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小話集  作者: 如月厄人
7/8

台風一過

ザァァ…


「なぁ…」

「はい」

「俺帰れると思う?」


俺がそうたずねると、後輩は眼鏡を少し持ち上げて、俺に言った。


「十中八九、無理かと」

「…やっぱり?」


今日台風が来るのは知っていたし、傘も持ってきていた。ただ、このタイミングで盗まれるとは思っちゃいなかったが。


それに加えて、俺が普段使っている電車はこの雷雨のお陰で全線が運転見合わせ。昼頃に始まって今もまだ動いていない。


朝から研究室に篭って作業をしていた俺は、電車が止まったという情報でさえ、つい先ほど手に入れたばかりだった。おかげさまで、卒業研究が捗りそうだ。


俺の心理的に作業速度はかたつむり以下だろうが。


それにしても

「君は大丈夫なのか?親御さんに迎え頼んだりとかは?」


後輩はディスプレイに目を向けたまま答える。


「私一人暮らしなので」

「あぁ…。下宿先は近く?」

「二駅程離れています」

「じゃあ歩くのは無理か…、君も災難だな」

「………、そうでもないですけど…」

「ん?」


なんでもありませんと答えた後輩。何と言ったのかわからなかったが、目下の問題は別にある。


研究室内に男女二人、夏休みということと、台風接近が大々的に報道されていたのもあって、他の研究室が空いている様子は無く、そもそも教務課に人がいるのかも怪しい。


兎にも角にも、此処は一度相談をするべきだろう。あらぬ疑いを掛けられては折角手に入れた内定もパァだ。


「ちょっと教務課に行ってくる」

「はい?」

「なんでそこでそんな驚くのさ…。俺はこのまま帰れないだろうから宿泊の許可と、人がいれば君を送ってもらう」

「…私と二人じゃ、迷惑ですか」


余り愛想が無いのは彼女の平素だが、今は良く表情が動く。いや、露骨に落ち込んだ顔をするとかでは無くて、微妙に眉毛が下がっている。


なんだかんだで、彼女と自分が研究室内で過ごしている時間は長い。基本的に家で作業が捗らない俺は研究室で作業するのだが、いつの間にか後輩が研究室にいて、最後に彼女と共に研究室を出ることは少なく無い。


それ故に、彼女の感情の機微は何と無くわかるようになった。


ただ、だからこそ彼女がそんな顔をするとは思っていなかった。


「迷惑とは思っちゃいないが…君は迷惑だろう。俺なんかとあらぬ疑いを掛けられるのは」


後輩は少しムスッとして語気を強める。


「あまり自分を落とすのは感心しません」

「おっと唐突な上から目線」


おじさんこれには二つの意味でビックリ。


感心されたくて言ったんじゃないんじゃよ。


「わかりました。宿泊許可は必要だと思いますけど、私のことは気にしないでください」

「いや、でも…」

「気にしないでください」

「えぇー…」


なんで今日こんなに押し強いん、君。

いつもの冷静ぶりからは想像もつかない。


「お願いします、バレないようにしますから…」

「………、んー、そうは言ってもなぁ…」


割を食うのは確実に俺なのである。


「内定消されたら私が養いますから」

「君もう完全に何が問題かわかってて言ってるね?」

「ぅ…」


俺は小さくため息を吐いた。


「わかった。君が何にそんなに執着しているかは知らないが、黙っておいてやろう。その代り、くれぐれもバレないようにな」


パッと顔が明るくなる。ここまで顔が綻んだのは初めて見るかもしれない。そんなに長い付き合いではないけど、何となく俺まで嬉しくなってしまう。


「ありがとうございます!」

「あぁ、所で、君親御さんに連絡はしなくていいのかい?」

「別に、大丈夫です。一人暮らしなんで」


ブー!ブー!ブー…!


鳴り響くバイブレーション、画面にはお母さんの文字。


「一人暮らしなので」

「そうだね、実家暮らしだね」


舌打ちしながらスマホの電源を切った後輩に言う。


「流石に伝えといたほうがいいと思うぜ?次が無くなる」

「次があるんですね?わかりました連絡します」

「いや、もしかしたらのはな…」

「次が、あるんですね?」

「アーソーダネーアルカモネー」

「ありますね?」

「あぁありますあります」


今日は強いよ、すごく強い。


ここまで押しが強いのは本当に初めてだ。対応に困るどころか対応できる気がしない。


自慢じゃ無いが告白されたことなんて今まで一度も無いぞ!告白したことも無い!好きな子は居てもヘタレてました!すみません!


だってなぁ、そういう時って大体さ、自分より何もかも優ってるって思う奴が、おんなじ想いで見てるんだもの。諦めるさ、そりゃあね。


言い方は悪いが、勝負から逃げて来た。して来なかった。


波も風も立てない、つまらなくも見える、穏便な人生。


何も彼女が出来るのは今である必要はない、そのうち出来る。仲間、友達の幅が狭い学生のうちは、穏便に、穏健に。


それが俺のモットーだった。


「あの、先輩」


でも、何故だか、今は期待のほうが大きかった。


電話を終えた彼女が俺に声をかける。


ここが分かれ目。


継続このままか、始まり(変化)か。


「………、迎え、来れるって?」

「…はい」


彼女の顔を見て、俺は笑って言った。


「良かったね。帰る準備しておきな」

「あの…!」


俺は作業する手を止めずに、間延びした返事をする。


「次は、一緒ですから」

「…次があったら、ね」


波も風も、常に同じとは限らない。


彼女は例えるなら、今宵の嵐と一緒だ。


同じルートは通らない。


扉を閉める音に、後ろ手に手を振って別れを告げる。


過ぎ去った嵐に、少しだけホッとして


「次の嵐は、いつになるかねぇ」


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