ロリコンではないおじさんが鷺と鷽のチキンオアザエッグ
オレは狙いすましたかのように間の悪い男。名を盗見聞 好太陽という。
今日は何の因果か、ファーストフード店にて、たまたま偶然奇跡的に間が悪く、好みの小学生女子二人が相席する斜向かいに腰を落ち着けてしまった。全然気付かなかった。座ってから気付いた。これでは好みの小学生女子二人の会話が、勝手にオレの鼓膜を刺激してしまうのも極めて止む方ないのではなかろうか。
オレはバーガーに蹂躙された喉を、ファンタ自慢のシュワシュワで潤しながら、特に意味はないのだけど、店内の雑音に耳を澄ます。あまり念を押すと逆に説得力に欠けてくるような気もするのだけど、本当のことを本当のこととして示さないのは道理がおかしいので、露骨さを承知の上であえて繰り返すが、本当に特に意味もなく、主に斜向かいの席の雑音に集中して耳を澄ます。
「ちょっとメイコちゃん聞いてよー。この前ねー、私のお爺ちゃんがー、詐欺にあっちゃってー」
小学生女子にしては低めの、おませな声音で女子の片割れが話を切り出す。
おませな声音とはつまり、第二次成長期を控えた青春峠の麓で、その急勾配に苦心するであろうことを懸念して、“斜に構えて大人ぶってるヤツ”と“それを察して長い目で見てやっている気取りのヤツ”の二タイプの合間にある透明ないざこざに対し、一歩引いた位置から諦観している風を装うことの出来る精神性を、獲得しようと決心する際に副産物として生じる意識的声音のことである。
無論でまかせである。
「え、サギ? サギっていうと、あの鷺かな?」
今度は逆に、推定年齢より幼さを滲ませた声が問い返す。幼さを滲ませた声とはつまり、とてもあざとく愛くるしいのである。
反論の余地はない。
「そー、その詐欺よー、その詐欺であってるわよー」
「そうなんだ。でもエミちゃん、鷺っていっても色々いるでしょ。コサギとか、チュウサギとか、ダイサギとか。お爺さんがあったのは、どういう種類の鷺だったの?」
コサギ、チュウサギ、ダイサギというのは、そういう種類の鷺である。具体的にどういう種なのかは知らない。なぜ小学生が知っているのかも、オレが知るわけはない。おそらく名前が大中小と並んでいて覚えやすかったのだろう。
「小詐欺、中詐欺、大詐欺? うーん、規模でいえば小詐欺よねー。振り込め詐欺って言ってたー」
エミちゃんが間延びした声で答えると、メイコちゃんは不思議そうに言う。
「フリコメ鷺? それは聞いたことない種類の鷺だよ」
おや。
オレは二人の会話のすれ違いに気付く。
「そうなのよー、今はやりのー、振り込め詐欺にあっちゃったんだってー」
エミちゃんはやれやれと呆れるように、かつ同情するように言う。
「はやってる、の? えっと、鷺がはやるってどういうことかな、エミちゃん。マスコット的にってことかな? ゆるキャラみたいな」
「マスコ……?」
エミちゃんは、そこだけ聞き取りづらかったのか言葉に詰まる。けれどすぐ、「あー、マスコミ的にってことねー、そーそー」と勝手に解釈を補完する。
「それでさー、お爺ちゃん、有り金全部持っていかれちゃったんだってー」
「有り金全部? 鷺に?」
メイコちゃんはおそらく、鷺が爺さんの財布を嘴でかっぱらっていく図を思い描いているのだろう。そんなこと実際にあるとは思えないけれど。
「そんな、お爺さん可哀想。手癖の悪い鷺だね」
「いやー、手癖が悪いもなにもー……。手癖の悪さが行き着くところまで行き着いちゃったものでしょー、詐欺って。何をそんなに驚いてるのよー、メイコちゃん」
「ええっ!? 鷺ってそんな悪い生き物だったの!? わたし知らなかった……」
「いや、詐欺自体は生き物ではないと思うけどー」
