自分を見つめて
ふっと、何かから意識が覚醒したような気がした。
強い風が吹いて、髪を揺らす。反射で目を閉じた。
一瞬ののち、目を開けると、そこには…
私がいた。
「あ、れ…」
思わず、声が漏れた。
少しパニックになってあたりを見渡すと、
霧がかかったかのように全てが白くかすんでいた。
改めて、自分の格好を見下ろす。
明らかに今使っているパジャマで、
あぁ、これは夢なんだ、
と思った。
目の前に立っている私は、
周りをキョロキョロと見た後、
自分のことを見下ろしていた。
目の前に立っている私、
今は彼女、とでも呼んでおこうか、
彼女は、私だとわかる程度には特徴が一致しているものの、
明らかに私より背も高く、
少しあか抜けているような雰囲気があった。
「これは、夢ね…?」
「…そのよう、です、ね」
私に敬語を使われた。
一応私の方が年上だからだろうか。
「あなたは、きっと中学2年生のアタシね?」
「はい、そうです。あなた、は?」
「私は、今、高3よ」
高校3年生の私。
一気に疑問が浮かび上がる。
友達と、家族と、うまくやっているだろうか。
彼女の今を、楽しんでいるだろうか。
そう考え始めると今の自分が醜く見えて、
恥ずかしくなって、
思わず下を向いた。
中学2年生の私。
友達が、いなかった、頃。
下を向きつつも
オドオドと私をうかがう彼女を見て、
あぁ、あのころの私はこんな感じだったのか、
と今更ながら知る。
「大丈夫」
「え?」
急に話しかけられて、
顔をあげる。
見ると、彼女は微笑んでいた。
「今は、苦しいと思うけど、大丈夫。
今の私は、幸せだよ」
彼女が、目を見開いた。
あぁ、そっか。
彼女は今の私を経験しているから。
そのうえで、あんな風に微笑めるんだ。
思い返してみると、
中学2年生になってから、
笑うどころか、
微笑んですらいなかった気がする。
彼女の目がだんだんうるんでくる。
スッとひとつぶ、涙が流れた。
「大丈夫。私はあなたのことを知ってるよ。一番に」
抱きしめてあげたかったけれど、
なぜか足も手も動かなかった。
でも、それでもよかった。
できるだけ、目いっぱい、
微笑んで見せた。
涙が止まらない。
あぁ、自分は今、
こうやって自分のことを分かってくれる人を
望んでいたんだ。
彼女は涙をぬぐうことはしなかった。
きっと、今の私が動けないように、
彼女も動けないのかもしれない。
それでも彼女は、ゆっくりではあったが、
微笑んでくれた。
改めて未来の私を観察してみると、
微笑んでいる目の下には隈ができていて、
指には分厚いペンだこができていて、
あぁ、受験生なんだ、って、
きっと辛いのだろうな、って、
思った。
なのに彼女は私に微笑んでくれていて、
自分なのに自分じゃないみたいだ。
「あの、今の私が言えることじゃないけれど、」
まっすぐに彼女は私を見てくれていた。
少し首をかしげてみせる。
「きっと、あなたは今、辛いと思います。
だって受験生だもの。
私は受験生を経験したことがないから
その辛さは計り知れないけれど、
でも、種類は違っても辛いことは経験してる。
えっと、だから…」
だんだん言いたいことが分からなくなってくる。
それでも彼女は真剣に私を見つめてくれて、
私の言葉を聞いてくれている。
「だから、そう。
だから、私もちょっとはあなたの気持ちが分かると思うの」
そう、彼女はまっすぐに言ってくれた。
私も泣き始めてしまったのが分かった。
彼女はオロオロとしだしたけれど、
それを見て私は笑えてきてしまった。
あぁ、さっき私が彼女に言った言葉は、
きっと私が誰かに言ってほしかった言葉だったんだ。
あなたのことは分かってる、って。
だから安心して、って。
本当に、心の底からのその言葉を、
私は望んでいたんだ。
勉強がうまくいかなくて、
友達にきつい言葉を言ってしまうようになって、
なんだか友達も冷たくなってしまった気がして、
やっぱり勉強はうまくいかなくて。
親と先生はもっとできるって言ってくるけど、
全然そんな気はしなくて。
頑張ってるつもりなのに、
もっと、もっと、って。
新しいクラスになって、
友達ができなくって、
親には心配かけたくなくて、
でもずっと笑ってるなんてできなくて、
部屋にひきこもりはじめて。
2人でただじっと立って
泣きながら泣いている相手の顔を見ていることがおかしくて
クスクスと笑ってしまった。
「大丈夫。大丈夫。
あなたが思うとおりに行動すれば、
きっと友達なんてすぐにできるよ」
「はい。ありがとう。
あなたも、きっと大丈夫。
だって、頑張っているでしょう?」
相手の顔を見て、安心させるように、
同時に微笑んだ。
ふっと、相手の姿がかすむ。
《大丈夫だよ、きっと。
私だけじゃなくて、あなたを分かってくれる人は
すぐに表れるよ》
言葉にはしなかったけれど、
きっと彼女が思ったことも同じだろうな。
本当にお互いのことが分かったような気がして、
嬉しくなった。
頑張れ、
過去の、
未来の、
私。
だってあなたは私なんだから、
できるはずだよ。
強い風が吹いて、髪を揺らす。
ふっと意識が途切れた。
電車が通り過ぎて、踏切が開く。
友達が歩いてくるのが見えた。
「おはよー!」
「おはよ。なんかアンタ、元気じゃない?」
「うん、まぁね。だって、」
ざわついてる、朝のHR前の教室。
思い切って、前の子に声をかけた。
「おはよう」
「おはよう。なにか良いことあった?」
「え?どうして?」
「だって今日のあなた、元気そうなんだもの」
「そう、かな。うん、そうかも。あのね、」
「今日、良い夢を見たんだ。」
頑張れ、自分。
辛いときに、大丈夫だよ。あなたががんばってることは分かってるよ。、って、そう心から言ってもらえたら、嬉しいですよね。