弐
翌日の正午、一人の客人が宮間を訪れていた。
「おーす! 宮間元気だったかー」
活気のある声の主は、宮間と同じ年齢に見える少年だった。
「俺のこと覚えてるか? 親友の"毛谷"だよ! まー忘れる訳ないかー」
一人で笑っているのは、どうやら宮間の親友という人物だ。
少しの間、唖然とする宮間を構わずに、話を続けた。
「昨日、お前の母ちゃんから聞いたんだよ。お前が記憶喪失になったって。冗談かと思ったが本当らしいな。いつもはばしばしツッコミを入れてくるんだぜ、俺に」
「えっ、ほ、本当?」
「う・そだよー!」
「……」
「やめてーその視線。最近お前が良くする俺を無言で蔑むように見る目と変わらねー。親友をそんな目で見るなー、傷つくー」
病室ということを忘れているのか毛谷は、大きな声で会話を続ける。
途端、隣のカーテンの向こう側から「うるさいぞー」という優しい老人の声が飛んできた。
焦った毛谷は、白い床に置かれた丸椅子に、ぱっと座った。
悪い人じゃないみたい、と彼の行動を見るとどことなく懐かしさを感じる。宮間の頬が少し上がった。
何分話しただろうか――
一方的に毛谷は話をしていた。対する宮間も話の内容が分からないも、相槌はちゃんと打っていた。
「ところでよー、どうして車にぶつかったんだ?」
「分からない……」
「あの日のことも全然思い出せないか?」
「……」
僅かに首を縦に振った。
眉を寄せ、困った表情で毛谷は囁き声で続けた。
「それじゃー、あの事件も覚えてないか? 『心臓刳り貫き事件』」
宮間は首を横に振った。
「お前が車とぶつかったていうその日に、また起きたんだぜ」
「えっ、また?」
すると毛谷は椅子を別途に寄せて、宮間の耳元付近にひっそりと口を近づけた。
「最初は今日から――二週間前くらいだ。老人ホームのおばちゃんがそうなってたんらしいんだ。朝見に行った介護師が見つけたらしいんだよ。そして二回目が三日前の道端に横たわるおじさん、ってな訳なんだよ」
「!?」
突如、脳内に突き刺すような熱を宮間は感じた。曖昧でぼやけた映像が脳裏に流れる。必死に両手で頭を抑える。
「おっ、おい大丈夫か」
勢い良く立ち上がった毛谷は、心配な声色で宮間を呼ぶ。
荒い息を上げ宮間は、緩慢と上体を起こす。
「な、何か思い出したのか?」
しかし宮間は俯いた状態で、首を横に振った。
今のは……、宮間は懸念を抱きながらも、顔を上げ毛谷を見た。
「そっ、そうか」
毛谷はそう呟くと隠し事をしている、何か言いたげな表情をした。
すると毛谷は静かに立ち上がり、
「そろそろ帰るわ。長居したら悪いし」
そう言うと、手を振り、出口の方へと歩いて行った。
宮間はドアが締まる音を聞くと、首を横の窓へと向けた。
窓からは心地良い春風が吹き込んできた。
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