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『婚約者が事故で運ばれてきた夜、助手席の男は即死だった』

作者: たま
掲載日:2026/03/29

数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。

拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。

交差点の向こう側


深夜二時の搬送

午前二時十七分。

サイレンが夜を切り裂いた。


「多発外傷! 正面衝突、意識レベル低下!」


救急外来の空気が一瞬で張り詰める。

研修医三ヶ月目の私は、反射的に処置室へ走った。


ストレッチャーが滑り込む。

血に濡れた女性。その顔を見た瞬間、時間が止まった。


「……美佳さん?」


兄の婚約者だった。


「知り合いか?」

先輩医師の声が鋭く刺さる。


「……兄の婚約者です」


「外れてもいい」


一瞬だけ迷う。だが首を振った。


「いえ、対応します」


嘘だった。手は震えていた。

それでも、ここから逃げるわけにはいかない。


――ここが、私の戦場だ。



診断と違和感


CTの結果は重かった。


肋骨骨折、肺挫傷、骨盤骨折、左大腿骨開放骨折。

だが奇跡的に、致命傷はない。


「助かるな。運がいい」


先輩の一言に、安堵と違和感が混じる。


「助手席の人は?」


「即死。三十代男性」


胸がざわつく。


さらに警察の言葉が追い打ちをかけた。


「同僚男性で、交際関係があった可能性が高い」


――不倫。


頭が真っ白になる。

兄の顔が浮かんだ。


あんなに幸せそうだったのに。



兄への電話


午前四時。

震える手で電話をかける。


「……どうした?」


眠気混じりの兄の声。


「美佳さんが事故に遭った」


沈黙。


「……生きてる?」


「助かる」


短く息を吐く音。


「今行く」


そして、続いた言葉。


「助手席、誰かいたのか?」


心臓が止まりかける。


「……同僚の男性です」


また沈黙。


「……そうか」


それだけだった。



手術のあと


手術は成功した。


回復室で、美佳さんがうわ言を漏らす。


「……ごめん……俊介……」


兄の名前。


だが次の言葉で、空気が変わった。


「……あの人と……別れるつもりだったのに……」


私は息を呑んだ。


事故は、ただの不倫ではない。

何かが引っかかる。



崩れる関係


朝、兄が来た。


無言でベッドの横に立つ。


「……大丈夫か」


美佳さんが目を開く。


「……ごめんなさい」


その一言で、すべてが伝わった。


兄の手が一瞬だけ止まる。


「……回復しろ」


それだけ言って、手を握った。


怒りも責めもない。

ただ、静かな痛みだけがあった。



食い違う証言


数日後、事情聴取。


「なぜ信号を無視した?」


「……覚えていません」


「男性との関係は?」


「仕事関係です」


嘘だとわかる。


だがその目にあるのは、罪悪感だけではない。

――恐怖だ。


私は確信した。

まだ何か隠している。



本当の理由


夜、二人きりになったとき。


美佳さんが口を開いた。


「……別れようとしたんです」


震える声。


「でも、彼が怒って……追いかけてきて……」


私は言葉を失う。


「逃げようとして……信号を……」


それは不倫の末の事故ではなかった。


――追われた結果の事故だった。



明らかになる真実


兄に伝える。


彼は長く黙った後、言った。


「……警察には?」


「まだ」


「なら、話せ」


迷いはなかった。


翌日、防犯カメラ映像が見つかる。


執拗に追跡する車。

脅迫メッセージ。


すべてが繋がった。


彼女は加害者であり、被害者でもあった。



それでも


一週間後。


リハビリ室で二人を見た。


ぎこちない距離。


それでも兄は手を差し出す。


「……歩けるか」


「……はい」


ゆっくりと、一歩。


兄が支える。


「……なんで、手を離したの?」


回復室のことだ。


兄は少しだけ笑った。


「怒ってたからだよ」


間を置いて、続ける。


「……でも、また握りたかった」


美佳さんが泣いた。



交差点の先


三週間後、退院。


松葉杖をつきながらも、彼女は笑っていた。


兄が車まで支える。


「……これからどうする?」


小さな声。


兄は少し考えてから言った。


「時間をかけよう」


それは許しでも、拒絶でもない。


――再出発だった。


車が去る。


私は救急入口に立つ。


またサイレンが鳴る。


誰かの人生が、ここに運ばれてくる。


交差点のように。


止まる人、進む人、ぶつかる人。


それでも。


その先に、続いていく。


「研修医、来て!」


「はい!」


私は走り出す。


まだ未熟でもいい。


誰かの「その先」に関われるなら。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたなら、

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