壊れた涙とダイヤモンドに、熟成ワインを添えて。
2015/10/11夜のフリーワンライ企画(第66回)に向けて書き始めたものの、大幅に遅刻した為にry
使用キーワード:空涙
私はいつも泣いている。
悲しそうに、辛そうに、やりきれなさそうに泣いている。
でもそれは、偽りの涙。
私は所詮、『心の底から泣いている』“フリをしている”だけなのだ。
だって私には、心が無いのだから。
思考能力なら存在する。
我思う、故に我在り。
だから、『私』は確かに今この瞬間、ここに、もしくはどこかに、実在している。
けれど、『心』となるとどうだろうか。
私の十二指腸は実在する筈だけれど、ソコに心は有るだろうか?
否、思考能力すら、十二指腸には存在しない筈だ。
故に、実在と心の有無は、イコールでは無い。
コンピューターに『心』は有るだろうか?
否、彼らは単に、演算しているだけだ。
演算している、つまり思考能力は有るけれど、思考はしていない。
それは、『思考するソフト』を実行していないから、そうなのだ。
故に、思考能力の有無と、心の有無は、イコールでは無い。
では、思考能力の上で実行する、心というソフトとは、いったいどんなモノなのだろうか?
それはきっと、『何かに反応して変化する、思考能力の変化』なのだと私は思う。
怒れば思考能力は低下する事が多いと聞くし、悲しい事が有れば明るい思考をする能力が……。
でも『私』には、それが無い。
肉体を傷付けられても、精神を否定されても、親しいとされている知人が死んだ時も、私の思考能力は変化しなかった。
回りの人達が泣いているというのに、私はただ淡々と、『もう彼には会えないのか』と思っただけだった。
それは、心などでは無くて、単に『事実を認識』しただけだった。
『彼』の家族や友人からは、気持ち悪そうな目で見られたり、軽蔑すると言われたり、突き飛ばされたりしたけれど。
それでも、何故、彼らがそんな言動を見せるのか、私には理解出来なかった。
だから、『私』も彼らのように、泣いてみようと思ったのだ。
悲しそうに、辛そうに、やりきれなさそうに泣いてみた。
不思議と、そう思うと涙を流せた。
『泣いたという事実』を作るだけの、ソラナミダだったけれども。
私の空涙に、皆は驚いてくれた。
あの女が泣くなんて、隕石が墜ちてくるぞ。
双子の姉妹と入れ替わってるんじゃ?
あれ、わたし死んじゃったのかな?
厳しい感想ばかりだったけれど、それでも参考にはなった筈だ。
だから私は、毎日のように泣き続けた。
『心』を知る為の、情報収集手段として。
そうしたら、今度は涙が止まらなくなっていた。
どうやら、涙腺が壊れてしまったらしい。
視界が悪くなるので困ったけれど、別に良いかとも思っていた。
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『彼』が死んでから数ヵ月経った頃。
『私』は妊娠している事が、確定していた。
相手は、当然死んでしまった『彼』だった。
いつだったか、求められて付き合って、求められて純潔をあげて以来。
つまりは私の人生において、肉体関係を持った相手というのは、『彼』一人だけなのだから。
別に、好きで付き合った訳でも、好きで純潔をあげた訳でも無かった。
ただ、最初に声を掛けてきたのが、『彼』だったから、付き合っただけ。
もしかしたら、『心』を理解出来るかも知れないと思ったから、それだけだった。
そして『彼』に押し倒された、真夏の日。
交際相手に求められて、拒否する理由も無かったので、受け入れた。
私に有ったのは、下手な愛撫による少しの快楽と、破瓜の苦痛だけだった。
それから私達は、何度も身体を重ねた。
拒否しない理由が『交際相手だから』から、『悪いものでもないから』へと、変わっていったけれど。
それでも私には、肉体的・性的快楽しか残らなかった。
いや、実際には最後にシタ頃に、孕んでいた訳だけど。
『子供』の存在が確定してから、パタリと私の涙は止まってくれていた。
だから、子供には『ルイ(涙)』か『奈美(“なみ”だ)』と名付ける事にした。
奇しくも、ハーフだった『彼』は“ルイ”という名前だったし、『彼の母親』は“奈美子”という名前だったから、説明は楽なように思えた。
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それからは、あっという間だったような気がする。