「生き物じゃ、ないの? じゃあ、なんなの鷺って! あの白くはためく鳥っぽい物体は一体なんなの!? こ、こわいよ、こわいよエミちゃんっ!」
「何言ってるのー、落ち着いてメイコちゃん、意味わかんないよー。ていうか色で言うなら限りなく黒でしょー。白くはためくっていうか、黒くはた迷惑な存在でしょー、詐欺は」
」
「じゃ、じゃあ、わたしが今まで写真とかテレビで見てきたのは鷺じゃなくてなんだったのかな……」
「知らないわよー、そんなのー」
エミちゃんは不思議に思いつつも受け流す。
それにしても、エミちゃんは爺さんが振り込め詐欺に遭った話をしていて、それをメイコちゃんは鳥の鷺の話だと勘違いしているのか。
普通お互いに気付きそうなものだけど、そこはそれ、小学生の良く言えば固定観念に捉われ難いという利点もとい勘違いし易いという欠点によって、奇跡的に認識がズレたまま会話が成立しているようだ。無垢ゆえの一口両舌とはまさにこのことだろう。
く、かわいいじゃねえか。
いや、決してオレはロリコンではないが。
たまたま斜向かいに居合わせた小学生同士の会話なんか全く気にならない。
興味なんてない、興なんて乗らない、味をしめたりもしない。
さて、架空の第三者への言い訳はそこそこに、引き続き会話を拝聴するとしよう。
「えっと、それでエミちゃん、お爺さんは結局いくら盗られたのかな? フリコメ鷺に盗られた財布にはいくら入ってたのかな」
「財布? 何言ってんのー、財布そのものを盗む振り込め詐欺なんてあるわけないでしょー。とられたのはATMのお金よー」
「鷺ごときが!? 鷺ごときがATMからお金引き出したの!? 嘴で、こう、ちょんちょんって感じかな!?」
「そんなの常識よー、常識」
「す、凄いね、常識なんだ。わたし完全に舐めてたよ鷺……ごめんね、ただの鳥だと思っててごめんね。わたしなんてATMの操作なんて全然わかんないのに……ごときとか思っててごめんね」
「いやー、メイコちゃん何か勘違いしてないー? 詐欺師が直接お爺ちゃんのATMから抜き取ったんじゃないわよー。そうじゃなくてー、詐欺師が言葉巧みにお爺ちゃんを言いくるめてー、詐欺師の口座へお金を振り込ませたのよー」
「そっちの方がすごくない!? 言葉巧みに言いくるめた!?」
「そー。智謀百出が朝三暮四の権謀術数で舌先三寸に教唆扇動したのー」
「鷺ごときが!? 鷺ごときがちぼーひゃくしゅつがちょーさんぼしのけんぼーじゅっしゅうでしたしゃきしゃんじゅんにきょうしゃしぇんじょうしたの!? 嘴で、こう、ちょんちょんって感じかな!?」
「そんなの常識よー、常識」
「す、凄いね、常識なんだ。わたし完全に舐めてたよ鷺……とエミちゃん……ごめんね、ただの鳥頭だと思っててごめんね。わたしなんてそんな四字熟語全然意味わかんないのに、まともに言えもしないのに……ごときとか思っててごめんね」
似たような意味の四字熟語を並べすぎて、意味合いが混沌と化しているのだが、そこはそれ、背伸びしたい年頃なのだろう。しかしながら、ただのおしゃまで片づけるには、およそ小学生らしくない喋りだな、この子ら。なぜそんな言葉知っている。
というかさりげなく友達に辛辣過ぎやしないかメイコちゃん。
「ていうかー、メイコちゃん今私のこと鳥頭って言った?」
「言ってない」
「そー」
「ごとき、とは言った。エミちゃんごとき。ごめんね!」
「そー」
二人の間に謎の沈黙が訪れる。バーガーを食べる音とドリンクをストローで吸い込む音がした後、何事もなかったかのように会話が再開する。
「それで、お爺さんはどうしたの? ちゃんと猟友会に駆除を依頼したのかな」
「いやー、振り込め詐欺で、さすがにそこまで殺伐としたことにはならないわよー」
