姉もね。
チャペルの扉が開いた瞬間、空気がわずかに震えた。春の光が白い床に落ち、その上を妹がゆっくりと歩いてくる。あの小さかった背中が、今はこんなにもまっすぐで、こんなにも綺麗だと思うと、胸の奥に沈めていた何かが静かに浮かび上がってきた。
妹が生まれた日のことを思い出す。病院の窓から見えた空は今日と同じ淡い色で、母に「あなたは今日からお姉ちゃんよ」と言われたとき、私はその意味をよく分かっていなかった。ただ、妹の小さな手が私の指を握った瞬間に灯った温度だけは、今も忘れられない。
バージンロードを歩く妹の姿に、記憶が重なる。夏の日、自転車に乗れなくて泣いていた妹の背中を押しながら「倒れたら私が支えるから」と言ったこと。冬の夜、受験勉強に疲れ果てて私の部屋に来た妹に毛布をかけ、「無理じゃないよ」と背中をさすったこと。初めて恋が終わった日、泣きながら抱きついてきた妹の震える肩をただ受け止めたこと。
その全部が、白い光の中でひとつに溶けていく。祭壇の前で妹が立ち止まり、新郎と向き合う。その横顔は、私の知らない未来を見つめていた。けれど、そこに迷いはなかった。あの子はもう、自分の足で歩ける。
神父の声が響く。「それでは――誓いのキスを」。その瞬間、妹がこちらを見た。ほんの一瞬だったが、その目は確かに私を探していた。 “行くね”と“ありがとう”と“大丈夫だよ”が同時に伝わってくるような目だった。
新郎がそっと妹の頬に触れ、二人は静かに唇を重ねた。拍手が広がり、光が二人を包む。その光景はあまりにも美しく、あまりにも遠く、そしてあまりにも近かった。胸の奥が決壊し、涙が頬を伝った。寂しさも嬉しさも誇らしさも全部混ざって溢れてくる。
「……幸せになりなよ、あんた」
声にならない声が胸の奥で震えた。涙で滲む視界の向こうで、妹は笑っていた。その笑顔は、私がずっと守ってきた“妹”のままだった。......そこで私は気づいた。彼女が私の足元を指差している。私は足元を見た......ピンクのアネモネ?花言葉は確か......「希望」だっけ。もしかして.......私の事も? 私は自分の事を指差した。妹が笑っている。当たりだ。こんな時でも妹は冗談を言う。なんていとおしい。
チャペルの外で揺れるアネモネが、風にそよぎながら二人の門出をそっと祝福しているように見えた。私はその揺れを見つめながら、静かに目を閉じた。妹の未来が、どうか温かい光に満ちていますように――そう願いながら。
アネモネがきれいに咲いていたので




