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残念勇者の前世は魔王。  作者: 天堂まや
旅の剣士モノ・クローム 「序章」
3/5

〈モノ・クロームの初日〉

 

 襲ってきた魔獣の皮を剥ぎ、素材になる部分のみを切り取る。

 どれも一撃で仕留めたため、皮には不恰好な傷がなかった。

 素材を扱う店にもっていけば、良い稼ぎになるだろう。

 魔獣の皮は、防具の素材として常に需要がある。

 ましてや、モノ・クロームが倒したのは、黒い毛並が美しいことで知られる種族である。これは、貴族階級の防寒着の素材としても人気が高い。季節はまだ秋になったばかりだが、気の早い者は、そろそろ冬物を誂えはじめる頃だ。目端の効く商人にならば、高値で買い取って貰えることだろう。

 モノ・クロームは、どうして自分が森に居たのかわからなかったが、これからどうすれば生き抜くことが出来るかはわかっていた。

 手早く必要な素材を集め、残りは遺棄する。普通の獣と異なり、魔獣の肉は喰えない。穴を掘って埋めても良かったが、辺りはだいぶ暗くなってきており、時間がなかった。腐肉は他の獣や魔獣を引き寄せるため、人里に近い場合は適切な処理を行わなければならない。しかし、ここから最寄りの集落までは相当な距離があるため、放置しても問題はないだろう。鍛えられたモノ・クロームの健脚でさえ、森を抜けるには丸一日はかかりそうなのだから。並の狩人ならば、早くて三日といったところか。

 魔獣の皮を剥ぎ終えると、モノ・クロームは薪に使える枯れた枝を探した。

 月は明るく、深い森の中だというのに、夜目が効いた。

 一晩を過ごすだけの枝を集めると、荷物の中から火打石を取り出す。

 斜め掛けの背嚢には、野営に用いる道具が過不足なく整えられていた。自分で用意したのか、誰かほかの者がやってくれたのか定かではないが、良い仕事振りだ。

 皮袋を満たしていたのは良質の葡萄酒で、喉と疲れた身体を癒してくれた。

 携帯食糧には、干し肉と硬く焼いたパン、チーズも入っていた。塩などの調味料の他、胡椒といった貴重な香辛料もある。ただし極少量なので売り物ではなく、自分で料理するために用意したものだろう。

 他には、上質な布で作られた寝袋も出て来た。天幕の類がないのは、荷物の軽量化を図ったか、一人旅に必要ないと判断したかのどちらかだろう。両方という可能性もある。

 干し肉とパンは、たらふくたべても一週間は凌げる量があった。

 葡萄酒だけはさほどの量はなかったが、森には清涼な小川が流れているため、飲物に困ることはなさそうだ。

 あいにくこの森の地図は荷物に入っていなかったが、小川を辿って下流に行けば外に出られるだろう。

 食事を終え、焚き火に枝を足すと、モノ・クロームは寝袋を枕に大地に身体を横たえた。

 枝葉の隙間から、星空が見える。

 月が煌々と輝いているため、確認出来る星の数は少ない。しかし、旅人が頼りにする一番星は、誰に憚ることもなく夜空に光っていた。

 一番星の位置と角度から、モノ・クロームは、自分がいる森の大凡その場所を把握する。

 大小様々な陸地が存在する世界で、最も広大な土地を有する大陸リーメル。さらに地域を特定するならば、リーメル南部に位置する商立国家ヴィッハバートだろう。

 ヴィッハバートは、国土こそ狭いものの、国としての力は大きい。国の南に大陸最大の交易港を擁し、東西には皇帝国や公国に通じる街道を繋ぎ、陸海の商業の要を担っているためだ。大陸中の商品が、ヴィッハバートを通るとまで言われている。

 商立国家ヴィッハバートには、国王はいない。有力な商家が議会を作り、代表者による共和制を行っている。商人たちはより良い商売をしようと凌ぎを削るが、領地の拡大には興味を示さず、ゆえに国土は建国以来増えることも減ることもしていない。

 増えるほうはともかく、減ることをしていないのは自衛のための軍隊を整えているためだ。弱味を見せれば他国に喰われることを熟知している商人たちは、身を護るための軍費を惜しんだりはしなかった。また、血統を重んじる皇帝国などと違って、身分に拘らない才能がある者の採用を積極的に実施してきた。この施策は功を奏し、欲をかいた諸国からの侵略戦争を、ヴィッハバート軍は見事にはねのけてみせたのだった。

 また、流通の要所であるヴィッハバートに敵対するのは、経済が止まることと同義である。戦争を仕掛けた国は、いずれも手厳しい経済制裁を加えられ、貧困に喘ぐこととなった。

 以来、ヴィッハバートを掌中に収めようと画策するのは愚の骨頂と言われている。

 不思議なものだ。

 生きるための術だけならばともかく、世界情勢までが知識にある。

 まこと、自分自身に関する記憶と知識のみが抜け落ちているらしい。

 さらに不思議なのは、それに対して、嘆いたり不安になったりしない自分だ。

 不安を感じるどころか、むしろ、どこか面白がっている節がある。

「どういう人間だったんだろうな、俺というのは」

 星空にかざした手には、長く剣を振るったために出来た胼胝が見受けられる。服を脱いでまでは調べていないが、見える部分にはいくばくかの傷痕もあった。戦闘で負ったものなのだろう。どんな立場だったのかはわからないが、戦いに身を置く種類の人間だったのは間違いがなさそうだ。

 騎士という可能性は低い。

 現に馬を連れていないし、武具防具を見ても、騎士が纏う全身鎧からは程遠い。

 ギルドに籍を置く冒険者というのが手堅い線だ。ただ、冒険者には身分を示す証明書が与えられているはずなのに、どれだけ探しても見つからなかった。紛失したのか、もともと持っていなかったのか、現状では判断がつかない。とりあえず、ギルドの組合に顔を出し、自分がギルド所属の冒険者なのか否かを確認してみようと考えている。

 腹が膨れ、適度に身体も動かしたからか、睡魔が忍び寄る気配がした。

 一人きりの野営、しかも森の中というのは危険なのだが、モノ・クロームは誘惑に逆らうつもりはなかった。

 危険が近付けば、飛び起きるだろうという確信があったからだ。根拠はない。ただの勘だ。しかし、記憶というか意識を取り戻してからというもの、勘を頼りに全ての行動を取っているのだ。今更だろう。

 寝袋に入る暇もなく、モノ・クロームは眠りに落ちた。

 秋口とはいえ、焚き火の傍ならばまだ十分に暖かい。風邪をひくこともないだろう。




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