「なんで!? 秩序ある人間社会のために、盛った畜生は見せしめにぶっ殺さなきゃだめだよ!」
「詐欺がいくら卑劣だからって、一応人間よー?」
「人間なの? 鷺なのに人間!? はああ??」
「メイコちゃんって時々頻繁に残酷だわー」
「鷺は鳥じゃなくて人間だったの!?」
「なんでさっきからそんなに鳥を推すのかしらー……ていうか鳥に対して凄い失礼ねー」
「ていうかエミちゃん、さっき鷺は生き物じゃないって言ってたじゃん! つまり人間は生き物じゃないの!?」
「詐欺師は人間よー。人間は生き物よー。詐欺は生き物じゃないわよー。詐欺は詐欺よー」
「ええ? 鷺は生き物じゃないのに人間は生き物なの? 鷺は人間なのに? えええ!? ていうか鷺師って何? 鷺の親分? いきなり新キャラ!? 意味わかんないよ! さっきから言ってることおかしいよ! 頭わけわかんなくなってきたよ、やっぱりエミちゃん鳥頭なんじゃないの!? この鳥エミあんまりピーチクパーチク言ってると駆除するよ!?」
「おちついてねー、おちついてねメイコちゃーん。ちょっと興奮しちゃってるねー、びっくりしちゃったかなー。大丈夫よー、落ち着いてねー。ほら、ひっひっふー、ひっひっふー」
「ひっひっふー。ひっひっふー」
「落ち着いたー?」
「う、うん。何か産まれそう」
「産んじゃだめよー」
「う、うん。帰ったら産む」
「何を産むのかしらー」
「さ、鷺」
「鷺が先かー、」
「卵が先か!」
「「チキンオアザエッグ、いえーい」」
二人は威勢良くハモると、立ち上がってハイタッチを交わす。その後何事もなかったかのように座る。
一体なんなんだそれ。めちゃくちゃ身内ノリである。
「まー、全部嘘なんだけどねー」
「え? ウソっていうと、あの鷽?」
「そー。今出てきた話はー、全部嘘なのー」
「今の話に出てきたものは……全部、鷽?」
「そー」
「それはつまり、今の話に出てきたお爺さんも、鷺も、ATMも全て鷽ってこと? ……え?」
「そうよー」
「ええ!?」
「全て嘘なのよー」
「エミちゃん、わたしまたわけわかんなくなってきた! 鷽ってあれ、鳥のことだよね!? お爺さんも鷺もATMも、人間っぽかったり鷺っぽかったり機械っぽかったりするけど、あんな姿しておいて鳥なの? 鷺に関してはまさに鳥だけど、鷽なの? 鷺なのに鷽なの!? どっち! どっちかはっきりしてよ、この鳥エミほんまええ加減駆除したろか!?」
「私は鳥じゃないわよー」
「てめえ、しらばってくれてんじゃねえ! エミちゃんのお爺さんが鷽ってことは、エミちゃんも鳥ってことでしょ!? エミちゃんやっぱり鳥頭だったんでしょ!?」
「どっちかというと鳥頭はあなただけどねー。さっきから簡単に勘違いしてくれて面白いわー」
「鳥エミごときがつけあがりおって!」
「おちついてねー、おちついてねメイコちゃーん」
「全然落ち着かないよ、あたますっぽんぽんだよ! エミちゃん、あれやってあれ!」
「ひっひっふー、ひっふひひっひふー」
「ひっひっふー。ひっふひひっひふー」
「落ち着いたー?」
「う、うん。今度こそ産まれそう」
「産んでみるのも一興よー」
「う、うん。帰ったら産む」
「何を産むのかしらー」
「う、鷽」
「鷽が先かー、」
「卵が先か!」
「「チキンオアザエッグ、いえーい」」
二人は威勢良くハモると、立ち上がってハイタッチを交わす。その後何事もなかったかのように座る。
本当になんなんだそれ。とことん身内ノリである。
「それにしてもびっくりだよ。お爺さんも鷺もATMもエミちゃんも鷽だったなんて。嘘みたいな話だね」
「まー、その通り嘘だからねー。世の中嘘だらけなのよー、メイコちゃん」
「怖いよ。鷽だらけなんて」
「政治家ってー、いるでしょー」
