戻るのは簡単だ、だが再びここを目指すのは三倍は努力しなければならない。

人間堕落は簡単だが、そこから元に戻るには至難の業なのだ……。


「え……ど、どうしよう――。」

「何、豚に戻ってって?」

「違うってのッ!! ほ、保科君から『日曜日、遊びに行こう』ってメール来た……。」


保科とは最初にメールを聞いて来た男の事だ。

恐らく彼は痩せつつあるさく姉に気がある――つまり過去(激デブ)現在デブのどちらかの姿を選ばねばならない。

ここで無理に選ばずともこのままでいれば他から言い寄られる事もあるのだが。

うん、超楽しい展開になってきた。


「ここから戻るのはいいけど、多分二度と50kg代の数字は拝めないよ。」

「う、うぅぅぅ……。」

「別に保科って人を選ばなくても今のさく姉なら"ギリギリ"選ばれる範囲に入ってるし。」

「それ褒めてんの? 貶してんの?」

「どっちも。」

「あ、アンタ絶対楽しんでるでしょ――ッ!?」

「うん、これまで努力すらした事のないさく姉がここまで来たのに

 愛の為に全部無駄にできるのかなーって思ったら、どちらを選ぶのか楽しみで。」


水飲めば60kgに戻るぐらいの非常にギリギリな50kg代だし、まだ標準体重まで5kgほどある。

更に努力を重ねれば55kgまでとは行かずとも57~8kgぐらいは行くだろう。

さく姉はどちらを取るかうんうん唸って考えている――

ここまで本人が努力してきたのだからどちらを選んでもいいのだが、できれば現状維持して欲しい。

時間の問題でもあるし。


「だだっだって男の子と遊びに行ったここっことなんて無いし――。」

「そりゃ誰だってゼロからのスタートだよ。」

「ま、まだ高校生だしっ――ホテルなんて……。」

「だからどうしてそう工程を飛ばすのか……。」


せめて数回デート・告白・キス・イベントを重ねてから行けと。


「それにホテルっても休憩でも正味高いよ? ゴム代考えたら家のが楽。」

「アンタ行ったことも経験もあるの……?」

「うん。」


とは言ってもホテルはまだ二回ぐらいだけど。

保科って人のやる気次第では日曜のデートからの連続デートで夏休みだろう。

免疫も経験もゼロなさく姉なら流されるままだし。


「ほ、ホントにすぐホテルとかないよね……?」

「余程のヤンチャか、相手がもう暴発寸前ならあるだろうけど。」

「そっそっか……じゃあ、遊びに行ってから決める……のも手かな?」

「いいんじゃない?」


まぁそれが一番ベストだろうけど、一番悩むだろうな

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