朧
押入れの中を掃除していると、時々、思いがけない宝物が見つかる。
失くしたはずのお金。
ほこりまみれの昔のアルバム。
今日、私が拾ったのは――手紙だった。
さかのぼること三か月前。
私は、勉強の合間に押入れを整理していた。
別に理由があるわけではない。
上で挙げたような楽しみがあるわけでもない。
ただ、テスト期間に机に向かうのが嫌で、時間をつぶす口実として押入れを開けたのだ。
埃をかぶった箱の隙間に、折れた紙が挟まっているのが目に入った。
手に取ると、少しざらついた感触。紙の端は黄ばんでいて、長い年月を物語っていた。
なんだろう――
手紙には心当たりがない。
これほど黄ばんだ紙なら、もうずっと昔の出来事なのだろう。
勇気を振り絞って、私はその手紙を開いた。
そこには、ただ一つ、連絡先だけが書かれていた。
名前も何もない。
怪訝に思った。
それでも、退屈な午後に少しだけ冒険心が湧き、私はついその電話番号にかけてしまった。
もしもし――
電話は、家じゅうに響き渡る。
出てほしい、でも出てほしくない。
そんな矛盾した気持ちが、ほんの数秒の間に心を支配する。
数秒でしかないはずなのに、時間はまるで永遠のように長く感じられた。
「はい、もしもし……どちら様でしょうか?」
声を出す手が少し震える。
しばらく沈黙。相手は何も言わない。
そして、かすかに聞こえた声――
「久しぶり。元気にしてた?」
思わず息を呑む。
誰だろう……?
聞き覚えのある声のような気がするのに、どうしても思い出せない。
胸がざわつく。出るべきか、いや、出るべきじゃないか。
その葛藤の間にも、相手はゆっくりと話を続ける。
「わかるよね、俺のこと……?」
その言葉に、私の心は痛んだ。
わからない。
電話の向こうでは、返事を今か今かと待っているのに、私は答えられない。
「ごめんなさい。誰かわかりません。もしよろしければお名前を言ってもらってもいいですか」
自分から話しかけたのに、相手が誰だかわからない。胸の奥がひりつく。
「大丈夫だよ。俺、一方的に連絡先渡したからね。それよりも、電話かけてくれてありがとう。ずっと電話かけてもらえないんじゃないかって、少し心配してたんだ」
胸が締めつけられる。
名前も知らないのに、どうしてこんなにも心が揺れるのだろう。
「……あの、でも……あなたは誰ですか?」
声が震える。
沈黙のあと、相手は小さく笑ったように聞こえた。
「名前は、今はまだ言わない。でも、君のことは知ってるよ。ずっと前から――」
ずっと前から……?
その言葉に、遠い記憶の扉をノックされるような感覚が胸に広がった。
「わからなくてもいいんだ。君に、直接会いたいだけだから」
胸の奥が熱くなる。
恐怖でも不安でもなく、ただ不思議な期待で心がいっぱいだった。
「……会いたい、ですか?」
小さな声で返す。
相手は頷くことすらできないのだろう、電話越しの沈黙の先に、確かな温度を感じる。
「じゃあ、明日――会える?」
その瞬間、手が震えた。
でも、怖いなんて思わない。
わからないことだらけなのに、どこか懐かしく、安心できる気持ち。
翌日、待ち合わせの場所。
心臓の音が耳まで響く。
遠くから、あの声がする。
「久しぶり」
振り返ると、目の前に立っていたのは、電話の向こうの人――でも、初めて見る顔でもある。
声だけが、ずっと記憶の中に残っていた。
私はその声を頼りに、ゆっくりと歩み寄る。
「覚えてる?」
「うん……覚えてる」
名前も知らない、でも心のどこかでつながっていた存在。
手紙と電話が、私たちをここまで導いてくれたのだと思う。
手を差し出すと、相手もそっと手を重ねた。
小さな笑みが交わされる。
すべてはここから始まる――そう感じた、初めての瞬間だった。