「う、うん」
「あいつらも嘘ばっかりよー」
「あいつらも鷽なの!? 一見人間だけど!? どうりで人間にしてはピーチクパーチクうるさいと思ってた!」
「信じられないでしょー。嘘だからねー」
「信じらんないよ、日本の中枢を鷽が動かしてるなんて。だからATMも、あんな形しておいて鷽なんだね? 手先なんだね? あれで知らない内に税金絞ってるんだね? 嘴で、こう、ちょんちょんって感じかな!? 絞りに絞って自慢の羽で高飛びするのかな!? そんなの詐欺だよ、あいつらほんと嘘ばっかりだよ! ああもう、わけわかんなくなってきた! エミちゃん、あれやってあれ!」
「ひっひふひふひうひひふひっひふふひうひふ」
「ひっひふひ……え、ちょ、なに言ってるか全然わかんない」
「落ち着いたー?」
「ど、どうかな」
「エミちゃんが先かー、」
「卵が先か!」
「「チキンオアザエッグ、いえーい」」
二人は威勢良くハモると、立ち上がってハイタッチを交わす。その後何事もなかったかのように座る。
本当に仲良いな。
しかしエミちゃんは、話のすれ違いに気付いていて遊んでいるようだ。というより、勘違いを誘導している節がある。勘違いする方も勘違いする方でどうかと思うけど。素だとしたらとんでもなくアホの子だ。
アホの子とはつまり、第二次成長期を控えた青春峠の麓で、その急勾配に苦心するであろうことを懸念して、“斜に構えて大人ぶってるヤツ”と“それを察して長い目で見てやっている気取りのヤツ”の二タイプの合間にある透明ないざこざに対し、自分は純心無垢でよくわからないから無関係という風を装うことの出来る精神性を、獲得しようと決心したはいいけど失敗した末に副作用として生じる無意識的ボケのことである。とてもあざとく愛くるしいのである。無論反論の余地はないでまかせである。
「そういえばエミちゃん、さっきから、あのおじさんこっち見てない? ずっと見てない?」
「見てるわねー。気持ち悪いわねー」
しまった。勘付かれたか。
いや、勘付かれたも何も、オレはたまたま偶然奇跡的に間が悪く、好みの小学生女子二人の斜向かいに座ってしまっただけで、何一つ後ろ暗いところはないのだが。しかし世は諸行無常なり、あらぬ誤解を受けてしまうのは極めて不本意である。
仕方がなくオレは言い訳気味の反論を試みる。決して言い訳ではない。気味の反論である。
「違う、違うんだ、好みの小学生女子二人組よ。おじさんはね、決して好みの小学生女子二人組の会話を盗み聞きしてほくそ笑みたかった変態嗜好のおじさんではないのだ。ほんとなんだ」
オレの必死の言い訳が通じたのか、メイコちゃんはニッコリ笑う。
「ロリコンなの?」
「違う。あのね、よしんばオレが、君達二人のことが好みな純然たる紳士だとしよう。だけどね、違うんだ。それはロリコンだなんて下賤なものではないのだ。なぜならおじさんはね、こう見えて、君達と同じ小学生なのだよ。タメなのだよ。おじさんに見えるかも知れないけど、おじさんはただ老け顔なだけであって、おじさんは、おじさんではないのだよ。分かるかい?」
「ロリコンてことでおっけ?」
「ここにアメちゃんがある。そしておじさんは小学生。分かるかい?」
「超わかった!」
「いい子だね。びっくりだよ」
「つまり、おじさんは、お爺さんでもATMでも政治家でも、鳥の鷺でも鷽でもなく、嘘つきの詐欺野郎ってことだね!? 嘴で、こう、ちょんちょんって感じかな!?」
あ。
この子、全部分かった上でボケ遊んでたんだな。
「勘違いが先かー、」
「おふざけが先か!」
「「チキンオアザエッグ、いえーい」」
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