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片羽の鳥

作者: 溝森副露

突然の夕立。土砂降りの雨に人は傘を求めてコンビニまで走り、タクシーは大盛況になる。駅にはそんな人たちと雨宿りをする人でごった返していた。

 そういう人達に混じって、一人だけ右目に眼帯をした少し鋭い眼差しをした男が同じように雨宿りをしながら空を見上げていた。疵が疼くのか眼帯を擦りながら


「・・・夕立・・・・・ねぇ・・・・・」


 とつぶやき、ちらりと左を見ると振り返るかのように首を振りながら右を見て駆け出していった。道々の軒先を傘代わりに駆け抜けていくと、途中で軒先が30メートルほど途切れた所で一休みしながらぽつり


「右は見えずに左も霞む。雨は不便・・・か」


 節混じりの癖のあるしゃべり方で誰に聞かせるでもなくつぶやき、どうするものかと思案していると幽かに猫の泣き声が聞こえた。何処から聞こえるのかと、首を左に右に振りながら探す。目の前の建物の間にダンボールが置いてあり、どうやらそこから聞こえているようである。


「捨て猫・・・?責任もてない人が多くて嫌・・・ねぇ!」


 言い終わるが早いかさっと飛び出してかけよった。

 ダンボールの中をのぞくと、子猫が一匹。フルフルと震えながら鳴いている。猫は男の影を認識すると顔を上げてニャァと甘えた声を出す。「よしよしもう大丈夫。」男はそっと猫を懐に入れるとうつむき加減に家へと急いだ。


 どうにか家にたどり着く前に雨は止んだが、土砂降りの雨だったためびしょびしょになり、家に上がるには玄関で全て脱捨てないと入れないような有様だ。ひとまず猫を玄関に放し、べっとりと肌に張り付く服を脱ぐのに難儀しながら、


「この辺は一人暮らしがいいのよね。ほれ、ちょっと・・・

じっとしておいでよ。今暖かくしてやるからな・・・っと。」


 脱ぎ終わった服を洗濯機に放り込むと洗面台のドライヤーで猫と自分を乾かし始めた。この男は片目なのだろうか。それは2年前のある日、自分で抉りだしたのである。そのとき、彼には彼女がいた。その彼女は心の弱い女で、何かあるたびに処方される薬を適量以上飲んでは手首を切ることを繰り返していた。


 そんな彼女を静かに抱き寄せてはその手から刃物を取り上げ、髪を撫でながら、「大丈夫」と落ち着かせていたのだが、ある時”この女は現状に甘えているのではないか”という疑問が沸いた。そう思うと些細なことで喧嘩を繰り返したが、或るとき業を煮やした彼は


『お前がそうやる度に俺は目を抉り、腕を切る!』


と、言いやったのである。その剣幕に押されたのか暫くは彼女の常習は止まったが、ある日彼が仕事終わりに会いに行くと、彼女はそれまで以上の薬を飲んだ揚句、彼に向かって


『あんな事言ってたけど、どうせ出来もしないくせに。』


と、冷たく言い放った。それを聞いた彼は彼女の腕から刃物を取り上げ、右目を抉ったのである。それ以来、黒の眼帯をして、人前であまり感情を出さなくなってしまった。当の彼女はそれを見て「あぁぁ」と嗚咽を漏らした後、混濁した意識の沼に沈んでいった。


 猫を乾かしながらあの頃を思い出していた彼は、猫が彼女に似ていると思いながら、懐かしくもあり、憎憎しくもあるな。と感じていた。


「よしよし乾いたな。お前の名前はなんにするかな?」


 先ほどとは打って変わって笑顔になった男はぶつぶつと猫の名前を考えながら冷蔵庫から牛乳を取り出すとレンジの中に入れ、暖め始めると、タバコに火をつけた。


「あぁ、オスかメスかわからんな・・・。ふむ・・・・チェリー・・・。(さくら)?うむ・・・。桜・・・。桜だな。」


 考え終わるのと同じタイミングでレンジがチンとなった。


「今日からお前は『桜』だぞ」


 暖めた牛乳を差し出すと、猫は一瞬ビクッとなったが、彼と差し出された牛乳を交互に見て、恐る恐る飲み始めた。よほどお腹が空いていたのか、あっという間に飲み干すとお代わりをねだる様に、にゃあにゃあと鳴いて彼を見つめる。


「腹減ってたんだなぁ。ちょっと待ってなさい。」


 そういって、また牛乳を温め始めたが、その間も猫は鳴き続けているので、アゴを撫でたり肉球を触ったりと、色々いたずらをして遊んでいた。まるで、あの頃を懐かしむように猫を愛でていると、レンジの牛乳が温まったと伝えてくる。


「ほれ。お代わりだぞ。牛乳買って来なきゃなぁ」


 彼の言葉に耳を傾けることなく、黙々と牛乳を飲み、瞬く間に平らげて、今度は気ままに眠りについてしまった。

 そんな猫を見て彼は


「お前は本当にあいつに似てるな・・・・。気ままな所とか。なぁ・・・。お前はその目で何を見るんだ・・・・?その大きな両目で。何を見る・・・?俺は左で現実を、右で幻想を見るんだ。左目でお前を、失ったあいつを右目で見るんだ・・・・。」


 左の頬だけを伝う涙。目に溜まった涙で視界がぼやけ、慣れたはずの遠近感をも失ってしまった。手を伸ばしても触ることの出来ない歯がゆさに、一人彼は静かに溜息をついて座り込み、

静かに目を閉じた。


 彼の見えない右側にあるベランダから見える景色は曇り空。音もなく静かに降り出した雨は、彼の心を映している様に、深く深く降り注いでいく。

はるか昔の作品。うぅーん。悪癖まみれかなぁ。

或る程度実話です。失恋?を表現してみたけど

無理だよなぁ・・・・。


気ままに楽しんでいただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 作品の物悲しいような、切ないような雰囲気はきちんと伝わって来ました。 ある程度の年齢を重ねると、誰しもこんな雨の夜を過ごした事があるのでは?という読後感も残ります。 ただ、文章がもう少し整理…
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