序章 はじまりの予感
序章 はじまりの予感
いつも同じ夢を見る。いつから見るようになったのだろう?高校1年最後の期末テスト当たりからだろうか?一週間に最低一回は見ている気がする。その夢は、季節が夏だったり冬だったり見る度に情景が変わり、ある時は海辺に居たり、またある時は険しい山道を歩いていたりする。しかし、どの夢も最後には必ず同じ少女が出てきて、悲痛な表情とともに俺にこう言うんだ。
「早く助けに来て。あなたの助けが必要なの。待っているから。」
窓から差し込む朝日がやわらかだった。春先だからなのだろう。これから日が経つにつれ、この部屋は蒸し風呂のように暑くなる。朝日が昇ると寝苦しくて寝ていられなくなるのだ。まだこの季節は、明け方のひんやりした空気の中でやわらかな朝日を浴び、すがすがしい気持ちで起きられるはずだった。しかし、ベッドに身を起こした俺の気分は最悪だった。今日もまた見てしまったのだ。あの夢だった。ここ最近は、一週間に一回のペースで見ているような気がする。今日の夢では、俺は二回死亡した。一回目は谷底に落ちて息絶え、二回目は凶暴な野獣に襲われて噛み殺された。思い出すだけでも背筋が震える。一体全体、何故あんな夢を見るのだろうか・・・。
「空!何、ぼーっとしているの!早く支度をなさい!」
いつもの母親の金切声で我に返った俺は、部屋の時計を眺めた。時計は7:50を指していた。8:00には家を出ないと始業時間に間に合わない。慌てて飛び起きてベッドから転げ落ちた。パジャマを脱いで、下着はそのままでワイシャツの袖を通した。ズボンを履きながらヨタヨタと階段を降り、一階の台所へ入ると、
「朝、起きられないなら、夜遅くまでゲームするの止めなさい!今度、遅刻したらネット解約するよ!」
母親がいつもの脅し文句で先制攻撃を仕掛けて来た。反撃する時間的余裕は全くないので、少し首を竦めた状態で食卓に並べられている朝食を見回し、パンとゆで卵取って一口で頬張り、五、六回咀嚼しただけでそれらを牛乳と共に胃に流し込んだ。
「空!聞いているの?!空!!」
金切声から絶叫に変わる寸前で見事脱出に成功した俺は、バス停に向かって駆け出して行った。近所のおじさんが、また遅刻しそうなのかい?とからかい半分で俺に話しかけてきたが、運動だよ!運動!と軽く返してその場を駆け抜けた。バス停に到着すると、同じ高校の生徒が数人バスを待っている所だった。バスはまだ到着していないようだった。列の後ろに並んで呼吸を整えていると、直ぐに後ろからバスがやってきた。バスに乗り込むや否や、中からセーフ!!と大きな声がした。
「空!今日はなんとか間に合ったな!」
その声を聴いて、乗客の数人が小声で笑った。声のした方を向くとクラスメイトの陸がいた。高校一年生から同じクラスで、お互い悪友と罵り合う大の親友である。
「高2の始業式から遅刻したとあっちゃー、いくらなんでもお前も恥ずかしいだろうからな。」
そう罵りながら、自分の荷物で席取りしてくれていた隣の座席に来るよう手招きした。こういう所があるから、口は悪いけど陸のことは憎めない。サンキューと小声で言って、陸の隣の座席に腰を下ろし、ほっと一息ついた。あと20分もすれば学校に到着するはずだ。
「遅刻の理由はあれか?チュートリアルは終了した?」
頷く俺を見て、陸はこう切り出した。
「よーし、今日は部活休みだから、学校が終わったら一緒にINするかい。レベル上げ手伝ってやるよ。」
その恩着せがましい発言は気に障るが、ここは陸の提案に乗ることにし、集合時間と集合場所を決めて、狩りに出かける算段をした。今日は午前中で学校が終わるから、14:00からヴェルトへINして、中央行政区で待ち合わせることにした。
ヴェルトは、この半年間で急速にユーザー数を増やしているオンラインゲームである。サービスが開始されたのは三年前で、4、5人の有志で始めた小さなコミュニティーサイトだった。そのサイトで仮想世界を作って家を建てたり、戦争ごっこをしたり、いわゆるMMORPGといジャンルのゲームを運営していたのだ。普通のMMORPGと違う所は、趣味で始めた遊びだったことで、その後も商業化せずに仲間内だけで運営していたのだが、初期のゲーム自体が意外と面白く、10代、20代の若者だけでなく、30代、40代のおじさん世代も次第にこのゲームに参加するようになった。元々営利目的ではないので、ヴェルトで遊んでいる人々がゲームの不満な箇所を議論して、それを自ら手分けして改善していった。その内、現役のゲームクリエイターやその卵たちも参加し、サービス開始から二年後には商業化できるレベルを遥かに超えるクオリティーに達していた。陸は、高校一年生の頃からこのヴェルトに参加しており、同じクラスになってから一緒に遊ぼうと誘われていたが、俺の両親はパソコンが苦手な人種で、高校に入って一年間苦労して、やっとパソコンを買ってネット契約する所まで持っていったのだった。当然、空も小遣いを節約し、夏休み、冬休みとアルバイトして貯めた金を親に渡している。
学校に到着し教室に入ると、クラス変えしたばかりだからか、席を立って談笑しているクラスメイトは少なかった。俺と陸は、じゃー後でと挨拶して自分の席へ向かった。自分の席に座ると、前席の女子にふと目を奪われた。いや、そんなことはない。でも、雰囲気が似てる。そう、夢の中で俺に悲痛な面持ちで叫ぶあの少女に・・・。そして、頭の中にあのセリフが響き渡る。
「早く助けに来て。あなたの助けが必要なの。待っているから。」
何かが始まる予感がした。
初めて小説を書いてみました。しかも連載小説です。推理ものやミステリー小説が好きなのですが、MMORPGに関する小説も書いてみたくなり、二つを融合させることにしました。ラストシーンやおおよそのミステリーの仕掛けは頭に浮かんでいますが、果たしてこの航海を無事に終えラストシーンまでたどり着けるか不安です。