『私』を嫌っていた人達も、私が『彼』の子供を身籠っている事を知ると、手のひらを返したように優しくなった。
男女の双子で、『ルイ』と『ナミ』と名付けた彼らの出産時には、『奈美子さん』が側についていてくれていた。
私に取っては初子達、『義母さん』に取っては初孫の彼らは、『彼』そっくりのように思えた。
髪の色も、目の色も、顔付きも。
全てが、父の、父方の祖父の、面影を残すものだった。
金髪碧眼の、整った赤子達だった。
それを見て。
『彼』が『私』に、心を教えてくれると、約束してくれた事を思い出した。
『事実』を知った時、もっと自分を大事にしろと、今の『お前』は間違っていると、私の精神を否定しつつも、大切に思ってくれているのは分かる素振りで話した後に。
『彼』は確かに、そう約束してくれたのだ。
実現する前に、呆気なく交通事故で死んでしまったけれど。
それでも、その意思は実在したのかも知れなかった。
そして。
双子が泣く声を聞いて、二人をこの手に受け取って、私は何故か。
何故か……何も考えられなくなっていた。
ただ、この新しい命を潰してしまわないように気を付けるのが精一杯で。
『ルイ』と『ナミ』の体温を、その存在を感じることだけしか出来なくて。
私は、溢れ出てくる涙を止める事が出来なくなっていた。
我が子と共に、泣き続ける事しか出来なかった。
空涙しか流せなかった『私』が、気付けば本物の涙で泣いていた。
生まれつき壊れていた『私』が、本当の意味で、この世界に生まれ落ちたような感じなのかも知れないと。
落ち着いてから私は、そう思ったりもした。
あの時、私には確かに『心』が有るのだと、私は知った。
『彼』の居ない世界で、『彼の遺した我が子達』が、私に心を教えてくれていた。
気付かなかっただけで、気付けなかっただけで、あの約束の時には、既に『恋心』を抱いていたのだと。
自覚なく伝えることもなかっただけで、ずっと前から愛していたのだと、『ルイ』と『ナミ』が分からせてくれた。
……遅すぎる気付きだったけど。
もう『彼』は、どこにも居ない。伝えたくても、伝えられない。
『私』の事で苦しむ事や、悩む事は無いけれど。
『彼と私』、夫婦となって笑う事は、もう出来なくなっていた。
私はしばらく間、泣き続けていた。
悲しそうに、辛そうに、やりきれなさそうに泣いていた。
本当に、悲しくて、辛くて、やりきれなかったから。
それでも、『ルイ』と『ナミ』の前では、笑顔を張り付けていた。
何もない“フリ”をした。
それは、空涙を流していた時の、正反対の事だった。
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ルイとナミは、スクスクと育っていった。
『私達』が出来なかった分まで補うかのように、よく笑い、よく遊び、よく喧嘩していた。
この前も、『パパ』の前で誕生日を過ごしたというのに、どっちが上か、兄妹か姉弟かで、言い争っていた。
『ママ』は、強いて言うなら兄妹だと知っているけど、それを言うつもりは無い。
あくまで対等な立場として、仲良くしたり喧嘩したりする二人が、愛おしかったから。
私の心は、『彼』への想いは、まるでワインのように、年々強くなってきていて。
紙のように白かった心は、少しずつ綺麗に色付いていき、いずれはダイヤモンドのように煌めくのかも知れない。
いつの日か、最高に綺麗な、ハート形のピンクダイヤに……なんてね。
紙とダイヤモンド。
紙婚式やダイヤモンド婚式どころか、結婚式すら挙げられない私達だけど。
それでも最後には、ワイン色の心になれると信じていた。
女としての幸せは、気付く前に失ってしまったけど。
二人の、『ルイ』と『ナミ』のお陰で、幸せな母親になる事が出来たから。
だから、私は上を向いて生きている。
子供達はきっと、神様と『彼』からのプレゼントなのだから。
あの時は信じる事が出来なかったけれど。
『彼』が天国から見守ってくれていると。
いつか死後の世界で、再会出来るだろうと。
そう信じて、これからも生きていく。
いつか『あなた』に、最高の熟成ワインを届ける、その瞬間まで、ずっと。
読んでくださり、ありがとうございました(^^)/
執筆時間:
2015/10/11 23:17~
2015/10/12 03:47位(03:37)。
約4時間半ですね……次は時間内に完成させたいものです。